俺を殺そうとしている暗殺者に「童貞のままじゃ死ねないから、俺の初めての人になってくれ」と提案してみた

伊良(いら)

第1話

時は21〇✕年、ある男は右足に重症を負い、歩くのが精一杯の状態で、夜の街灯が照らす道を一人で歩いている。赤い血の道を残して。


♣♣


俺の名前は相模圭介さがみけいすけ。今はしがないサラリーマンとして過ごしている。


小さい頃は特殊工作員として働き、国と国の秘密を守る仕事。いわゆる汚れ仕事をしていた訳だが、ある事件から身を引いていた。普通の人として、安全な生活を享受するために。


しかし俺は絶賛、命を狙われている。俺が秘密を知りすぎていたためだ。いつ、秘密をばらすか分からないようなやつを野放しにしておくわけが無い。そう判断したのだろう。


命からがら、第一次の暗殺場所からは逃げ切ったのだが、長年のブランクがあったためか、一撃だけ、俺が死ぬほど他人の体にぶち込んできた鉛玉を右足にあてられた。

不幸中の幸いだが毒は塗られていなかったらしい。


一時的に逃げたが、一流の暗殺者が俺に向かって来ているだろう。やはり俺はここまでなのか。


でもな……そう簡単に死ぬわけにはいかないんだよ。


長年、工作員をしてきたから分かる足音を聞き分けられる耳と空間を認知することに長けた脳。普通の人間ではない。普通の人間として生きることと引き換えに手に入れた能力である。


そこから導き出された方向に、手を向ける。そして、忍び寄っていた暗殺者の手を捕える。久々に使ったものだから、安心とともに、自分の能力に恐怖を感じる。


振り向きざまに捉えられたものだから、暗殺者の顔は少しだけゆがんだように感じた。しっかりとは視認できていない。暗殺者の体からは動揺が感じられる。


「──っ!?」

「俺も命がかかってるもんでな、火事場の馬鹿力ってやつだ。暗殺者さんよ、俺を見逃さないか」

「私は任務を全うする。私はあなたを殺さなければならない。そう命令された」

「そうか……」


機械のように喋る暗殺者は今握っている腕の細さからして、女性のようだ。しかし動きは暗殺者そのもので、一流に違いない。長年、俺たちと同じ戦場で生きてきたものの動きだ。


「さよなら、相模」

「名前まで覚えていただいてありがと、よ!」


彼女の腕を一時的に離して、後ろに飛ぶ。数秒のゆとりができた。しかし、鉛玉が埋まっている右足は自由に動いてくれない。それに加えてスナイパーが今も狙っているかもしれないという状況。既に絶望的だ。


暗殺者はこんな絶望的な状況でも生にもがく俺のことを軽蔑するように眺め、小さくつぶやいた。


「なんでそんなに生きたいの?こんな世界、長く生きていてもしんどいだけ」

「そうだろうな……」


俺はこの世界に生きる価値などないといわれてもおかしくないほどの罪を犯してきた。それなのにこんな生き恥をさらしてまでも生きなければいけない理由があるんだ。


仕方ないな。このまま黙っていてもどうせ死ぬんだ。ど派手にぶちまけて死んでやるか。


「最後だから言ってやろう、暗殺者。俺は童貞だ!卒業するまで俺は死ねない!」

「は……はぁ?」


暗殺者はマスク越しでも分かる呆れた顔を浮かべていた。そりゃ、そうだろう。とまで呼ばれた男が童貞宣言しているのだから。


「今、俺を殺したら童貞のまま殺したって呪ってやるからな」

「そ、そんなこと私に言われましても……」

「だから、君の引き締まったエロい体で、俺の初めてを貰ってくれないかな?」

「なっ、な!?」


明らかに動揺している。暗殺者としてどうかと言うほどに。死に際だから落ち着いていられるのか、暗殺者はとても綺麗なスタイルである。やはり運動をしている女の子はいいものだな。


胸は残念ながらないのだが、トレーニングで鍛えられた腹筋は絶対にエロい。なんど、夢に見たことか。


「わ、私をそんな目で見るな!私はそんなんじゃ……」


暗殺者がすこしだけ女を見せたところで、俺は最強とまで言わしめた、間合いの詰め方を披露する。右足は使えないが、動ける!まだいけるのか、俺。


「く、クソっ!」

「隙を見せたら、暗殺者としては二流だよなぁ?」


首元に手刀をぶち込む。暗殺者の意識が無くなる。ガクッと膝から崩れ落ちるようにして、こちらに倒れてくる。


しっかりと暗殺者を抱き寄せると、その場からいち早く逃げるようにして、自分の隠れ家へと急いだ。その時に少し、お尻を触ったのはご愛嬌だ。



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