第89話 番外編 ビニールプールと道化と王様

 六月に入り季節はすでに夏になりつつあった。日差しはすでにギラギラしているし、半袖がみんな当たり前になっていた。そんなある日のことだった。


「東京の夏!まじであちいい!!」


「すまんすまん。あとでビールおごちゃるから許して!!ぎゃはは!」


 俺はケーカイ先輩と共に田吉寮の中庭でDIYに勤しんでいた。ケーカイ先輩はある日突如として中庭にバーカウンターを作ることを思いついた。そしてその設計と建設は俺に任されたのである。何気にタイムリープ後では初の建設業である。がっつり趣味を込めて設計し、資材も確保した。そしてひと月ほどかけて各プレハブを作って、組み立てるところまできたのである。


「しかしお前マジで慣れてんね。お前に発注してよかったわ。くくく。今年の田吉寮は上げてくぜ!ひゃははは!」


「学内にいつの間にかバーが出現するとか、まじでうちの自治寮フリーダムですよねーあはは!」


 本格的なバーカウンターと屋根を俺は作り上げた。耐震耐火対策もばっちりの立派な建物である。最後のくぎを金づちで打ち付ける。そしてとうとう本日完成にこぎつけたのである。


「おっし!プレオープンだ!」


「ほぉおおおお!俺たちのバーに!」


「「乾杯!!」」


 男二人でビール瓶を乾杯して一気に飲み干す。バー・『ケーカイカナタ』の完成である。カウンターは屋台のごとく外に面している。当然屋内の席もあって、そっちはゆったりとしたソファー席や畳敷きのまったりフロアなんかもある。


「いやーいい汗かいたわー!俺ひとっ風呂入ってくるわ。お前もどう?うちの寮の風呂けっこういい感じだぜ?サウナあるぞ」


「いやもう少しここで完成の余韻に浸らせてください。ああ…俺の建物ちゃん可愛いよ…」


「お、おう。まあ好きにしな」


 若干ケーカイ先輩が建物に萌えてる俺のことに引き笑いを浮かべていたような気がした。俺は一人でバーカウンターに座ってビールをちびちび飲んで一人『男の時間』を楽しんでいた。うーん!ダンディズム!


「え?!何これ?!カナタ君!?どういうこと?!」


 振り向くとそこにはミランがいた。ノースリーブシャツにホットパンツで実に夏っぽくてセクシー。


「なんでバーがあるの?!朝出かけたときは何もなかったはずなのに!?」


「ふっ!スーパー建築士であるこの俺にとってはこんなのたやすいものよ!くはは!」


「カナタ君の建築って蘊蓄だけじゃなかったんだね。すごいよ!」


 ミランが俺の隣に座り、楽しそうな笑みでバーの内装を見ている。


「なんか南国のおしゃれバーみたいだね!かっこいい!」


「ああ。ワイハでスーシーな気分でデザインした。俺の傑作の一つといってもいいだろう。くくく、あーはははっはは!」


「ワイハでシースー?はよくわからないけど、雰囲気は素敵だね。うふふ。ところで…。あれなに?」


 ミランは建物のとある施設を指さした。そこはバーよりも少し高い中二階のテラスであり、あるものが置かれていた。


「くくく、気になっちゃいますか!」


「そりゃねぇ。なんで ビ ニ ー ル プ ー ル が置いてあるの…?」


「いやぁ最初の構想だとプールを作るつもりだったんだけどさ。さすがに無理でさ!はは!だから代わりにテラス作ってそこにビニールプール置いてみた!あはは!」


 とりあえず南国気分が味わいたいがために置いたものでしかない。そのうち金魚でも入れてアクアリウムでも作ろうかなって思ってる。


「へぇ。でもプールかぁ…。プール…プール!!」


 ミランは立ち上がって俺の手を引っ張る。


「カナタくぅん!ボクさ仕事から帰ってきたばかりでさ!暑いスタジオでなんども衣装変えてCMとってさ!ちょっと!そう!ちょっとだけど!汗かいちゃったかも!」


「ふーん。そうなんだ」


「で、カナタ君もさ。DIYして汗かいてるんじゃない?」


「せやな。そろそろ風呂入んなきゃな」


 俺この女が言おうとしてることもうわかってるんだ。だけどね。そんな遠回しに言ったらあかんですよ。そういうところだぞ!童貞って言われちゃうの!


