第53話 推しの神絵師さま!
俺はバスの窓から見える富士山の事をぼーっと見ていた。今回のサークル合宿は静岡の浜名湖の近くにある詣義大学の研修所で行われる。まあ合宿なんて名前こそついているけど、3泊4日でただひたすらテニスとフットサルとBBQと温泉と飲み会と静岡観光を楽しむだけのお遊びです。ほんとは気楽に犯人のクズブルーをしばき倒すだけの素敵な旅だったはずなんだけどなぁ…。前の方の席に座る五十嵐とついでに真柴は楽しそうにきゃっきゃとお喋りしてた。真柴にしても謎である。
「あいつの名前も参加者名簿になかったはずなんだよなぁ。なんでいんだよ」
ケーカイ先輩が横流ししてくれたこのサークル旅行の参加者名簿には真柴の名前はなかった。なのに今日ここにいる。直前でコネか何かを使って入り込んだのは間違いないのだが。目的がわからない。俺の行動を読んだ葉桐が送り込んだとしたら、人選は間違いなくミスだ。だからこの可能性はない。ほんとうにサバサバ系を自称するくせに前の世界も今も俺の頭を悩ましイラつかせてくれる。まああいつは後回しだ。むしろ五十嵐の面倒を見る奴が増えたと考えておくことにしよう。
「あのー。なんかさっきから難しい顔してるけど…気持ち悪いとか?大丈夫?」
俺の隣に座っている線の細い美少年風イケメンくんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。東京を出てこれが初めての会話になる。ぶっちゃけ今日の俺は疲れ切っているので、誰ともはなしたくなかったからニヒルマンを気取ってた。
「ああ、大丈夫大丈夫。ほら。こういう大学生っぽいこと初めてだから、なんか緊張しちゃって」
「うん。わかる。ぼくも知らない人だらけで緊張してる。うちの大学からは僕一人しか来てなくて心細いし」
「へぇ。そりゃ大変だ。何処の大学から来たん?俺は皇都大学」
皇都大学ブランドはこういう時には若干鼻につくから注意がいる。だけどマウントがすぐに取れるという意味では前の世界の社会人時代には重宝してくれてとてもありがたかったが。
「へぇ皇都大学?!すごいね。僕は皇都芸術大学なんだ。芸術抜いたらお揃いだねっていったら生意気かな?ふふふ」
その大学の名前を聞いた瞬間、俺はまじで体がビクッと固まった。俺は芸大を受けてことごとく落ちた身である。その後俺は札幌に上京し建築作業員に就職して、建築に目覚めて大学進学した身である。芸大とは俺の憧れそのものである。というかコンプレックスそのものだ。
「へぇへぇええええ。芸大?すげぇ。ははは。すご。まじですごい。え?マジ?まじなの?え?芸大?は?なに?!芸大?!ふああ!」
「なんでそんなに驚いてるの?!芸大ってやっぱり変かな?確かに変人多いしなんか意味不明な事ばかりするしでちょっとアレだけど、ぼくは普通だよ」
にこりとわらう美少年風イケメン。俺が女の子ならこの笑顔でイチコロ抱いて!って宣ってるけどね。
「そうなんだぁ。楽しそうだね芸大!うんうん!凄く楽しそう!はは!あはは!芸大は爆発しろ!!あはは!あははは!」
「いや君のテンションおかしい!絶対変だよ!えーっとぼくの自己紹介まだだったね。ぼくは一年美術学部絵画学科の
「しかも絵画科かよ!え?てか!?え??美甘司…?!確か去年の世界高校生油絵コンクールで佳作を取ってた?!あの神絵の絵師?!!」
いつも有名な賞とかコンクールとかの受賞作品はチェックしてる。美甘の絵はよく覚えてる。才能に満ち溢れた神絵だった。さらに言えばこの男。未来で日本を代表するアーティストになるのだ。俺はこの男の作品のファンだった。作品の写真集を全部持ってたし、庶民の手に届く範囲では作品を買い集めていた。しかし驚いた。未来の美甘司は虹色の髪の毛に髭面で派手は化粧をしているぶっ飛んだ風貌だったのだ。今目の前にいるのが若かりし頃の本人様とは思わなかった。
「あれ?あの絵を見た事あるの?わーうれしいなぁ。あの絵受賞は出来たけど、けっこうぼろくそに叩く人もいてさ」
「あれはいい絵だったよ。まじですごい絵だった。うんうん。みんなは明るい絵だって思ってそうだけど、俺にはわかったよ。あれは喪失の悲しみを描いていたんだって…」
