第30話 演説

『いよいよやってきました聖演武祭決勝!』

 特等席近くに備えられた解説席には、白のスーツに身を固めた色の濃い口紅が印象的な女性レポーターと、道着を着た師範が腰を下ろしていた。

その師範を知らない人は、この会場にはいないだろう。

 藍色の道着に螺鈿の装飾が鞘に施された脇差を差し、刃のような目は鋭さと慈しみを持って試合場に立った葵さんを見つめている。

 この国最強の剣士と謳われる北辰一刀流宗家、北辰七星郎。

『解説はここ数年優勝旗を独占している、北辰一刀流宗家の北辰七星朗さんにお越しいただいています』

『よろしくお願いします』

『では早速。決勝戦の見立てはズバリ如何でしょう?』

『初出場にして決勝まで勝ち上がってきた。柳生宗太選手は中々の強者ですな。しかしいくら強くても、うちの葵の勝ちは揺るがないでしょう』

『おお! 父親ならではの信頼が伝わってくるお言葉です!』

『それにマヨイガもありますからな、万が一にも事故はありませんし、安心して試合を見ていられます』

『そうですね、北辰葵さんはとてもお綺麗ですからね』

『ああ。マヨイガを開発した四菱工業の方々には、感謝してもしきれません。本当に…… 今の古流の隆盛は彼らのお陰と言っても過言ではありませんから』

『決勝前に、北辰七星郎さんからご挨拶です』

 レポーターの声と共に北辰七星郎が立ち上がり、首を回して会場に視線を巡らせる。

 応援の声が響いていたアリーナ席は、たったそれだけで波が引くように静かになっていき、やがて咳払い一つ聞こえなくなった。

 うっすらと髭の生えたこの国最強の剣士の口が、ゆっくりと開かれる。

「本日もこのような熱戦が見られ、大会組織委員会の一員として喜ばしい限りであります」

「決勝を控え、老いを迎えつつあるこの身が熱くたぎるのを感じております」

 軽く姿勢を正し、一旦間を置く。

「古流はその技の危険性ゆえ、表立って試合をすることが長く控えられておりました」

「実践的に試合をすれば命の危険があるからと、形にのみ堕し、衰退の一途をたどる時期もありました」

「しかし今『マヨイガ』のお陰で安全に、かつ真剣に磨きぬいた腕前を皆様の前で披露できます」

「今は亡き私の父。大戦中は『大空のサムライ』として飛行機を操り、戦後は古流復活にその生涯を注いだ、北辰一刀流先代宗家。彼も白雲の彼方で喜んでおられるでしょう」

「令和の技術といにしえの技との融合。存分にご覧ください」

 七星郎さんがそう言って頭を下げ、あいさつを締めくくる。

 耳鳴りがするほどに静かだった会場は、天にとどろくような歓声に包まれた。

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