「あー伝わらない…!いや!どうせわかっててスルーしてるんだ!カナタ君はボクのことを試してるんでしょ!わかってるんだからね!」


「えー!?おれぇなんのことかあ!わかんないぃ!」


「カナタくぅん!ボクとぉ!!」


 ミランは俺の肩に掴んで顔を近づけてくる。お目目がグルグルしてるし、真っ赤かである。


「ボクといっしょに汗流そうぜ…!」


 世の男性方には絶対にこのセリフで女性をラブホに誘うのだけはやめてほしいなって思います。


「そのセリフのチョイス。お前が美人じゃなかったら童貞通り越してマジでキモいからね」


 童貞通り越して非モテ男子染みてくるのはさすがにいただけない。


「カナタくぅうううううん!ボクが君の汗を流してあげるよぉ!」


 ミランちゃんさんが舌なめずりしながらそう宣った。いやね。俺も男だよ。女の子がお背中お流ししますって言ってくれたらすげぇ萌える。だけど。


「なんだろう。こんなすげぇ美人に言われてるのにまったく色気を感じねぇ。童貞特有のキモい安全性を感じる。いいよ。プール入ろうか」


 このままこの美人さんと二人きりでプールに入っても俺の貞操は安全そうだ。


「よっし!!」


 ミランちゃんさんはガッツポーズをとった。こういうのは可愛いのにぃ!いつもこういう風に可愛い君でいてほしいなって思いました!







 中二階のテラスに上がり、俺とミランはビニールプールの前に立つ。さてプールに入るには当然水着が必要だ。そして水着イベントであれば当然、水着の女子がいかにエロ可愛いかを語る楽しいイベントが待っている。なのに…ここには…。


「水着ないよね?これはもう仕方ないよね…っん!」


 ミランは恥ずかしそうにシャツに手をかけて脱ぎ捨てた。そして両手でブラを隠すようにして顔を赤らめて。


「あんまりじろじろ見ないで…」


 黒いブラと白い肌のコンストラクトが眩しい。銀色の髪の毛に黒いブラってすごく映える。


「エロいかわいい!なのになんか納得いかねー!」


「ボクだけ脱がすなんてズルいよ。カナタ君も早く…」


 俺は促されるままにシャツを脱ぐ。自分でいうのもあれだけどムキムキなボディだと思ってる。


「すごくバキバキだね…。ねぇ…その…おっぱい触ってもいい?」


「俺におっぱいはねぇよバカ野郎」


「そんな!意地悪しないでよ!楪ちゃんから聞いてるからね!カナタ君におっぱいヘッドスパをしてもらったって!!」


「女の子同士って本当にすぐになんでも喋っちゃうよね!…したいの?」


 ミランはごくりと唾を飲み込んで頷いた。


「どうぞ…」


 俺は両手を広げた。ミランは目をぱちくりさせた後、頬を赤く染めて俺の胸に額をくっつけてきた。


「よ、よろしくお願いします…!」


 そして俺は胸筋をぴくぴくと上下させる。


「あん!こすれてるぅ!っん!ボクの頭がかなたくんのおっぱいでこすれてるようぅ!」


「うーん!お前本当にうちの大学の学生ぇ?まじでバカなんですけどー!」


 俺のおっぱいヘッドスパを顔の正面で受けたミランはそれはもうとてもとてもだらしない笑みを浮かべている。世間じゃ清純派アイドル女優とか王子様系かっこいい女子とかって人気なのに、ファンがこれ見たらきっと幻滅して投げ銭を殺す勢いでなげるだろうということは想像に難くない。そしておっぱいヘッドスパが終わり、ミランは下のホットパンツを脱いだ。黒のショーツに包まれた形のいいお尻とくびれが露になる。こういうところは本当に極上の美女だ。俺に見られて恥ずかしがっている感じもすごくかわいいく思える。だけど童貞なんだよ!こいつはぁ!


