第31話 クラブの中でライブをやるパターンもあるって知ってた?

 渋谷のハチ公前には時間通りにやってきた。前の世界の死ぬ直前と違ってぶっちゃけ煙いし、道端には吸い殻だらけ。ほんの数年前なのにここまで渋谷って汚かったんだなって思うと過去に戻ってきたんだなってしみじみ実感する。綾城は涼しい顔をしていたが、楪はたばこの臭いに顔を顰めていた。都会の洗礼って感じだ。


「おーう。待たせたぁ?ぎゃはは!」


「え?先輩?なんでここに?」


 よく知ってる声が聞こえた。俺に話しかけてきたのは、ケーカイ先輩だった。この間と違ってまともにちゃんとしたオシャレ着を着ていた。


「準備に手間取ってるミサキの代わりに迎えにきたぞー!さぁついてこいついてこい!」


 俺たちは首を傾げたが、ケーカイ先輩がわざわざ嘘をつくこともないので、彼の後ろをついていく。マルキューの前を通り過ぎて、やってきたのはちょっとした裏通り。ラブホがそこそこ点在している。


「あの時のわたしって宿泊だったんでしょうか?休憩だったんでしょうか?はは!」


 楪が興味あり気な、同時に嫌悪感のような、自嘲的な笑みを浮かべながらラブホの料金表を見ている。自虐ジョークにできるくらいにはあの日のことも心の中でケリがついているのだろう。俺よりも遥かにメンタルが強いと思った。


「お前たちの打ち上げ会場はこちらとなりまーす!!あはは!」


 そこはムーディーな看板が立つ、所謂クラブと呼ばれる場所だった。看板によれば回転は十時からのようだが、チャラい奴らがすでに列を作って並んでいた。入り口にはガードマンっぽい屈強な男たちが立っている。


「あらあら。そう言えば美魁ってあちこちのクラブでダンサーやってるって言ってたわね。これは楽しみね!あたしもさすがにこういうところははじめて!」


「…これが東京…!?ギャルゲーや乙女ゲーでこんなスチルは見た事ないですぅ!!きえええ!!」


 女子二人はワクワクしているようだ。俺もかなりドキドキしてる。


「いいね。うぶくていいね!お前らはミサキのダチだから特別待遇で入れるってよ!VIPルームにテーブルがサーブしてるんだと!よかったな!ぎゃはは!」


 ケーカイ先輩が入口の方に向かいガードマンと何かを話した後、俺たちを手招きして呼び寄せる。そしてまだ開店前なのに俺たちは中に入れてもらえた。


「ダンジョンですかぁ!ここダンジョンですかぁ?!きゃー!」


 まだ人がいないホールをスタッフが最終確認なのために行きかっている中で俺たちは奥に向かって悠々と歩いていく。顔を真っ赤にしてぴょんぴょん飛び跳ねて楽しんでいる楪はかわいい。


「へぇ。なかなか素敵な空間ね。ここで男女が退廃的に過ごすのね。うーん。ろまんてぃーく!」


 綾城は綾城でいつもよりテンションが高い。非日常な空間はいともたやすく人を狂わせるのだ。そして俺たちは奥の方にある青い光に満ちた落ち着いたエリアに辿り着く。半円状に仕切られたテーブルとソファーが並ぶ空間。その一つのテーブルの上に『常盤組』と書かれた小さな黒板が立てられていた。


