シーズン・2 地獄のGW新歓合宿とサークルクラッシャー(物理)のカナタくん!そして時空歪曲の『ファーストキス』

第40話 シンデレラ

 講義をサボって食うめしはうまいか?と問われれば、超うまい!と答えるのが平均的大学生って奴だろう。俺もうそうだし、今目の前にいる女の子もそう言っている。


「このスコーンおいしー!来てよかったね!すごくまんぞくー」


「そう。それはよかったよ」


 五十嵐は食後のデザートを楽しんでいた。結局俺たちは二限をサボるだけではなく昼休みの間もここでダラダラと過ごしていた。


「ねぇ、そういえばさぁ常盤くん」


「なに?」


「さんぴーってなに?最近そのさんぴーをしようよって誘われたんだけど」


 思わず飲んでるコーヒーを吐き出しそうになった。


「だれ?誰が誘ったのそれ?」


 誰が誘ったのか知らないけど、〆なきゃいけないと思った。いくら大学生でも駄目でしょそれは。


「ん?綾城さんだよ。常盤くんと私とならさんぴーしてもいいって。今朝電車で言われたの」


「綾城Xめ…!五十嵐。その言葉は永遠に忘れろ。人前で絶対に口にするな。いいね?」


「うーん?そう?わかったけど。ところで綾城さんって常盤くんの彼女さん?いつも一緒にいるの見るけど」


「いや違うけど」


「じゃあ美魁と付き合ってるの?」


「別に誰とも付き合ってないよ」


「へぇ。あんな美人さんたちと一緒にいるのに、付き合えていないんだ…シャイなんだね」


 シャイかどうかで言われると、前の世界は間違いなくそうだった。今は違うと思う。じゃなきゃ綾城たちと一緒にいるなんてことはないと思う。五十嵐はどことなく機嫌が良さげに見えた。


「じゃあ常盤くんってどんな子と付き合いたいの?どんな女の子がタイプなの?」


 なんかどことなくからかうようなニュアンスを感じる問いかけだった。あんまり考えたことがない。そもそも前の世界じゃ非モテ側だったから女を選ぶなんて贅沢はできないし、五十嵐以上の女がいるとも思ってなかったわけで。だからだろうかふっと口に出してしまった。


「浮気しないような義理堅い人かな」


「うんうん。義理堅い女の子ね。確かに浮気する女の子なんて最低だよね!私そういう子は嫌いだね!」


 前の世界のおめぇの事だよ。なにこの時空の歪んだ自虐ギャグみたいな会話。


「私さぁ。不倫ドラマとか嫌いなんだよねぇ。お母さんとかお姉ちゃんとかが楽しんでみてるとチャンネル変えたくなるんだよね。いやだよね。なんかこう男の人の間をフラフラしてる女の子って。なんか情けないし、バカじゃん?って思って冷めちゃう。やっぱりドラマは海外の刑事ドラマに限るよ!バンバン撃ってスカッと事件解決!さいこー!」


 超時空自虐ギャグ!笑ってもいいのかな?はは!うけるー。


「まあそうだな。刑事ドラマはなんか面白いんだよな。事件捜査パートと犯人との対決は燃える」


「うんうん。やっぱり一途じゃなきゃ駄目だよね!そういえば知ってる?」


「なにを?」


「友恵から聞いたんだけどね!このお高い方の学食って結婚式の会場とかにもなるんだって!皇都の学生同士のカップルとかがよく利用するんだって!同じ大学で出会って付き合って結婚して!式もキャンパスであげる!素敵だよねぇ。憧れるなぁ。ふふふ」


 目をキラキラと輝かせて語る様は、夢見がちな女の子って感じだ。だけどね。その顔がすごく可愛く見えるんだ。


「ねぇ常盤くん?」


「なに?」


「私はどんな人と結婚するのかな?どんな人が私には合うのかなぁ?」


「……そうだな…そうだねぇ…」


 俺は五十嵐の目を見る。灰色が烟る不思議な茶色の瞳はとても綺麗だ。俺はその色をシンデレラ灰かぶり色と名付けていた。


「…すまん。わからん」


「え?そんなめちゃくちゃ考え込まなくてもいいのに!あはは!常盤君は真面目だね!うふふ」


「だけどそうだな。ほら。シンデレラの話ってあるじゃん」


「王子様と結婚しろってこと?…私には王子様似合わないと思うよ」


 五十嵐は不思議と何処か悲しそうに目を伏せる。自分を卑下しているように見える。


「いやそうじゃなくて。硝子の靴。硝子の靴をな。どっかに投げればいいんだよ。それでそれを届けにきてくれた人がお前によくお似合いの人なんじゃね?」


 自分でも何言ってんのかよくわかんない。すくなくともシンデレラりりせ王子様はぎりに奪われるのはいやだった。なら硝子の靴を置いていかないで、投げ捨てればいいのだ。きっと誰かがそれを拾って届けてくれる。それがきっと運命の人。


