第52話 地獄で待ち合わせ
GW前日、俺と綾城は、実家に帰省する楪とミランを空港で見送った。
「うぇえええん。せっかくのお休みなのに皆さんと一緒にいられないなんてぇ。ぐすっ」
「そうだね。悲しいね。ボクも残念だよ。みんなと過ごしたかった」
俺たちの出会いは偶然。だからGWの予定なんて立てようがなかった。みんな事前に立てていた家族と過ごすという選択肢しか選べなかったのだ。未来を知っていれば別の道を選べたかもしれない。そっちの方が楽しいのかもしれない。
「ねぇ、常盤はどう?あたしたちがこうして仲良くなるって知っていたら、GWをどう過ごしてた?」
空港からの帰りの電車の中で、綾城はそう言った。
「そりゃ、お前たちと面白可笑しく過ごしてたよ…そうに決まってる」
だけど実際のところどうだったんだろう?五十嵐が睡眠薬を盛られそうになったことを知った時、すでに俺はGWに犯人を〆ることで頭がいっぱいだったような気がする。
「そうね。あたしもそう思いたいの。未来はわからないから楽しい。なんていう人もいるけど、実際のところ未来っていうのは過去の積み重ねの上にしかない。だから選択肢は常に過去に引きずられることになる。あたしもそう。明日からの家族旅行はね、あたしにはちょっとどころじゃなく大事なのよ。…あなたたちとそれを天秤に乗せた時にどっちに傾くのか…それを考えずに済んで正直に言ってほっとしてるのよ…」
彼女の過去に何があったかはわからない。だけどそれが傷になっていることはわかる。不思議な確信はあった。いずれその傷に俺は触れることになるんだろうと。そう思うのだ。
「最近のあんたはピリピリしてた。あの二人も心配してたわ。解決のめどはありそう?」
「…大丈夫…だと思いたい…ううん…寂しい。すごく寂しいんだ…」
五十嵐はどうしようもなく俺の心を騒がしていく。俺の中にある思い出がひどく重たい。愛されたってわかっているからこそ、その重さの分だけ心が凍えるんだ。
「そう。ねえ。こうしたらどう?」
綾城は俺の左手を両手で優しく握ってくれた。暖かい。とても。
「今はあんたの正念場なんでしょうね。ごめんなさい。その時に傍にいてあげられないのを許して」
「そんなことない。これだけで。これだけで十分だよ」
そして電車は綾城の乗換駅についてしまった。ここで俺たちはしばらくお別れになる。手は離れた。だけどしばらくは指が名残惜しそうに俺の手の甲を撫でていく。
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」
俺たちは手を振ってお別れした。もう綾城はそばにいない。だけど彼女のぬくもりは残っている。それは思いでの寂しさを埋めるのに十分な温かさで。だから俺は。
「すこしくらいわがままでもいいよね。なあ理織世」
そう自分に言い聞かせるように呟く。そしておれのGWが始まる。
俺の参加するサークル『ロンヒ・ジャベロット』の新歓合宿はかなりの大所帯だ。新入生の男女合わせて約100人。そこに選ばれしトップカーストの先輩たちが20人ほど。半端ねぇ規模である。この合宿、俺はケーカイ先輩のコネで潜り込んだけど、本当は各大学ごとに面接という名のセレクションがあった。当然女子はお顔とスタイル、男子はある程度の顔に加えて実家が太いか上級国民様どうかもチェックされてるらしい。
「リア充を超えた、上級充実、あるいは上流充実。のぞき見だけならいいけど、参加するのはいかんとも言い難い腐臭を感じるね…」
朝7時、集合場所である東京駅の広場には、まじで不自然なくらいに綺麗な女の子ばかりが集まっていた。男たちもいかにもボンボンですって感じ。大学サークルの格差って高校のそれと比べるとガチでエグい。まじで高校のカーストって大学のそれにくらべるとチョロい。
「そして犯人みーっけ」