「はーい常盤組のみなさんどーぞ!本日はこちらのビップ席でお楽しみくださーい!ぎゃは!」


 ケーカイ先輩がコンシェルジュのように俺たちを席に案内する。綾城と楪はきゃっきゃと楽しそうにソファーに座る。俺もまた座ろうとしたのだが。


「おめぇーの活躍は聞いてるぞ。カナタ。お前の席は奥の上座だ!どうどうとすればいいさ!ぎゃはは!」


 先輩にそう促されて俺は奥のソファーに座る。両側に楪と綾城がいてなんか凄くリッチな感じ。


「これはもうニューヨーカーのマフィア感ありますよ!いいですねぇ!すごくいいですよカナタさん!」


 楪さんのアメリカンマフィアスキーはいったいなんなんだろう?綾城もうんうん頷いて。


「そうしてると成金IT長者みたいでいいわよ!株式上場を目指すアットホームな職場です!!」


 それは絶対にブラック企業です。


「褒め言葉として受け取っておくけど、それにしてもここ…」


「「「あがるー!うぇーーい!!!」」」


 誰しもがパリピをウザがる。実際ウザいし迷惑をかけられることはよくある。だけど遠くから見て楽しそうだなって思う時もまたあるのだ。


「ドリンクと乾杯はミサキがまだ準備してっから遠慮してくれ」


「ミランは何してるんですか?」


 童貞を捨てる!みたいなニュアンスの事を言って走り去ったけど、いったい何をするつもりなんだろうか?


「うん?まあ開店して店の中の人流が落ち着いたら、Cホールに行ってくれ。あとこの席は今日はお前らのモンだから自由に休憩場代わりにしろ。取り合えず腹減ってるだろ?軽食をサーブしちゃるよ!」


 ケーカイ先輩が手を叩くとスタッフたちがポテトとかハムとかの軽いつまみを持ってきてくれた。さっきまで勉強しかしてなかったのでとてもありがたい。


「じゃ!俺はナンパしてくるからバイバーイ!ミサキにおめでとさーんって言っておいて!!ぎゃはは!」


 ケーカイ先輩はそう言って、さらりと消えてしまった。あの人マジで謎いな。俺たちはとりあえず軽食をつつきながらオープンと人流が落ち着くのを待った。





***クラブの中、移動中!***




 ここのクラブ、マジでダンジョン?ってくらいに広い。様々なエリアがあってかかっている曲も全部違う。行きかう人々はみんな踊ったりナンパしてたりして陰キャが生きていける空気ではないように思える。実際楪は最初のうちは人ごみにおっかなびっくりしてたが、俺が彼女に俺の腕にしがみつくように指示した後は、楽しそうにしていた。


「もうなんかこう!空気感が!すごいんですよ!!音がお腹を震わせるし!目がチカチカするし!でもなんか顔がにやけてにやけて仕方がないんです!!あはは!あはははは!!」


 俺の腕を取る楪は恥ずかしいような興奮しているやら不思議な笑みを浮かべている。普段見せる数学者としての真剣な顔とのギャップがいい。


「へーい!DJ!もっと爆音!激しくふぉーーー!!」


 逆に綾城姐さんははっちゃけてる。さっきから無駄に高いテンションですれ違う女子とハイタッチしてる。男子にやらないあたりにはなんか育ちのよさというか弁えを感じる。そして俺たちはCホールに辿り着いた。そこはDJいて人が踊るような感じではなく、ライブハウスのような雰囲気だった。ステージがあって、お客さんたちが何かを待っているような雰囲気。


「ふむ。ミラン殿が緊急ライブを行うと聞いて馳せ参じたでござるが、まさか渋谷一のクラブとはまさに感無量である…」


「左様。ミランたんがとうとう本気を出してしまったということぶひょひょひょ。世界の終わりと始まりが今日まさにここにて開かれる…」


 なんだあいつら?とある一団だけ明らかにおかしい奴らがいた。お揃いの半纏を着た男女の群れ。彼ら彼女らの手にはライトが握られている。クラブの雰囲気に全く馴染んでいないが、彼らはどこ吹く風である。


『さあ皆さまお待たせしました!!ミランの緊急ライブのはじまりだぁ!!』


「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


 チャラい奴らも半纏の謎集団も等しく手を突き上げて雄たけびを上げる。ここにいる連中、共通点がない癖にみんな気合入り過ぎてる…!?


『みんなも知ってる通りミランはうちだけじゃなく都内のあっちこっちで流しのダンサーをやっててファンをコツコツ積み上げていった苦労人だ!そしてとうとう今日!ミランが正式に芸能事務所に所属することになったという嬉しい知らせが舞い込んできた!!』


「「「「ミ・ラ・ン!ミ・ラ・ン!」」」」


 …なんだろう?ここだけクラブって感じじゃなくて、ガチのライブハウスなんだけど?どういうこと?