「…おもしろいねそれ。ふーん。じゃあどこに硝子の靴を投げればいいのかな?」


「それはご自分でどうぞ。ああでもちゃんと消臭してからにしておけよ。ガラスの靴って絶対蒸れてるからな」


「あはは!だよね!絶対ガラスの靴って汗でベタベタだよね!臭そう!あはは!やばぁ。笑い過ぎてお腹痛い。あはははは」


 五十嵐的には俺のジョークはツボらしい。いい感じでオチがついたところで、俺たちは店を出て次の講義棟に向かうことにした。





 講義棟の前では色々なサークルがチラシ配りをしていた。まだまだ新歓の時期ではある。入学直後の熱気は薄れたが、それでもまだまだどこのサークルも新入生を募集している。


「お!カナタじゃん!チラシ配るの手伝え!ぎゃはは!」


 ケーカイ先輩が講義棟付近にいた。新入生にチラシを渡している。


「えー。まだサークルには入ってないですよ!まだ俺はお客さんですよ!お客さん!」


「お前みたいなやんちゃなもんにお客さんはもったいねぇよ!すぐにでも運営側に回って欲しいもんだね。あはは!ところでそっちのお嬢さんは?」


 五十嵐の事にケーカイ先輩は興味をもったらしい。この人は色んなサークルに出入りしてる。勧誘したいのかな?


「同じ建築の一年の五十嵐です」


「ん?ああ、葉桐の幼馴染さんね。へぇ」


 ケーカイ先輩は葉桐の事を知っている。というか生徒会とこの人は対立関係に近い。ケーカイ先輩は葉桐のネットワークがうちの大学によくない影響を及ぼすことを懸念している。


「五十嵐理織世です。宙翔がいつもお世話になってます」


 ぺこりと綺麗に御辞儀をする五十嵐の姿に俺は思わず渋い顔をしてしまった。まるでよくできた奥さんみたいじゃないか。それで思い出してしまう。ゴールデンウィークを過ぎたら、葉桐と五十嵐は付き合いだすということを。


「あらあら。よくできたお嬢様だこと。ふーん。そうだ。はいこれ」


 ケーカイ先輩は五十嵐にチラシを一枚渡した。


「明日の夜に新宿でやる新入生ウェルカムパーティーの案内だぞ!ぜひ遊びに来てくれ。インカレでやるから人いっぱいくるぞ!ぎゃはは!」


「明日…ですか…」


 五十嵐はジーっとチラシを見詰めていた。何かを悩んでいるようだ。


「おめえにはこれだ!」


「ちょ!おも!」


 ケーカイ先輩は俺にチラシの束を渡してきた。


「俺に代わりに配っていいんだぞ」


「仕事をおしつけてるだけじゃないですか!俺1年なんですけど!!」


「こんどまたピザ奢ってやるからさぁ!やってよ!じゃあ!がんばれ!ぎゃはは!」


 先輩は走り去っていった。仕事を押し付けられたけど、あの人の事は憎めない。


「なんで明日なんだろう…?」


「どうしたの?」


「ねぇ常盤君は行くんでしょこれ?」


「うん。もともと先輩には誘われてたしね」


 ミランも出し物側で出る予定だ。綾城は別のサークルの新歓に行くので来ない。楪は渋い顔で断った。まだまだあの子も人混みがきついようだ。


「そっかー。うん。まあそうだよね。へぇ。うん。明日はもう予定があるんだよね。美味しい料理と美味しいお酒が飲める素敵なディナーなんだ」


「ふーん。そうなんだ」


 誰と行くのかは見当がつく。


「綺麗なドレスを着る予定なんだ。情熱的な赤いドレス。でも靴はね。硝子じゃないの」


 五十嵐はふっとどこか儚げな微笑を浮かべる。何かを言ってやりたい。だってそんな顔は似合わない。もっと能天気に可愛く笑っていて欲しい。


「良かったじゃないか。硝子の靴じゃないなら、馬車から下りても魔女にも王子様に気づかれずに済むし、どこへでも歩いて行けるよ」


 そんなことを言っても意味はないと思う。葉桐の影響から五十嵐は出てくることはない。未来はそうだったんだ。今はましてやそうだ。もうすぐ付き合う二人の気持ちが盛り上がっていないはずがないのだ。


「…そっか。あはは。そうだね…うん。硝子の靴はまだ履いてないんだった…」


 どことなくいつもの柔らかそうな笑みを取り戻してくれたように見えた。


「常盤くん。そのチラシ手伝ってあげる!やってみたかったの!そういうの!大学生って感じでいいよね!あはは!」


 俺の手からチラシを半分くらい取っていって、道行く新入生に五十嵐は配り始めた。すぐに人だかりができてチラシは飛ぶようになくなっていく。俺も負けてられない。俺と五十嵐は講義棟周辺や教室でチラシを配りまくった。なんと授業が始まる前にはそのすべてを裁くことが出来た。俺たちは互いに笑ってハイタッチを決めたのだった。

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