名前なんて口に出すのもいやだ。クズブルーとでも呼んでやろう。クズブルーは他の男子たちと一緒に近くの女子たち相手にナンパしてる。きっとパパのヨットで夏を熱く過ごそうぜとか一点だろうな。普段ならここでクズブルー相手にお友達工作を始めるんだけど。今はそれより優先したいことがあった。俺は学生たちから少し離れて、電話をかける。5回くらいのコール音でその人は出た。
『もしもし。すみません。どちら様ですか?電話番号は出てるんですけど、名前が表示されてなくて…』
「…ふぅ…俺だよ。常盤だ…」
『え?!ええ?!常盤くん?!』
俺が電話をかけたのは五十嵐だ。リープ後には連絡先の交換なんてしてない。だけど彼女の電話番号は知っている。前の世界からずっと憶えてる。
『えーっと。その…何かな…?』
「……その……ああ!もう!だめだ!上手く言葉にできん!」
色々と言わなきゃいけないことがある。だけど整理がやっぱりできない。いきおいだけで電話をかけたから言葉が喉に詰まる。
『この間の事かな?…あのね…あれは…』
「それは…今はいい…違う…じゃなくて…俺が言いたいのは…ふうううう」
息を思い切り吸い込んで。
「旅行に行くな」
「…え?えっ?行くなって?旅行に…?」
「いいから行くな。それで今すぐ俺のところに来い」
ほんと馬鹿みたい。スマートに旅行を妨害してやることも葉桐に難癖ふっかけることもなく、ただただ五十嵐に旅行に行くなと言うだけ。なんて間抜けなんだろう。
『でももう行かなきゃ駄目なんだけど…旅行に行く約束しちゃってるし』
「その約束よりも俺を選べ」
『…っ…なんで今なの?なんで今になってそんなこと言うの?私違うって言ったのに…』
「今この瞬間、
もし五十嵐が旅行を蹴ってくれるなら、俺はすぐに迎えに行く。その後は知らん。GWの間は葉桐の手の届かないところへ二人で逃げる。幸い金ならいくらでもある。どうでにもなる。
『言ってること意味わかんないんだけど?』
「俺だってわかんねぇよ…でもこうしたいんだ。旅行に行くな。行かないでくれ。今すぐに迎えに行く。だから」
『そんな…でも私…もう…ん?あれれ??あれぇ?嘘でしょ…そんな…』
なんか電話の向こう側から五十嵐の戸惑いの声が聞こえる。もしかして葉桐が傍にいて話を聞いているのか?
「葉桐か?!そこにいるのか?!」
そのとき、肩をぽんぽんと叩かれた。多分サークルの学生か何かだろう。こういうところだと馴れ馴れしく話しかけてくる奴が多い。
「すまないが取り込み中だ。あとにしろ」
俺は振り向かずにそう言った。さらに肩を叩かれる。
「だからすごく大事な電話してるんだよ!放っておいてくれ!!」
振り向かずにさらに怒鳴る。だけどまだ肩を叩いてくる。電話から五十嵐の声も聞こえないし、俺もいい加減イライラしていた。だから振り向いて直接威嚇してやろうと思った。
「いいか俺は今人生最大の勇気を…ふぎゅ?!」
振り向いた瞬間、ほっぺたを指で刺された。
「やーいやーい!いまどきこんなのにひっかかるとか!ふふふ。ウケるんだけどーうふふ」
なんと振り向いた先にいたのはにっこりと笑う五十嵐だった。清楚な感じのロングスカートのワンピースとスニーカーを合わせている。余所行き感のあるファッション。
「…え?えっ?はぁ?!なんで?!ええ?!なんでぇええええ!!どうしてぇええええ!!?」
もう言葉がちゃんと使えないくらいに頭がバグりまくってた。
「そんなのこっちが聞きたいよー!いきなり電話かけてきて超意味不明な事ばっかり言うし!」
「ああ…ああ…そうだねぇ…ふううううう。落ち着け落ち着け…どうしてこちらにいらっしゃるんですか?もしかしてここから旅行に行くんですか?葉桐くうぅうんはどちらに?」
「宙翔ならここにはいないよ。ていうか常盤くんも旅行行くんだね。なのに私に旅行行くなって変だよねぇ。バカなの?」
「いやいやいや!ていうか話がごちゃごちゃするぅ…俺は色々あって今日のサークル旅行に行くんだけど…」
五十嵐が話し始めると大抵話の筋がぐちゃぐちゃになる。状況がわけわからなくてほんと怖い。一体何が起きてるんだ?
