第21話 サークルやめても人間関係のしがらみが残るのってマジでやめて欲しい

 ミランは俺が顔を緩ませたのを見て、ふっと笑みを浮かべる。


「こんなドン引きサークル事情で笑ってくれるんだから、君は頼もしいよ。あの綾城さんや紅葉さんがキミに懐くのもよくわかる」


「俺にも多少は甲斐性があるかな?お褒め頂いて光栄だよ。一つ気になることがある。グループを抜けたことでお前がウケたデメリットはなんだ?」


「そう。それが問題なんだよね。はぁ人間てやつはどうしてこうねぇ…ふぅ…」


 溜息を吐いてげんなりした顔をするミランに俺は少し憐憫のような同情のようなものを覚えた。俺も間男の犠牲者だし、この子もそうだ。連帯感を感じる。


「葉桐にいやがらせでもされてるのか?」


「いいやそれはないよ。あの男はビジネス思考を極めてる。逃げた相手に労力を割くほど暇じゃないよ。あのグループはマフィアよりも会社に近い。ブラック企業ならともかく普通なら退職したら追わないよね?」


「そりゃそうだ。ビジネス優先なら秘密が漏れない限り、抜けた奴を追いかけはしない」


「そういうこと。だけど残った連中はどう思う?あのグループはいわばこの大学におけるトップカーストサークルの一つだ。所属していることそのものがプライドになるんだ。ボクはそのボスの寵愛を得て居ながら抜けた恩知らずに見えるだろうね。だから葉桐以外の奴の妨害が酷いんだ。特に女子たちのね。例えばうちの大学の演劇サークルに入ろうとしたら、遠回しに断られたよ。生徒会は上級生たちも取り込みつつあるんだ。もちろん昼のダンスサークルとかみたいに生徒会に抵抗してボクを入れてくれるところもまだいっぱいあるけどね。それでも行く先々で生徒会の陰がチラつく。同じ学科でさえも友人が作れないんだ。みんな生徒会のメンバーに嫌われることを恐れてる。生徒会のメンバーはトップカースト。彼らに好かれれば充実した学生生活が送れる。逆はボクみたいなボッチだ。一応今はケーカイ先輩がボクのことを守ってくれてるけど、彼だっていつかは卒業する。楽しい学校生活は難しい。学科飲みさえも断られたからねボク。はは…ははは」


 乾いた笑い声が哀愁を誘う。この子自体は人気者だが、どうやら日常生活はそうでもないようだ。この子には学内や学外のファンがいっぱいいるんだろうけど、そういう連中は彼女を遠くから見て推しているだけで関りはしないだろう。だから観賞用のパンダみたいな扱いになってる。パンダを眺めて楽しんでも、一緒にランチや飲みに行くものはいないのだ。プライベートをズタズタに壊されてる。インカレの大学生劇団に入りたいのは、学内のしがらみから逃げるという意味もあるのだろう。人気者なのに孤独。憐れすぎて見てられない。


「俺も一応大学デビュー系陰キャだから孤独な生活には理解があるつもりだ。お前に協力させてくれ」


「ありがとう。本当に助かるよ…。ありがとう、本当にありがとう!」


 俺はミランに協力することを決めた。いくらなんでも可哀そうすぎる。サークルやめた奴と残った奴らとが微妙になるのは大学あるあるだけど限度ってもんがある。これは見逃してはいけない行為だ。ここでミランの事情から逃げたら、ずっといろいろな何かから逃げ続けることになるだろう。それはキラキラした青春からは程遠い世界だ。そう心に決めたのだ。


「よう。お前ら。話はまとまったか?」


 声が上から聞こえてきた。男子寮の窓からケーカイ先輩が顔をのぞかせていた。背中にはキリンさんが引っ付いてる。恰好に関しては敢えて問うまい。ミランなんか2人の生々しさに顔を赤く染めている。俺だってぶっちゃけ恥ずかしい。


「ケーカイ先輩が今日俺を呼んだのはこれが理由だったんですね」


「べ、別に勘違いしないでよね!!ただピザを食べさせてあげたかっただけなんだからね!!ってことにしておけ。ぎゃはは!」


 まあ俺の事を呼ぶだけ呼び出して速攻女と部屋にしけこんでるし、仕込みそのものはぶっちゃけ杜撰だと思う。多分ミランがアクションを自分で起こすきっかけになればいいくらいのノリだったんだろうなと推測した。でも本当に面倒見のいい人なんだな。最初に小細工弄して接触して本当に良かったって思う。


「俺は遠くないうちにサークルやら大学内の活動からは足を洗わなきゃならん。お前たちをいつまでも守ってはやれない。だからお前らは自分たちなりのちゃんとした人との交わりを作って置けよ。友達でも恋人でも何でもいいけど他人と一緒にいられるように努力し続けろ。1人でいれば人は必ず駄目になる。大学は社会に出る前に孤独にならないための訓練をするところだ。大いに悩め若人どもよ!ぎゃははは!」


「きゃーケーちゃんカッコいい!あっところで二人ともご飯食べる?残り物でいいならなんかつくるけど?」


 俺とミランは顔を見合わせて、ふっと笑い合った。


「「ごちそうになります!!」」


 そして俺とミランはキリンさんが作ったピザ材料の残り物ドリアを御馳走になった。メッチャ美味かった。しかしこの人何者なんだろうか?結局キリンさんがどこの誰なのかはわからないままその日は過ぎていったのだった。