「わかるの?!うん!ぼくは確かにそのメッセージを描いたんだ!明るく見える世界でも喪失に悲しむ人もいるんだって伝えたくて!そっか!よかったよ。ぼくの絵には伝える力があるって信じてもいいんだね。嬉しいよ。ふふふ」
美甘の笑顔は尊く見えた。この男は俺の推しです。だけど前の世界では五十嵐と同棲を始めた途端に、五十嵐が俺の所有する美甘の作品写真集やグッズを全部捨てやがった。俺はキレた。ガチで。五十嵐もいやだいやだ見たくない!と超喚いた。なおその後、美甘が前の世界での五十嵐の元カレの一人だと知って、俺たち二人の間に微妙な空気が流れた事だけは覚えてる。推しの絵師が嫁の元カレでした!こんな微妙な不幸は嫌である。だけど作品には罪はないのだ。美甘は神絵師である。あと五十嵐の元カレの中では珍しく俺にちょっかいをかけてこなかった男でもあるので。そこらへんもまた絶妙に微妙ではある。まあ前の世界では直接会ったことはないので、なんとも言えないけど。取り合えず俺もちゃんと推しに自己紹介しておこう。
「俺は常盤奏久。建築という芸術家だと自分を規定している。これからはよろしくな美甘くん。俺の事はカナタでいいよ」
「うん!よろしくカナタ君!僕のことはツカサって呼んでよ!この旅行全然期待してなかったけど、わかってる人がいてくれてすごくうれしいよ!楽しい旅行になりそう!」
そして俺たちは静岡につくまでひたすら芸術について熱いトークを続けたのだった。
目的地の静岡に到着しバスから降りた。浜名湖そばにある研修所は大きく綺麗な富士山が見えるとてもいい場所だった。流石名門私大の詣義大学。金あるなー。建物もとても綺麗。
「ふじさーーーーーーーーーん!!すてきーーやっほーーーーーーーーーーーーー!!」
「「「やっほーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
だから一人で富士山に向かって叫ぶ馬鹿がいた。五十嵐だった。当然顔がいいからどんなに痛くてもセーフである。何ならつられてキョロ充系男子たちが一緒に叫んでいた。はは!このアホなノリ!実に大学生。俺は混ざらない。だってもう大切な仲間を見つけているから。
「富士山を書く画家は多いけど、敢えてモチーフを取るなら富士山じゃなくて、その影を書いてみるってどうかな?」
「それはいいアイディアだな。流石ツカサ。美の女神に愛されてるな。ふっ」
推し絵師と絵について語る時間がエモくて尊い。だけど同時に俺はこの美甘のことも警戒していた。美甘の名前も参加者名簿にはなかったのだ。つまりこの男も直前になって参加してきたということになる。その理由がわからない。さっきの会話で旅行そのものを楽しんでいるような感じはなかった。むしろ俺と一緒にいてからニコニコと楽しそうに過ごしている。目的はいったいなんのか?
「常盤くん!すごいね!富士山!なんか大きくなってるよ!いつの間に大きくなっちゃたんだろうね!すごくない?!」
叫び終わった五十嵐が俺の傍にやってきた。そりゃ静岡にくれば富士山もでかく見えますよ。ここから富士山はとても近いんだから。アホの子だな。
「そうだね。いつもは豆粒より小さく見えるのに、こんなにでかく見えるのはすごいな。うん」
「だよねー!私富士山好きなの!やっぱり綺麗だよね!ふふふーん。ん?あれ?常盤くんお友達できたの?」
俺の傍にいる美甘の存在に気がついた五十嵐は楽しそうに笑う。ちょっと不安を感じた。一応この二人、未来では一度は付き合っている仲なのだ。
「よかったね!いつもとなりに女の子しかいない常盤くんにやっと男友達が出来たんだね!ママは嬉しいよ!うふふ」
「誰がママだこの野郎。別に男友達がいないわけじゃねぇよ。大学の中ではあいつらとしかつるまないだけだし」
「たしかにいつも金髪の子と美魁と算数の子としか群れてないよね。知ってる?最近常盤君たちのことを乱れてる方の風紀委員会って呼んでる人たちがいるらしいよ」
「乱れてる方の風紀委員会ってなに?!反社臭い?!」
「あはは!反社はだめだよねーあはは!でねでね!常盤くん、この後…」
「五十嵐さん。ちょっといいかな?」
話している俺たちの傍に箱を持った男女がいた。男の方はよく知っている。クズブルーの鳳条日向。今回の俺のしばきターゲットである。女の方はケーカイ先輩のくれた名簿に顔写真と名前があった。
