第88話 番外編 同伴デートinキャンパス・後
ランチを終えて学食を出てキャンパス内をぶらついていた。俺にとってはこの風景は前の世界を入れても慣れたものだけど、スオウにとっては新鮮なものらしい。あちらこちらをキョロキョロと見回しては楽しそうに笑ってくれた。
「本当に素敵な雰囲気ですね!弟にも見せてアげたイ!」
「そういえば弟さんがいるって言ってたね。弟さんにここを受験するように勧めるかい?」
「アー。ウん。そウですね。姉のワタシが言ウのもアれですが、勉強はできる子なンです…。ただ…」
どことなくスオウは浮かない表情になる。
「何か問題が?」
「…中学校に上手く馴染めなくて…大人しくて優しい子だから…。その…」
言い淀んでいるところを見るにいじめか何かだろうか。スオウはスカートの裾をぎゅっと掴んでいる。
「…せッかく人並みの生活ができるようになッたのに…幸せからはまだ遠インです…もッと…もッと頑張らなイと…」
これが演技ならミランよりすごい女優になれるだろうっていうくらい儚げで悲しそうな笑みだった。でもたぶん違う。夜の世界で男から金を引っ張る女の多くは話を盛っているだろう。あるいは嘘をつく。だけどこの子にはそういう臭いがしない。だから直感した。葉桐はおそらくこの子の苦境につけこんだ。前の世界で会ったときは、弁護士であり葉桐の側近だった。あの男は忌々しいことに他者を見抜く目に関してだけは本物だ。人物鑑定能力とでもいうべきか。スオウに何かの才を見出している。それもかなり重要な道具として。それがなんなのかはわからない。だけど今悲しそうなこの子を何か楽しませるようなことをしてあげたかった。同伴デートで、金を払ってる側なのに、この子を楽しませるのが俺ってのも変な話だ。だけどね。俺はそっちの方が楽しいって思うんだ。俺はスオウの手を握って、あるところにつれていくことにした。
「頑張ってる君にちょっとしたご褒美をあげるよ。ついてきて」
「…アッ…手…暖かイ…」
俺はとある古めかしく威厳のある建物に連れてきた。そして中に入っている。
「もしかしてここッて図書館ですか?」
「そう」
「でも大学の図書館ッて部外者は入れなインじャ?」
そのとおり。今どきはどこの図書館もゲートに学生証をかざす必要がある。だから部外者は入れない。
「こうすればいいんだよ」
俺は図書館の司書さんたちがゲートから目を離した隙を伺う。そして学生証をかざしてゲートを開ける。
「きャ!何するんですか?!」
俺はスオウを抱き上げて、お姫様抱っこした。
「こうしないとセンサーが二人通過した判定を下して中に入れなくなっちゃうからね。だから仕方ないんだ。許してね」
「…そウなンですか?なら仕方ないですね…うふふ…」
そして俺たちはゲートを無事通過した。なお図書館のゲートのセンサーはそんなに精度のいいものではないと思うので、二人で一緒に通ってもたぶんバレないと思う。だけど多少の役得は欲しいよね?てかこれスオウの他の太客さんに自慢できそうだな。俺は男としての自信を持っていいのかもしれない!貢ぎがいがあったぜ!そして中央の吹き抜けの大きな会談の前に着いたところで、スオウを下した。
「アア…素敵…」
うっとりとした声でスオウは感嘆の声を漏らしていた。この中央の図書館はこの大学の名物の一つだ。歴史と伝統と格式のある空間と学生たちの静かだが熱を帯びた勉学への意欲とが入り混じって一種の独特な雰囲気がある。スオウは俺の耳もとに顔を寄せて、小さな声で甘く囁く。
「連れてきてくれてアりがとウ」
そして彼女は俺の手を握っておねだりしてきた。
「あっちの方を見てみたいです」
「いいよ。行こうか」
ここの図書館はなかなかにカオスな空間である。中二階や無駄に入り組んだ通路、圧倒的な蔵書数、薄暗い照明、壁一面の本、勉強机に重たい椅子。スオウはそれらに触れては穏やかなに微笑んだ。難しそうな本を手にとっては真剣な顔でそれを流し読みして、満足げに本棚に戻す。連れてきて良かったと思った。俺は彼女が満足するまで図書館探検に付き合った。
そして図書館を出て俺たちは工学部周辺をなんとなく散歩していた。ここら辺は男子としかすれ違わない。だからとんでもない美人のスオウを連れて歩くと自然と視線を集めることになる。
