第38話 番外編・紅葉楪 アキバデート・前

 いつものメンツと学食でランチしていた時のことだ。楪がこんなことを言いだした。


「あの、皆さん、午後暇な人いませんか?パソコンのパーツを買いに秋葉原に行きたいんですけど…ついてきてくれませんか…?」


 どことなく恥ずかし気に見えた。楪はまだまだ人混みとかが苦手だし、見知らぬ人との会話を厭うことが多い。きっと一人で行くのは心細いのだろう。


「ごめんなさい。あたしは授業がパンパンにつまってるわ」


「ボクもだね。必修が入ってるからむりだね。ごめんねぇ」


 綾城とミランの二人は駄目らしい。逆に俺はというとなんか授業が休講ばかりになってた。どうやら学会か何かがあるようだ。


「俺大丈夫だよ。今日は午後休講になってる。家に帰るつもりだったからアキバに付き合うよ」


「ほんとですかぁ!よかったぁ!ありがとうございます!カナタさん!」


 笑みを浮かべる楪はとても嬉しそうだった。そしてランチが終わってすぐに俺と楪は秋葉原へと向かった。




***移動中!***




 よくよく考えたらこれデートじゃね?って気づいた時にはもう秋葉原についていた。大学生と言えば平日デート、あるいは平日授業をサボって部屋に籠ってセクロスしまくるとかだろう。後者どころか前者さえも縁がなかった俺からすると、今の世界ではマジでリア充に大出世を果たしたと言えるだろう。


「まさかこのわたしが平日に男の人とお出かけするなんて…!?まるで少女漫画みたいですぅ!」


 楪は秋葉原について両手で顔を覆っていやんいやんしてた。女の子は女の子でこういうのに憧れるのかもしれない。


「楪。パーツって何をどこで買うの?俺ぶっちゃけ秋葉原よく知らんのだけど」


 オタ趣味はある方だけど、ぶっちゃけディープではないのでこの街にくることはほとんどない。前の世界じゃ建築製図やデザインの為のペンタブなんかは買いに来たことがあったけど。


「わたしもわかりません!だって薩摩から来たので!!」


「え?ああそうだね。薩摩おごじょだもんね」


「はい!ぶっちゃけますけど!欲しいパーツはすでに生産停止になってて、その上ネットでも買えないくらいの希少品です!もしかしたらここにあるかも知れない!それくらいのノリでここに来ました!!」


 楪はなんかやぶれかぶれな笑顔だった。まあ今の時代通販で手に入らないモノはないからな。


「なるほどねぇ。じゃあプラプラしながら探すとするか」


「そうですね。うふふ。すみません。なんか楽しくなってきました」


 俺たちは微笑み合ってアキバの街に繰り出した。





***ジャンク屋さんってなんか怖くない?***



 萌えキャラの看板にメイドさんがティッシュ配りをするこのカオスな街。多分こんな光景は世界でもここだけだろう。


「萌えと2.5次元…!何なんでしょう!この街!計算がすごくしづらいです!!」


「萌えに計算は必要ない気がするんだけど…?」


 楪は地方から上京してきた人らしくキョロキョロとあたりを見回している。なんか小動物っぽくて可愛い。


「そこのカップルさんどうですかぁ?メイド喫茶で休憩とか!」


 そんな楪と俺にメイドさんがティッシュを配りに寄ってきた。楪はビクッと震えて、スマホを取りだして。


「わたしはこの人のセカンドです!」


 例の写真をメイドさんに見せつける。メイドさんはその写真を見て、絶句していた。そして俺の顔を見て。


「あの!ウチのメイドはヤクザなんかに決して屈しないんだからね!!ショバ代なんて絶対出さないんだから!!くっころ!」


 メイドさんは震えながらも気丈にツンデレしながら、俺に精一杯の反抗をしてくる。


「俺は反社じゃないからな!!ショバ代なんて求めてねぇーよ!!」


「ほんとですかー?メイドさんに嘘なんて通じませんよー」


 ノリがいいなこのメイドさん。アキバってもっと陰キャなイメージあったけど案外陽の場なのかな?


「ほんとだよ。ところでメイドさん。パソコンのパーツが売ってるのってどこら辺?」


「あーそれなら大通りを渡ったところですね。このティッシュに書いてあるうちのお店の近くら辺がジャンク屋さん集まってるところですよ!ついでにうちの店もご利用くださいね!てへぺろ!」


「あんた商売上手いな。休憩したくなったら利用させてもらうよ」


「ありがとうございまーす!ではどうぞこの街を楽しんでってくださいね!でもラブホは少ないから気をつけてね!!」


 楪がラブホって単語を聞いてなんかもじもじしてる。よくない話題だなこれは。

 

「はは!余計なことを!」

 

