第2話 サークル勧誘は受け身ではなく、アクティブに攻めていきましょう!

 大学デビューに必要な事。まずは外見。どんな奴でもまず美容室に行くことを思いつくと思う。間違いではない。だけど男だったら理容室をちゃんと選ぶべきだ。俺は渋谷の街にあるオシャレ系の理容室に飛びこみ飛びこみ。


「顔ぞりありでかっこよくしてください!」


「あっはい。おまかせください」


 そしてそこで髪を切ってもらい、なおかつ顔の毛をつるつるになるまできれいに剃ってもらう。ここが意外に重要。男の顔には濃い髭だけじゃなくて産毛なんかもある。都心のいい理容店は産毛も綺麗に剃ってくれる。そうするとなんと顔色がすごくよくなるのだ!これは美容にはない利点である。


「お兄さん、髭似合うと思うから次来た時は髭の形とか提案させてよ」


 理容店のいいところはかっこいい髭に整えてくれることだ。まあ大抵の場合髭は自己満足にすぎないが、それでも好きな女はいるらしいので選択肢としては大いにありだ。


「そうっすね!そん時はお願いします!」


 店を出てすぐに俺は原宿の竹下通りの先にある『裏原』に向かった。セレクトショップが立ち並ぶここで、服を買った。こつは一セットを靴まで一つの店で揃えることだ。それを5セット買った。すげぇ金になったが、これも先行投資である。3セットでも良かった気がするが、ここはバッファーを入れておくのがいいだろう。そして家に帰って、俺は机の上にノートを広げた。


「大学における青春のキー。それは『サークル』…!」


 大学といえば?ここで研究と答える人は真面目だと思うし好ましい。だけど多くの人はやっぱり『サークル』と答えるのだろう。


「サークルは人間社会の縮図。あるいは軍隊型組織の模倣。そこには必ず『階層カースト』が存在する」


 中学高校のスクールカーストに苦しめられた人間は沢山いるだろう。大学に行けばそこから解放されるなんていう淡い夢を抱いて勉学に勤しむ低カースト陰キャは多い。かく言う俺もそのたぐいだ。だが実際は違う。むしろカースト意識は大学においてなお残酷なまでに加速していくのだということを!


「ここで未来の知識だ。俺には各サークルメンバーの人間関係の知識がある。それを利用する」


 俺は一週目で毎年、教授に頼まれて各サークルとの折衝を任されたことがある。そこで各メンバーの人間関係やカーストをしっかりと目に焼き付けてきたのだ。PCをネットにつなぎイベサーやテニサー、飲みサー、インカレ系のお遊びサークルなどのSNSを開き、記憶にある人間関係をノートに書き写していく。そして写したその各種データをパソコンに入っているロジカルシンキング用のフレームワークのソフトにぶち込んで、『キーマン』を浮かび表す。


「なるほどね。こいつらがキーマンだな。見つけたぞ、ターゲット!!」


 各SNSより顔写真をダウンロードし、それを印刷してノートに張り付けていく。そして『大学人間関係相関ノート』は完成した!


「あとは明日の入学式で行動に移すのみ!くくく、あーはははっは!」


 俺は高笑いをする。戦争は準備がすべてだという。ならば勝利はほぼ確定したも同然!明日が楽しみだ!




 俺の通う大学、国立皇都こうと大学の入学式は武道館で行われる。ここに新入生や各サークルの呼び込み、なんかで大変な賑わいを誇っていた。ウチの大学は日本で一番偏差値が高いので、マスコミなんかもやってきていた。俺はその風景を近くにあるビルの屋上から双眼鏡で覗いていた。振袖袴の新入生に、私服のチャラそうで雰囲気イケメン未満の先輩たちが果敢にチラシを配っていくのが見えた。


「ああ、可愛い子にイベサーのキョロ充共が群がっちゃってまぁ。どうせイケメン先輩に喰われちゃうのにねぇ。あわれあわれ。…おっと見つけた!」


 俺は昨日定めた『ターゲット』の先輩が1人でサークルの群れから離れていくのを見つけた。そいつは武道館前から離れていき、コンビニの方へ歩いていく。狙い通りだ!俺はビルの屋上から離れてそいつが向かったコンビニに向かう。そしてコンビニまでやってきて中を伺う。ターゲットの先輩は、かごにありったけのチューハイを入れていくのが見えた。大学生ってのはとかく酒を飲みたがる。どうせこの後近くの公園でプチ打ち上げと称して飲み会をするのだろう。そしてターゲットがパンパンになった袋を持って外に出た瞬間を狙って俺は、さりげなく彼にぶつかった。