『きっとこんな風に近い距離でミランを見れるのはこれで最後かもしれねぇ!みんな!上げてこうぜ!!』


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおみらああああああああああああああああああああああああああああああああああんん!!!」」」」


 そしてファンたちの声が一体となってホールに響く。そしてステージが激しく光ってミランが登場した。セクシーでありながら可愛らしい衣装を身にまとっている。スカートが短くて中が少し見えそうだけど、きっとスパッツだからとても悔しいです!そして激しい曲がかかる。みんなが知っている有名曲のカバーが流れ始める。


「きゃー!伊角さんですよ!素敵!なにあれ!すごくかわいいです!!きゃー」


「なにこれアイドル?あら?あの子役者目指してるんじゃなかったけ?」


 綾城は首をしきりに傾げている。俺もその気持ちはよくわかる。


「まあそのはずだけど、芸能人は何でもやるからなぁ」


 ミランと一緒に演劇練習して、聞いたのだが、役者ってわりとなんでもできなきゃいけないらしい。ミラン本人はミュージカルが特に好きだと言っていたし、こういうのも多分ありなんだろう。うん。


「「「「「ミ・ラ・ン!ミ・ラ・ン!」」」」」


 ミランの美しくてエモい歌声とどことなくエロくてエモいダンスに観客は一気に夢中になる。それだけじゃない。ミランに興味のなかった普通の客すらホールの近くを通りかかり歌を聞いただけで、ここに楽し気にどんどんと入ってきたのだ。そして彼ら彼女らもステージに向かって手を振り、音楽に合わせて共に踊り始めている。彼女のパフォーマンスが見知らぬ人すら魅了しているのだ。圧倒的オーラ。今のミランはノリに乗ってるのだ。


「ねぇねぇカナタ。あの客の先頭なんだけど、見てくれない?」


「ん?どれどれ…あっ…」


 客の先頭とホールの両サイドの壁の前で半纏をつけた奴らがライトを振ってオタ芸してた。よく見ると楪もそこにシレっと混ざってオタ芸してた。陰キャな君が明るくなっちゃってとても嬉しいよ!楽しそうで何よりだ。


「この魅了の力はすごいわね。あたしも何もかもを忘れて陶酔して踊り狂いたくなるほどの熱量!興奮!」


 実際さっきから綾城は曲に合わせて綺麗にステップを踏み手を振って踊ってる。なんというか意外にダンスが上手。こいつ教養もあるし、こういうダンスもできるし、どういう教育受けたんだろう?気になる。


「だけどなんでしょうね?普通音楽とかライブってチャラ系はチャラ系、オタ系はオタ系で別れるのに美魁の芸にはそれがないわ。満遍なくすべての人を受け入れる。そう。彼女はきっと理想主義なのよ。それ故にファンたちは特定の属性には染まらない…」


「なにが言いたいの?」


「その理想主義は処女よりもやっぱり童貞っぽいわよね!ほら!理解のある彼くんっているじゃない!ビッチとくっつく童貞くんみたいな!!あんな感じよね!美魁って!だから彼女は童貞女を捨てられないのよ。ぷぷぷ。素敵ね!」


 童貞がビッチな彼女のすべてを受け入れるように、ミランの芸もまたすべての人々をエモく包むのである。すなわち童貞は最強に優しい人なのである。


「結局童貞かぁ!童貞は呪われてて捨てられないのかぁ!こじつけもいいところだぁ!ああ!ひゃっはー!」


 俺ももうツッコミに疲れた。なので綾城に合わせて一緒に踊る。俺、実はリープした後、ダンスの練習しちゃってたんだ。その成果を今見せてやる!!そして俺たちはミランのライブが終わるまで踊り続けたのだった。



***作者の独り言***


次回も渋谷ネタやるぞ!!クラブからの!!みたいなお話。


予定ではあと10日くらいでシーズン1が終わる予定。

渋谷打ち上げが終わるとしばらくは大学生あるあるネタで単調なエピローグ的なお話が続きます。

ちなみに先にシーズン2のタイトルだけ。


season2「ゴールデンウィーク新歓サークル合宿篇 パリピの闇と影。サークルクラッシャー(物理)のカナタ!!」


みたいなタイトルを予定しております。

頑張るのでよろしくお願いします!!

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