「さッきから全然女の子イませンね」
「まあここらへんは理系だからね」
「アア!理科系の学部なンですか!ワタシは得意でしたよ!理科!」
「そうなの?じゃあ高校とかは理系だったりした?」
「…エ…。アの…ワタシ、高校には行ッてなイです…」
「ん?え?まじ?」
「…アはは。その頃にはもう働イてました」
スオウはどことなく恥じているように見えた。今どきの日本では珍しいと思う。いわゆる貧困層といわれる人たちだって高校には行っているのが日本という国だ。スオウのいた、あるいは今いる環境が相当よくないことは察して余りある。こんな子を葉桐は利用しているのかと思うと反吐が出る。
「ア、アの!でもワタシ、ちゃんと高校卒業認定は受かりました!だから心配しなイでくださイ!家族のために働くのは仕方なイことですから!」
どうやら俺の憤りが顔に出ていたらしい。スオウは慌てた様子で、フォローを入れてくれた。だけど俺たちの間に微妙な空気が流れた。そんな時だ。工学部棟の前で学生と教授たちが集まってガヤガヤ騒いでいた。道路の上を六脚のロボットが歩いていた。
「へぇ。ロボットか。すごいな。ロマンあるよね」
俺は隣にいたスオウにそう言った。だけど返事は返ってこなかった。スオウはすごく興奮したような顔で、ロボットを見詰めていた。
「…か、可愛い…」
「え?かわいい?」
スオウは頬を上気させて、ロボットをウルウルとした瞳で見つめる。ペットショップで可愛い猫ちゃんを見つけた女の子のような眼だ。
「もしかしてロボット好きなの?」
「はイ!ロボットとか車とか掃除機とか扇風機とかガスコンロとか電柱とか機械が大好きです!」
なんかすごく意外なことを言ってるぞ。
「へぇそうなんだ。機械いじりするの?」
「エエ!子供の頃はよく電柱の配線を弄ったりして、電気をぬす…ッ。電柱とか見るの好きでしたぁ!!」
今、盗むって言いかけなかったかこいつ?スオウは明らかにキョどりながら俺から目を反らす。
「ま、まあ機械は好きです!バイクとかも好きで、お客さンから貰ッたやつにもよく乗ッてます!よく自分で整備したりもするンですよ。すごイでしょ?!」
明らかに話題を反らそうとしている。個人的には前の世界で五十嵐の元カレの乗るバイクに轢き殺されかけて大手術の末になんとか生き延びたなんてこともあったので、バイクは死ぬほど嫌いですがまあ一応話にはのっておく。
「そ、そうだね。すごいね」
「はイ!いつかは自分のオリジナルのロボットやゲームを作ッて…ごめンなさイ。今のは忘れてくださイ。ワタシは弟さえ大学に送れて、両親に楽な生活ヲ送ッてもらエれば、それでイイんです…」
何かを諦めているような顔でスオウは俯く。
「自分の夢を持っちゃいけないなんてことはないと思うけど」
「…イインです。ワタシには優しい家族がイます。でもワタシが働かなイと家族は守れませン。だからそれ以上の夢は私にはイインです」
「そう。でも俺は今日君自身の笑顔を見て楽しかったよ」
スオウは一瞬目を丸くして、そして儚げに微笑んだ。綺麗なのにあまりにも憐れな美しさを彼女は確かに持っていた。俺は彼女の頬に手を伸ばす。そしてその頬を撫でた。スオウはそれを拒絶しなかった。目を瞑って俺の手に頭を預けるように傾けてくる。こうやって男は女に騙されて嵌って沼っていくのかもしれない。そんな時だ。彼女のバックからスマホの着信音が響きだした。スオウはバックに手を入れて、着信を切った。だけどすぐにまた音が鳴り響いて。
「すみません…他のお客さんからの電話です。いいですか?」
スオウは残念そうな顔でそう言った。俺はただ頷いた。彼女は俺の手から顔を離してしまった。そして俺から少し離れたところで電話に電話にでた。
「今日は仕事ヲ入れなイ約束のはずだろウ?…他の日にするか、オ前の子飼にやらせろ。……ッ!わかッてる!…すぐに行く」
電話を切ったスオウの顔はひどく冷たいものだった。なのにその瞳はとても悔しそうで悲しそうで。
「ごめンなさイ。急な仕事が入りました。同伴はここまでとさせてくださイ。夜にお店の方に来ていただ予定もキャンセルとさせてください。勿論こちらの都合なので、お客様には賠償として同伴含めたサービス料とキャンセル料をお支払いいたします」