「うぉ!」


「うわっ!」 


 先輩はよろけて袋から少なくない数の缶チューハイが地面に落ちてしまった。俺はすかさずそれを拾い集めて先輩に渡す。


「ごめんなさい!緊張しててぶつかっちゃいました!」


 俺は綺麗に先輩に向かって頭を下げた。先輩は朗らかに。


「ああ、君新入生なんだ。いや、いいよいいよ!おれもちょっとチューハイ入れすぎたし!おあいこってことで!」


「ありがとうございます!でも重くないですかそれ?お詫びってのもあれですけど、片方持ちますよ!」


 そう言って俺は先輩が左手に下げていたチューハイとつまみとがパンパンに詰まった袋をささっと奪う。だが先輩は感心したように。


「君優しいね!いいね!いいね!そういう他人へのリスペクト感かっこいいよ!じゃあお願いするわ!」


 そして俺と先輩はサークルのあるところまで一緒に歩いていく。


「そのネイビーのスリーピーススーツかっこいいね。新入生ってみんな黒のリクルートスーツじゃん?あれ俺ってどうかと思うんだよね」


「これ母が買ってくれたんですよ!入学式ならきれいにしなきゃ駄目って!ちゃんとこれ来て先輩や可愛い子とセルフィ―撮って来いって!あはは!」


 嘘つきました。母はこんなスーツを買い与えてくれるほどセンスのいい人じゃない。セルフィ―なんかも求めてない。セルフィ―を撮るのは俺の策略故にだ。


「まじか!はは!いいお母さんだな!」


「どうっすか!先輩セルフィ―一枚!」


「いいぞ!いぇーいー!」 


「いぇーい!」 


 俺と先輩はコンビニ袋を持ちながら、肩を組んでスマホで写真を撮る。


「俺にもその写真くれよ」 


「おーっけーっす!」 


 ここでさり気無くアカウントを交換して先輩に今の写真を送る。そして先輩と話しているうちにサークルが陣取っているところまでたどり着いた。


「ここがうちのサークルよ!おーいみんな!紹介したいやつがいるんだけど!!」


 先輩がサークルメンバーを呼び集める。これが俺の狙いだ。思わず口元が緩むのを感じる。この先輩はこの大学最王手のインカレイベサ―のナンバー3だ。こまめな性格であり、面倒見がよく、段取りがうまく、サークル代表の信頼もあつく、メンバーたちからも頼られている縁の下の力持ち。こういう人間からメンバーたちに向けて直接紹介される・・・・・・・新入生というポジション。それが俺の狙いだ。


「あっ、どうも!新入生の常盤ときわ奏久かなひさです!かなひさはかなでひさしいって書くので、カナデって気安くよんでください!御指導ご鞭撻よろしくお願いいたします!」


 サークルの先輩たちがクスクスと笑っている。だけどそれはとても好意的なものだった。


「御指導ご鞭撻って硬いな!はは!リラックスリラックス!カナデはさっき俺が荷物重そうにしてたらさりげなく助けてくれたんだぞ!いい奴だぜ!よろしくしてやって!」


「へぇいいやつじゃん!」「俺一年の時そんなヨユーなかったわ!」「よく見れば顔もカッコいいね」「でも女ウケより男ウケ系なハリウッド顔?」「何それ…?ソース顔の進化系?」


 みんな口々に俺について話している。いずれもいい反応だった。受け入れられたと見ていいだろう。


「おっと!捕まえちゃって悪かったな!これチラシ!絶対に新歓来いよ!なんかオリエンテーションとか授業とか困ったら俺に連絡してくれ!借りは絶対返す!あはは!」


 なかなかいい人だった。俺はひとしきり歓待を受けた後、あっさりと解放された。顔がつながった。俺の青春を輝かせるための第一歩はこうして成功をおさめたのだった。





 武道館の近くに来た時、隅っこの方で女子たちのキンキンした冷たい声が聞こえた。俺だけじゃなく周りもそれに気づいていた。


「あんたそのカッコなに?いったよね?うち等の高校の名誉を守れって!なんで私服で入学式に来てるの?」


「はぁ?見なさいよ。ちゃんとフォーマル系なんですけど!てか大学の入学式に何着てこうと自由でしょ!バカじゃないの?」


 三人のスーツ姿の女子が一人のちょっと場違いなファッションの女の子を囲んでいた。明るい金髪をフリルのゴテゴテついたリボンでツーサイドアップにしていた。そしてピンクの袖やら襟やらがふりふりなブラウスに黒のネクタイ。膝丈の黒のスカート、厚底靴。ニーハイ。まごうことなき地雷系です。そのうえ目には青のカラコンまでいれていた。化粧もそうだ。顔立ちはすごく綺麗だけど、メンヘラ感半端なく仕上げてる。すごく派手です。


「ざけんな!うちらの高校は名門進学校なんだよ!何なのその恰好!うちの学校がどんな不良校に思われると思ってんのよ!迷惑なのよ」


「はぁ?たかがこの程度で何?毎年60人もこの学校に来てるんだから一人くらいあたしみたいなのがいても良くない?」


「とっとと着替えてきなさいよ!もしくはこのまま帰るとか!」


「いやよ。出るのもめんどくさいけど、帰るのだってめんどくさいの。もういい?行っても」


 その時だ、スーツの女子の一人が手を持ち上げているのが見えた。そして怒りに震える声で。


「あんたってほんと!高校の頃から生意気!!」


 あれはまずい。多分女子がたまにやる相手の胸への突っ張りの準備だ。俺は思わず体が動いてしまった。


「うぐっ!」


「え?」


 地雷系女子の前に立ち、その突っ張りを腹で受け止めた。そこそこ痛い。てか思わず庇ってしまった。計画にない行動。だけどキラキラ青春を送るなら、これくらいはできないといけない。そう思ったんだ。

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