第3話 大学は自由な世界ですとかいう建前

 突然割って入ってきた俺の事をスーツの女子たちは怪訝な目で睨んでいる。


「ちょっと、あんた大丈夫?」


 地雷系ファッションの女子は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。青い瞳と目があった。それはとても綺麗な煌めきだった。だけどずっとそれを見続けてはいられない。


「ああ、大丈夫。それよりも…」


 俺はスーツ女子たちの方に目を向ける。できるだけ厳しい顔になるように心がけながら。


「いくらなんでも手を出すのは駄目なんじゃないかな?君たちの出身高校はそういうのオーケーなの?」


「ぐっ。でもそいつが悪いのよ!女子はみんなスーツで出るのがうちの伝統なのに!そいつがそれを破ったのよ!」


 よくある女子の裏ルールってやつだな。紺のソックスは第二学年以上からしか履けないみたいなのを校則とは別に女子たちの空気が決めるやつ。卒業後もそれが有効なケースは初めて見た。きっと歴史の深い名門でかつ皇都大学に毎年何十人も送り込むような学校なんだろう。俺はそういう進学校出身ではないからよくわからないが、卒業後もそういう学校は学閥的にネットワークがつながるらしいし、さもありなんかな。


「ばかばかしい。卒業しても井戸端会議かよ…」


 うしろにいる地雷女子がそう呟いた。例えが酷いが同感である。


「ツーかあんた何よ!何でそいつ庇うのよ!何様のつもり?!騎士気取りかよ!ダセェんだよ!」


「お前らの方が100倍だせぇんだよ。たかが服装くらいで目くじら立てやがって。回り見てみろ!女子は皆着飾ってるぞ!お前らみたいなリクルートスーツなんて逆に浮くわ!」


 まあ地雷系ファッションの女子の方がもっと浮いてるけど。それは言わないでおく。


「てかありえないんだけど!なんでそんなキモいやつを庇うの?あり得ないんだけど!学校じゃいつもボッチだった不良女助けるとかあんたマジでキモいわ!」


 スーツ女子がイキってくるのすげぇうざい。残り二人もクスクスと笑ってる。


「なるほどね。お前らまだ高校時代のカースト引きずってんのね!おーけーおーけー!わかったわかった!」


 イジメてもいい奴=キモい奴。キモい奴助ける奴=キモい奴。故にスーツ女子共から見ると俺は格下の男ってことになる。バカだなって思う。それが通用するのは教室が自由から隔離するための檻であり、外の世界から守るための柵である中学高校時代の発想だ。大学はもっともっとシビアなのだ。それを教えてやろう。俺は地雷女子の腰に手を当てて引き寄せる。


「きゃっ!ちょっといきなりなに?!」


 地雷女子の耳もとに囁く。


「ぎゃふんと言わせたいだろ?なら俺に身を委ねてろ。いいな?」


「…へぇ…自信あるんだ…いいよ。やってみせてよ、ふふふ」


「じゃあ俺が合図をしたら…」


 俺は地雷女子に指示を出す。地雷女子はそれに笑みを浮かべて頷いてくれた。


「なにこそこそしてんの!そういうところがキモいんだよ!」


「俺はキモくないし、この子もキモくない。ていうかお前らあれだろ?この子に嫉妬してんだろ?」


「んなわけねぇだろ!ざけんな!!」


 スーツ女子たちが激高して顔を真っ赤にしてる。図星だ。この地雷女子、綺麗なだけならカーストトップに行けそうだけど、多分変わり者だから浮てしまったのだろう。それをいいことにこいつらはこの子をターゲットにした。間違いなく動機は嫉妬だろう。綺麗過ぎる顔はそれを見るものに劣等感を抱かせる。だから攻撃して必死に排除しようとするのだ。スーツを着させたいのも、地味な服装で少しでもこの子の美しさを隠してしまいたいからだ。だけどそれこそが武器だ。俺は地雷女子の腰に回していた手の指で彼女の背中を少しなぞる。


「んっ。くすぐったい…」


 少し身を捩ったがすぐに彼女は俺の指示を実行し始める。


「うっ!ぐすっ!うぇえ、ぴえーーーーーーーーーーーーーーーん!」


 地雷系女子は泣き顔を作って俺の胸に抱き着いた。ちゃんとポロポロと涙を流してる。てかそこまでしろとは言ってないんだけど…まあいい。むしろより優位になった。なにせ彼女は泣いていても、とても美しいままだから!


「お前ら最低だな!寄ってたかって一人に暴言をぶつけるなんて!」


 周りに聞こえるように大声で怒鳴り、俺は地雷系女子の頭を優しく撫でる。


「はっ?泣いてるから何?私たちも女なんだけど。女の涙が女に聞くわけないじゃん。ウケるし!」


 それがわかってないんだよな。女の涙は武器だ。その証拠に。


「なになに?けんか?」「なんかかわいい子が泣いてる」「あの子のカレシかな?庇ってんのかっこよくない?」「いじめられてんの?かわいそすぎるし」「あの金髪の子マジで美人だな。なのに泣かすとか…」「ブスの僻みでしょ。ああ、でもマジで可愛いなぁ。でももうイケメンの御手付きかぁ。でもかわいいなぁ」


 周りからひそひそと声が聞こえ始める。そしてどんどん俺たちの周りに人が集まり始めた。皆俺たちに好意的、逆にスーツ女子たちには侮蔑的あるいは敵意のような視線を向けている。スーツ女子たちはいきなりの空気の変化にオロオロと戸惑っている。