「うん!私も色々あってこのサークル旅行に参加することになったの!」
「事前の参加者名簿にはお前の名前はなかったんはずなんだけど…」
「ん?ああそれはね…」
「りり!何やってんの!?そろそろ点呼するって!戻ってこないと置いてかれるよ…って?!げっチンピラ常盤?!なんでここに?!」
なんと真柴がサークルの集合場所の方から小走りで俺たちの傍にやってきた。
「今日の旅行ね!友恵に頼んだの!そっちのサークル旅行に行きたいから入れてって!」
「…まさか葉桐も一緒なのか?」
そうしたら俺はどうすればいいんだろう。取り合えず殴る?蹴る?
「ひろならいないよ。ていうかなんであんたがいるの!?せっかくのサークル旅行が台無しじゃん!ああ…もう…最悪…」
露骨に嫌そうな顔で真柴は俺を睨んでいる。逆に葉桐がいないということに俺はすごくほっとしていた。
「いやぁ。もう私も大学生じゃない?だからさせっかくのGWも家族で旅行行くよりもサークルとか部活とかの旅行に行ってみたいなぁって思って…あはは」
どことなく五十嵐は恥ずかしそうにはにかんでいる。まあ気持ちは多少はわかるけど。
「家族と旅行?葉桐は?」
「だからぁ葉桐家と五十嵐家の合同家族旅行だったの!」
五十嵐が言ってた違うってこういうことなのかな?はは、ウケるー。俺は思わず両手で顔を覆ってしまう。穴があったら永遠に入っていたい。そんな気持ち。だけど冷静に考えれば家族旅行に両家合同に行くって、それもう婚約者レベルだよね。穴からは出てもいいかも知れない。
「りりってすぐに気まぐれ起こすよね。いきなり昨日電話来て、サークル旅行に入れてっていうなんてほんと驚いたよ…」
「いやぁ。めんぼくない!もうしわけない!ありがとう友恵ぇ!」
真柴にぎゅっと五十嵐は抱き着いた。真柴も真柴でまんざらでもない顔してる。事情は把握した。葉桐と一緒に旅行に行かない。そのことに嬉しさを感じる自分がいる。それにサークル旅行とはいえ五十嵐と一緒。おかしいな。高揚する自分が隠し切れなくなっていく。
「おーい。真柴!それに五十嵐さーん!そろそろバス出るよー」
俺たちの傍によってくる男がいた。そいつを見た時、高揚感や嬉しさなんかが一瞬にして吹き飛んだ。犯人であるクズブルーが馴れ馴れしそうに真柴たちの傍に立つ。そうだった。この旅行はもともと犯人をシバくために来たのだ。やばい。クズブルーの顔を見る。五十嵐の事をどことなく厭らしい目でみて嫌な笑みを浮かべている様に見えた。
「はーいはい。行こうりり。チンピラなんてほっとけほっとけ!」
真柴はクズブルーと共にバスの方に向かった。俺と五十嵐がその場に残った。
「正直ね…ほっとしてるの」
五十嵐が俯いて頬を赤く染めてぼそりと呟く。
「もし迎えに来られちゃったら…私素直になれたのかなって…あはは!今のはなし!忘れて!」
顔を上げた五十嵐はにぱーっと能天気で楽しそうな笑みを浮かべていた。
「楽しみだねサークル旅行!一緒にいっぱい遊ぼうね!」
そう言って五十嵐はすこし小走りでバスの方に向かう。
「ヤバい…詰んだ…」
犯人と一緒の良好に参加するべきじゃない。だけどこの状態でサークル旅行にも出るななんて言えない。そんなこと言えば、失望した彼女は葉桐のモノになるだろう。かと言って二人で逃げ出すことも今は難しい。俺たちの傍には真柴がいる。彼女が葉桐に報告したら、とんでもない事態になる。その時、五十嵐が冷静に判断できるとはとても思えない。
「どれを選んでも地獄じゃねぇか…くそ…」
呪われてる。俺たちは呪われている。その道は穢れていて昏い。だけどだけど。今はそんな道でも。
「だけどそばに理織世がいるんだ。他の道なんて選べないよぅ」
俺は意を決して、バスに向かう。地獄しかないなら、せめて彼女がいる場所がいい。俺はこうして地獄の新歓合宿に臨むことになったのだった。
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