 そして俺たちはメイドの言う通りに通りを渡ってジャンク屋さんのあるところに辿り着いた。


「やべぇ!なにこれ!すげぇ!」


「おお。凄いですねぇ…人がいっぱい…?!」


 もうカオスだった。コスプレした女の子が客引きしてたり、明らかにオタっぽい人たちが袋を両手に抱えて行きかっていたり。活気に満ち溢れている。


「うう…きゅー。人がゴミになればいいのに…」


 楪は人混みに怖気づいて震えていた。着いてきてよかった。きっと一人でここに来てたら楪は何もできずに帰ってきていただろう。俺は楪にわかりやすく左手を差し出す。


「ほら楪。俺のひじに掴まりな。好きなところへいくらでも連れてくよ」


 俺が差しだした手に楪は最初戸惑っていたが、笑みを浮かべて掴まってくれた。少し恥ずかし気だけど、綺麗な笑みを浮かべてくれた。あと彼女の大きな胸の柔らかさにすごくどぎまぎする。


「ありがとうございますカナタさん。連れてってください」


「おう。まかせとけまかせとけ。じゃあ行こうか」


 俺たちは通りを歩いていく。PCパーツショップとアニメグッズの立ち並ぶこの通りのカオス感なかなか興奮する。


「やっぱりこういう感じって東京って感じしますね。地元じゃこんな場所なかったですよ」


「わかるわ。俺も北海道の奥から来て、一度は都会の札幌に出てるのに、やっぱり東京のカオス感すげぇって思ったもん」


「ですよね!でもみんな東京に出たがる理由もわかります。人がいっぱいいるから寂しくない感じがあるんですよね。…それにしがらみもないし…」


「やっぱり地元じゃ学校の関係が残っちゃってる?」 


「はい。小中のスクールカーストがずっと残ってるんですよね。皇都大学に進学できても、わたしは地元じゃのろまな地味子のままなんですよ。陽キャな人たちにはあそこじゃどんなに頑張っても逆転できません。あそこにいたら死ぬまで蔑まされたままなんです」


「わかるよ。その気持ち。俺もそうだからな」


 俺はいわゆる豪農とでも言えばいい家の出身だが、性格の問題で小中高では陰キャだった。そして美大に落ちてバカにされるのが嫌で恥ずかしくて。だから地元に残りたくなくて知り合いが誰もいない札幌に出た。暫くは働いて一念発起して勉強に打ち込んで皇都大学に進学した。


「でも東京に出てきてよかったです。カナタさんや綾城さん、伊角さんに出会えました。だからわたしははじめて幸せだって思えたんです」


「そっか。俺もそうだね。ここまで来て楽しくて幸せだよ」 


 俺たちはフワフワとした雰囲気に包まれていたと思う。互いに微笑んで歩くことだけを楽しんで。気がついたらなんか都会にありがちな小さな公園の前に来ていた。


「なにここ?マジで東京の公園って意味不明なレベルでちっこいよね」


 その上、オタクさんたちがなんか棒を持ってオタ芸の練習をしている。カオスすぎだろ。


「わたしここ知ってます!色んなアニメで舞台になってるところですよ!!」


 まさかの聖地だった。楪はなんか鼻息荒くしてる。ワクワクが溢れ出んばかりの笑みを浮かべている。


「ここでちょっと休憩してこうか!」


「いいんですか!わーい!あはは!」


 楪は楽し気に公園を散策してる。あちらこちらをうんうんと頷きながら堪能していた。そして俺のところに戻ってきて。


「すごかったです!なんか!こう!2.5次元感じました!」


「左様か。よかったね。じゃあこれもどうぞ楽しんでくれ」


 俺は近くにあったカフェから買ったタピオカティーを楪に渡す。それを見て楪は目をキラキラさせている。


「これは…!わたし如きがこれを食べてもいいんですか?!これは陽の人たちしか食べちゃいけないんじゃないんですか?!」


「はは。いいんだよ。君はもう影の住人じゃないよ。幸せを感じてるんでしょ?ならこういうものを楽しむことを遠ざける必要はないよ」


 俺や楪のような陰キャ歴が長い人間は世間の人たちが皆でワイワイ楽しんでいることに抵抗を覚えることがある。自分なんかがこれを楽しむ資格があるのか?なんてことを考えてしまう。勝手に植えつけられて刻みつけられたカースト意識が俺たちを幸せから遠ざけてしまう。それはとてもとても悲しいことだ。だから俺はこの子にタピオカを楽しんで欲しかった。


「あ。これいくらですか」


 ポケットから楪は財布を出した。本当にとってもいい子だ。


「いや。気にしなくていいよ。楪こういう時は男に出させていいんだ。君はね、キラキラしている可愛い女の子だよ。だから男にタピオカを奢らせる資格があるんだよ」


「何ですかそれ…?。うふふ。あはは。ほんと変なロジックですね!カナタさんはいつも変な論理ばかりでわたしを悩ませて…楽しませてくれるんですね…!」


 楪はタピオカティーを俺から受け取った。そしてストローに口をつけて、おそるおそる吸った。


「…ああ。とっても美味しいんですね。ありがとうございますカナタさん。今とても幸せな気持ちでいっぱいです」


 楪は満面の笑みを浮かべてタピオカティーを楽しんでいる。俺はその姿を見れて嬉しかった。こういう瞬間こそがきっと人生のかけがえのない幸せになっていくんだと思えたから。

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