「お前たちはここが高校の延長のままだと錯覚してた。お前たちの母校ならこの子は永遠にいじめられっ子のままだろう。お前たちみたいな気の強い女子がオラつくだけで男子たちもきっとお前たちに従うだろう。だけどここは大学なんだよ。大学じゃ剥き出しのルッキズムこそが大正義なんだよ。この子の顔はとても綺麗だ。だからみんながこの子を愛するだろう。お前たちは駄目だ。垢抜けないままで地味に大学の隅っこで生きていくしかない」


 スーツ女子たちは顔を青くしている。うちの大学に入れるんだから馬鹿じゃない。もう理解したのだろう大学のルールを。大学じゃ美人な女子は何処でも引く手数多だ。性格がくそでも、知性なんぞなくても、顔がいいだけで必要とされる。美人でも性格や行動に難がある奴はいじめられる高校や中学とは違うのだ。大学の女子社会は外見こそがすべてなのだ。思うところはあるが、それが掟なのだ。


「いますぐに俺たちの目の前から消えろ。これは警告だ。ここで皆にお前たちの顔が覚えられると厄介だぞ。新歓には出禁になるだろうし、何処のサークルもお前たちを入れてくれなくなる。だからみんながお前たちの顔を覚える前に消えろ。賢さが残ってるなら消えろ」


「「「ひっ…」」」


 スーツ女子たちはすぐに俺たちの目の前から姿を消した。きっと入学式にも出ずに家に帰るのだろう。それがいい。今ここに残ってもきっといいことはないのだから。そして俺も地雷系女子を抱えたまま、その場を後にした。






 人混みから離れた俺と地雷系女子は木陰で一息ついていた。


「あんたやるわね。驚いちゃった。あたしを驚かせるなんて大したもんよ。ありがとう、とても楽しかったわ!ふふふ」


 地雷系女子は朗らかに笑みを浮かべる。感謝されたのは嬉しい。だけど俺の心はピコンピコンと警戒音を鳴らしていたのだ。


「そうっすか。じゃあ俺はこれで失礼するね」


 そう言って会釈してから、彼女の前から去ろうとする。しかしすぐにスーツの袖を掴まれてしまった。


「ちょっと!なんでいなくなろうとするの?こういうときは、助けた恩を押し売りしながら、連絡先を奪ったり、デートの約束を強制したり、ラブホに連れ込もうとするもんじゃないの?あたしみたいな美少女とは二度と出会えないわよ?」


 お前が普通の女子ならデートの約束くらいは取りつけようとしたと思う。だけどどう考えてもこの女、変な奴だ。俺はキラキラ青春を送り、幸せな結婚をするために生きることにしたのだ。さっきもこいつメッチャ楽しんでたしね、こんなメンヘラ臭がするヤバそうな女は嫌です。外見だけなら嫁と同格だろうけど、中身が得体のしれない女は駄目です。関わり合いたくない。


「大学生なんだから自分のことを美少女っていうのやめろよ。もう大人なんだよ、少女じゃないの」


「はぁ?あたしまだ処女だけど?」


「どんな聞き間違いだよ!?そんなこと言ってねぇし聞いてねぇよ!」


「てかあんたあたしに興味ないの?下心があるから助けるんでしょ?漫画やラノベで男心はそうだって知ってるんだけど」


「学ぶ資料が間違ってる!そんなんで男心を学ぶな!さっきのは反射的に体が動いただけ」


「へぇ。つまりあなたはあたしに興味がない。つまりB専なのね。ごめんなさいね。あたしはあんたの欲望を満たしてあげられないわ…憐れんであげる、ふふ」


「B専じゃないつーの。やっぱり変な奴だぁ!」


 徹頭徹尾自己中なのがすごい。むしろこいついじめられて当然なのでは?助けたの間違ってたかな?


「ねぇB専。そろそろ式が始まるし、一緒に行きましょう」


「いや、俺はひとりでいいし」


「あんた、あたしを助けたくせに最後まで面倒を見ない気?あたしを今ここで一人にしたら、「さっきは泣かされてたね、可哀そうだね!話聞くよ!」ってやからが集まって来るわよ。そして気がついたらあたしはラブホに…。大学に入ったと思ったら、男があたしの中に入ってくるなんて!」


「ははっ!想像が豊か過ぎるね。しかも下ネタがえげつない!」


「正義の味方なら最後まで女の面倒を見るべきよ!さあ!あたしを入学式にエスコートしなさい!あと偉い人たちがスピーチしてると退屈だから隣で面白い話もして!退屈はきらい!」


「…断るってのは?」


「断ったら思い切り泣いて、あんたを正義の刃でずたずたにする」


「女の子ってズルい!わかったわかった。入学式は一緒に出るよ」


「そう!よろしくね。あたしは綾城あやしろ姫和ヒメーナ。微妙な距離感を感じたいなら綾城さんと、媚びてワンチャン狙いならヒメちゃんと呼びなさい」


 めの音で伸びてるように聞こえたけど気のせい?まあ下の名前で呼ぶことはないだろう。どうせ今日だけの付き合いだ。


「それワンチャン絶対ないよね。綾城って呼ばせてもらうよ。俺は常盤奏久。お好きにどうぞ」


「わかったわ。B専インポかなちゃん」


「おいざけんな!インポじゃねぇし!あとかなちゃんもやめろ!!」


 インポはマジでやめて欲しい。一周目のとき俺は嫁の浮気のせいでインポになった。あれはマジで辛かった。勃起薬を飲まなきゃいけないという苦しみは筆舌に尽くしがたいものがある。二週目のこの世界で若返ったら治ってくれてまじでよかった。


「さあ行くわよ、常盤。遅刻はさけないとね!ふふふ」


 俺の抗議をスルーして、ご機嫌そうな笑みを浮かべて綾城は歩き出した。


「しょうがないやつだなぁもう」


 俺も綾城の隣を歩き、入学式の会場へと俺たちは入ったのだった。







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