「あっ。紬ちゃん!やっほー。卒業式以来だね!」
彼女の名は碓氷紬。五十嵐の高校の同級生である。現在は詣義大学の文学部に通っている。
「うん!久しぶり理織世さん。ここで会えるなんて思わなかったよ!このサークルは詣義大学中心の私大と皇都以外の国立中心だから来るとは思わなかった。でも葉桐くんはいっしょじゃないの?」
碓氷は首を傾げている。葉桐と五十嵐はセット。それが同じ高校出身者の共通認識なんだろう。
「あはは。まあほら!そういうこともあるよ!あはは!」
説明するのが億劫なんだろう、五十嵐は適当に苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「そっか来てないんだね。残念。じゃあこれ引いて。今日のテニスのグループわけのくじなんだ。女子はこっちのを引いて」
「くじ引き?え?グループわけ?」
「うん。できるだけお互いに知らない人同士で組んで過ごして仲良くなってほしいサークル側のお願いだね。だからくじで公平にばらけてもらうんだ」
「…ええ…そうなんだ…そっかー。それじゃ仕方ないね…」
五十嵐はくじ引きの箱を見ながら、少しがっかりしたような顔をしている。だがすぐに顔を上げてひどく真剣な顔になり。
「アゲチン常盤!!召喚!!」
「やめろその名で呼ぶな!!」
例によって、五十嵐はお守りを手に取り、那賀から500円玉を取りだして俺の額につける。
「カナタ君。なにそれ?アゲチン?」
ツカサは五十嵐の奇行にドン引きしている。可哀そうな人を見るような目で見ていた。
「ツカサ。この世界には不思議な文化を持つ方々がいるんだ。放っておいてあげてくれ」
「う、うん。わかったよ…あはは」
そして五十嵐はくじを引いた。出てきた番号は一番だった。
「一等賞!ゲット!アゲチンナイス!!」
五十嵐さんは両手でガッツポーズを取っている。
「いやグループわけだからね。商品はでないぞ」
さて厄介なことになった。クズブルーくん。一番のくじを引いたのを見てる。きっとあとでくじを不正に操作して五十嵐と同じグループにシレっと混ざってくることだろう。ここで俺も一番をひかないといけない。けどそんなの無理だろう。天に運を任せる他ない。だけどなんとなくだけど、一番を引けるような気がする。
「五十嵐。ちょっと失礼」
俺は彼女の額を人差し指で軽く差す。ついでにかるくデコピンしてやった。
「きゃ!なにするの!もう!」
「運を返して貰ったんだよ。あとさっきほっぺ刺されたし、その借りはかえさせてもらうよ。くくく」
「えー。うつわせまーい!あれくらい水に流してよもう!」
なんか五十嵐がプリプリと怒っている。頬を少し赤く染めているのが可愛らしく見える。
「残念だけど、お前にされたことは何一つも忘れられないんだよ。だから返すよ。なんでもね」
「忘れられない…。そっか。うん。それなら仕方ないね」
五十嵐は微笑を浮かべる。そして俺はくじの箱に手を伸ばして引いた。番号は見事に一番だった。
「え?マジで効力あるの?!俺本当にアゲチンなのか…?!」
自分の運の良さが怖い…!?まあだめでも五十嵐を守りクズブルーを監視するような方法は用意するつもりではあったけど。ふっとクズブルーの様子を見ると、あからさまに嫌そうな顔をしていた。五十嵐とそこそこ仲のいい俺に嫉妬してる。そして機嫌の悪いまま声を少し荒げて。
「おい美甘!とっとと引けよノロマ…!」
びくっと少しツカサは体を震わせた。そしてくじを引いた。
「あ、ぼくも一番?うそぉ!?まさか運が伝染してる?!」
ツカサが驚愕の目で俺を見ている。同時にプンプンと五十嵐が怒り出す。
「…え?うそ?!だめだよ!常盤くんのお友達でもアゲチンのお
「アゲチンって呼ぶなやめろまじで」
俺の運の良さが怖すぎる…?!まじでアゲチンなのかなぁ。試す相手がいないんだよなぁ!悲しいなぁ!
「っち。まあいいか…むしろ好都合か…」
クズブルーは俺にしか聞こえないくらいの小さな声でそう呟いていた。不穏だが監視対象が一か所に集まったのは俺にとっては僥倖だろう。地獄の中だがいい滑り出しを切れた。そう思う。
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