「ボクサー派なんでしょ…できればその…」


「すみません。うちではパンツのおさわりは禁止なんですよ。おっぱいまでで我慢してくださいねー」


「がーん」


 ミランはガチで悲しんでいた。いやだめでしょ。パンツはさわっちゃいけないよ。まあうちはおっぱいヘッドスパまでしかやらないからね。って!俺はいつの間にそんな破廉恥なサービスをやるような男になってしまったんだ!?俺は下のズボンを脱いでボクサーパンチー一丁になる。そして俺たちは。


「じゃ、じゃあ入ろうか…」


「お、おう…」


 ビニールプールに二人で入った。変な緊張をしているせいで、俺とミランは隣り合って体育座りをしてしまった。お臍くらいまで水が浸かる。


「うわー。ちょっと高くなるだけでこんなに見え方が違うんだね…」


「実は景色がいいポイントも選んでテラスを配置したんだ。この風景は俺の自信作かな」


 俺たちの目の前に大学のキャンパスの風景が広がる。いつもとは少し目線が高くなっているだけなのに、どこか非日常的な彩りを俺たちに見せてくれている。


「うん。そっか!うん!…すごく素敵だよカナタ君…」


 ミランは俺の肩に首を預けてきた。その柔らかな頬の感触にすごくドキッとした。そして裸で触れ合う肩の感触がひどく心地いい。もう。いつもバカしかやらないくせにこういう時だけ素敵な女の子をやってくるんだからズルい。そしてミランは俺の背中側に回って。


「お背中お流ししますね…!」


「…あ、うん。お願いします…」


 ミランは両手で水を掬って、俺の背中に優しくそれを流していく。夏の暑い日差しの中でそこだけ冷たくて気持ちがいい。なのにその水が流れるたびにゾクゾクと震えるような興奮を覚えてしまう。


「背中…本当におっきいんだね…」


 俺の背中をミランの指がつうーっとなぞった。そのやわらかでなめらかな感触に震えそうになる。


「いつもこの背中でみんなを守ってるんだね。ボクもその一人なんだ。それがとっても嬉しいんだよボクは」


 ミランの手が俺の正面に回ってきた。そして背中に感じる彼女の胸の感触。それは男の俺と違って柔らかくてとても優しく感じた。


「カナタ君。ボクはね。葉桐のところから逃げて、君に頼ったとき本当はとても怖かったんだ。葉桐は強くて恐ろしい男だってことはよく知っていたから。だけど君を見たとき、勘が囁いたんだよ。この人はきっと王様なんだって。そしてそれは正しかった」


 ぎゅっとミランは俺を抱きしめてくる。後ろから頬ずりされて暖かな優しさを感じた。


「だからだね。ボクは君の下ではいつも楽しく過ごせてる。知ってるかい?役者の起源の一つは王様付きの道化にあるんだよ。だからボクは君の道化でいたいよ」


 そう言ってミランは俺の頬に口づけした。俺は彼女に振り向く。いつもとは違う。艶めいた『女』の笑み。


「お前は本当に面白い女だねミラン」


「ありがとう。でもそれは君がボクの中から引っ張ってきてくれたんだよ。だからボクはきっと君だけの道化になりたい」


「じゃあこの瞬間を楽しもうか!ほれ」


 俺はミランの顔に水をかける。彼女は笑いながら俺の顔に水をかけかえしてきた。お互いにふざけ合いながらともに狭いプールで楽しい時間を過ごしたのであった。なお彼女のブラとパンツが実は透けていたことだけは黙っていた。それくらいは俺の役得ってことで許して欲し貰おうと思った。素敵な夏の始まりを感じさせる楽しい一日だったのだ。









***作者のあとがき***



なんだこいつ?!ミランちゃんさんが普通にセクシーだぞ!?どういうことだ!!?


はい。ちょっと設定というか作品の演出について語ります。


カナタ君が『王様』なのは皆さん薄々感じていると思います。

だから常盤組ってのは王国であり

カナタ=王様

綾城=王妃

ミラン=道化

楪=宰相


みたいな感じなんですよね。


実はカナタ君の名前に「奏」という感じが使われているのは、最上級敬語の『奏す』からとってきたつもりでした。

綾城さんの名前がヒメーナ→姫なのはそのまんまですね。


このまま彼らの幸せの王国が末永く続きますように!



シーズン4はもうしばらくお待ちください。現在細部を煮詰めてますので!

ぜひお楽しみにしててください!


シーズン4はとある文系サークルを舞台とした綾城さんの物語となります。




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