小ネタ 『ミランって呼び名は何が由来?』


「ところで本名はミサキだよね?何でミランって呼ばれてるの?」


「ミランは芸名なんだけど、ボクの本名のミサキは美しいの美に花魁の魁って書いて美魁ミサキなんだ。読みを変えるとミランになる」


「ああ、なるほどねー。洒落てるなぁ」


「でしょ!それだけじゃないよ!ボクは男役が好きでね。ミランってヨーロッパだと男性名なんだよ。なのに日本語だと女の子の名前に聞こえる。そういうのも狙ってる!」


「ほう。流石文学部。かっこいいね」


「でしょでしょ!この名に恥じない役者にボクは必ずなってみせるんだ!だから助けてくれてありがとう常盤君」


「どういたしまして。明日から頑張ろう!」


「「かんぱーい!!」」







 次の日の昼休み。キャンパス内にある芝生の広場にランチシートを広げて、俺とミランは劇団入団セレクションに供えた訓練を始めることにした。演劇とは観客がいてなんぼだ。だから俺は奴らを召喚したのである。


「なるほど事情は理解したわ。つまりあなたは可愛い女の子と一緒にセレクションを頑張ることでつり橋効果狙いで落として、あわよくばベットに連れ込むつもりって事ね。でも一人相手じゃ満足できないからあたしを呼んで3pしたいと…ごめんなさいね。あたし自分よりも背の高い女との3pは遠慮したいわ。楪に頼んで頂戴」


「誰がそんなこと言った?てかなに?女子の間では3pが流行ってるの?」


 ミランも3pとか言ってたし流行ってるのかなぁ?そんな流行りは嫌すぎるな…!


「カナタさん!わたしは構いません!!そちらのイケメン女子にはおっぱいがあって乳首も二つついてます!!わたしとカナタさんで同時にチューチュー吸ってあげましょう!!」


 とってもいい笑顔で3pの話をする楪はもう都会の闇に染まってしまったのだろう。純真な薩摩おごじょはもういないのでごわす!おいどんはかなしか!!


「巨乳のお前が他人のおっぱいを吸うとか贅沢過ぎる行為だからな!!」


 綾城菌に一度でも感染するともう二度と治らない。なお綾城菌は鬼強いのでアルコールでの除菌は出来ません。むしろより凶暴になる恐れさえあるのだ。


「そ、そんな…左右同時だなんて?!…そしてその後は上下同時?!それとも前後同時?!ボクはっ…あ…っ…んっ…ふぅ…」


 ミランが見悶えている。あ、もうだめだ。綾城菌が広がってやがる。女子大生の下ネタ好きは異常。陰キャ男子にはついていけません!


「さて。いい感じに体はほぐれたでしょう?そのセレクションでやる課題の演技って奴を見せてくれないかしら?」


 シレッと綾城は話を元に戻す。課題として事前に渡された台本のコピーを読みながら俺たちに演技を促してくる。楪は俺たちのことを期待に溢れる目で見ている。


「ちょっと待ってくれ。流石にいきなり常盤君にさせるのも可愛そうだ。まずはボクが一人で男役の方をやるよ。みててね!」


 ミランは俺たちの前に立ち、一礼した後台本の男役の方を一人で演じた。本番では俺がやる方の役だ。その演技は本当に素晴らしいものだった。とにかくカッコいい。理想の男を演じ切っていた。俺もこうなりたいと思えるような男子像。そして演技はすぐに終わった。台本は短い。演技そのものは2,3分で終わるものでしかない。だが十分に感動した。そしてそれは俺だけではない。


「きゃー!かっこいいです!あれみたいです!あれ!宝塚みたい!もっと見たいです!アンコール!アンコール!!」


 薩摩おごじょはミランのイケメンっぷりに沼ってた。でも演劇にアンコールはないんじゃないかな?


「今の演技素敵だったわ。恋に落ちるならこんな男がいい。そういう観客の欲望をダイレクトに捉えて刺激する素晴らしい表現になっていたわ。あなた演劇だけで食べていけそうね。むしろなんでうちの大学に来たの?あなたは大学に行く必要ないんじゃない?」


 綾城らしい的確な批評とある種の皮肉を感じる。確かにもう食っていけそうなレベルにあるように思える。今の演技だって1000円くらいなら払ってもいい。フルのお芝居なら1万円出しても構わない。それくらい見ていて陶酔できるエンタメをやってた。


「あはは。上京の条件が大学に行くことだったんだよね。それと芸能をやるならいい大学を出るのが親の出した条件だったんだ。だからここに来た。卒業できれば一生自慢できる学歴だからね」


 家庭の事情で進路が狭まったりするのはよく聞く話だ。綾城的には今の話に思うところがあるのか、少し顔を曇らせていた。


「そうなのね。わかったわ。あたしも微力ながらちゃんと協力させてもらうわ」


 綾城の目が本気モードになる。この子の人を見る目は確かだろうから演技への駄目だしや感想も的確だろう。これからの訓練は充実したものになりそうだった。

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