「そんなのいらないよ。スオウ。今日は君のいろんな顔を見れて楽しかったし嬉しかった。なのにそれに加えてお金をこっちが貰うなんてできないよ」
「でも…それが決まりなんです」
スオウの目から今にも涙がこぼれそうになってる。
「なら今度。そうだね。俺はお客様としてではなく、個人として君に会いたい」
「でも、それは…それは…」
それはきっとルール違反だろう。俺はスオウの失点につけこんでる悪い男だ。だけどチャンスには踏み込まなければいけない。なにか酷く嫌な予感がする。今の電話はきっと葉桐からだ。
「もう決めた。君から取り立てるのは金じゃなくて、笑顔がいい」
「っえ?!…ン…ア…」
俺はスオウの頬に手を添える。そして親指で彼女の涙を湛えた目じりを拭う。俺の指先が少し濡れた。
「また会えるよね?」
「…はイ!また!必ずまた!」
スオウは泣きながら笑みを浮かべてそう言ってくれた。そして俺に華麗なカーテシーをしてこの場から小走りに去っていった。同伴デートは途中で終わってしまった。だけど彼女を楽しませることができたならきっと幸いだ。俺はそう思った。
私の足元にはいつも地獄の影が寄ってくる。神様のいるあの街にいた頃だって地獄はいつも隣だった。でも今日は違った。隣に地獄はいなかった。隣にいたのは不思議な雰囲気な男。今まで私はお客の男を何人も誑し込んできた。男なんて愚かな生き物だと信じて疑わなかった。だけど彼は違った。確かにバカっぽいところは沢山あった。でもそれが不思議と愛おしいと思える。こんな感覚は初めてだった。フワフワとするようなグラグラしているような不安定で熱い気持ち。それが何なのかはわからない。いいやわかっている。でもそれを認めれば私も愚か者の仲間入り。だからわからないふりをしたい。少なくともこの男、葉桐という悪魔の前では。
「ずいぶんと今日はしおらしい態度だね。さっきまで電話口ではあんなに嫌そうにしていたくせに」
葉桐は私を豪華なリムジンで迎えに来た。こうやって奢侈を見せつけることをこの男は好む。それがたまらなく不愉快だった。
「ワタシはわきまエてイる。オ前は恐ろしい男だ。そもそも歯向かウつもりはなイ。きちンと金も払ッてくれる。しオらしくもなるさ」
「ふむ。そうであるならば大変結構だけどね。でも今の君ならばもしかすると」
葉桐は私のことをまるでモルモットを観察するかのような目で見ている。この目が嫌だった。男が私に向けるのは嫌らしい目ばかり。葉桐だって男のはずなのに、この男は初めて会ったときから私のことを値踏みするような眼で見てくる。女に欲望がないような眼を自然と向けてくるこの男の精神性は一種の化け物なのだろう。いままで色々な男たちを見てきた。その中でもトップクラスにこの男はイカれているのは間違いない。
「祭犠の解析はまだまだ途上だ。君にも参画する資格があるのかもしれない。それはとても光栄なことだよ」
「オ前がワタシヲ何に巻き込みたイのかは知らなイが、オ前から受ける仕事ヲこれ以上は増やしたくなイ」
「そうかい?まあいいよ。今日のところは、僕としても今日の仕事に集中して欲しいしね」
葉桐は私にジュラルミンのケースを渡してきた。それと共にファイルを差し出してくる。そこには男たちの顔写真とその者たちについての情報がまとまっていた。
「僕に歯向かうイキった武闘派気取りのヤクザ共がいる。だから
地獄の臭いがしてきた。私の隣には地獄がある。だから私自身もまた地獄の一部になることができる。巻き込まれた者たちは可哀そうだ。だからせめて。せめて今日ともに過ごした彼だけは私に巻き込まれないで欲しい。なのにやっぱりだめだった。私は彼にもう一度会いたいと。そう神様に祈ってしまったのだから。
***作者の独り言***
次回はプールのお話やりたいです!!
ちょっとエモそうなプールのお話を思いついたのでご期待ください!!
そのプールの番外編が終わったら、シーズン4に入ります!よろしくお願いしますね。
ところでスオウさんを可愛いと思っていただけましたか?そうだったら筆者はとてもうれしいです!
なんか不幸属性の塊みたいな子ですが、いい子だと思うので可愛がってくださいお願いします!
これからもよろしくお願いいたします!
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