第23話 広田視点1

 聖演武祭を最前列の特等席で見せてくれるのは、ありがてえ。

 この特等席にはえらい金持ちそうなジジババが多いから、その中で俺やアレクシア、中島はえらい目立つ。

 ってか、アレクシアって何モンだよ。いきなり聖演武祭のチケットを無造作に渡すとか。

 まともに買えば一番安い席でも万はかかるはずだぞ。

 しかも特等席って…… 一体いくらすんだ、これ。

 だがまあいい。くれるってんだ、もらっとけばいい。お、そろそろ試合場に選手が入ってきたか。

 しかしやっぱ、北辰葵ってのはオーラが違うな。こうして遠目に眺めるだけでも強者のオーラっての? そういうのが、ビリビリ伝わってくるぜ。

 それに比べて柳生の奴は…… ビリビリじゃなくてビビりだわ、歩き方からぎこちねえし。

 ってか、あんな緊張してて試合なんかできんのか。

「始め!」

 そうこうしてる間に、試合開始か。さあ柳生、見せてもらうぜ。お前の本当の強さってやつをよ。

「アレクシア、あれだけの大見得切ったんだからな。俺を納得させるだけの試合を、見せてくれよ」

 学生のくせにスーツなんか着ていやがるアレクシアを横目で見て、小声でそう言ってやった。

 だが奴は、すかした笑いを浮かべていやがるだけだ。

 十一メートルの正方形の周囲を白線で囲った、試合場に視線を戻す。

 お互いに間合いを詰めて、まずは小手打ちか。

 おい。思わずそう、声がもれそうになる。柳生の奴…… 動きが固い。固すぎる。

 普段ならあれくらい捌けるはずだろ。いきなり打たれそうになってやがるし、剣を突き付けたのに逆転された。

 面も胴も小手も狙われて、みっともねえったらありゃしねえ。

 隣の中島が、手組んで祈るように目をつぶってやがる、おい柳生、これで終わったらマジでただじゃおかねえ。

 だが見ているうちに少しずつ捌き始めた。だいぶ勘が戻ってきたか……

 さっそく打ちあいじゃなく、古流らしい珍しい動きを見せてきた。刀構えたままで体当たりか。

 だがあの程度で聖演武祭に出場できるとも思えねえ。あのくらいなら、俺の方がつええ。

 拳を骨がきしむくらいに握りこむ。

「おいおい……」

 だが突然目の前で響いた甲高い音と、目の前の光景に思わず目を奪われた。

 柳生と相手の背の高い奴が、つばぜり合いに持ち込んでいた。だがただのつばぜり合いじゃねえ。

 おいおい、真剣ってあんなに火花が散るのかよ。床にまで火花が落ちてるじゃねえか、火事にならねえのか。

 俺は思わず唾を飲み込んだ。

 竹刀は小学生になる前から握ってきた。俺は自分を、生粋の剣道人だとは思っている。だがさすがに真剣は握ったことがねえ。

 今更ながら、真剣を持って戦うっていう意味がわかってきた。真剣ってのはここまで怖いものなのか。

 初めての真剣勝負で、固くならねえわけがなかった。

 次は剣じゃなく、拳の攻防か。

 脇腹への突きを叩き落し、手首を極められ、それをふりほどく。

 あんな稽古は、俺はやったことがねえ。多分俺なら、今ので負けてた。

 逆に柳生は完全に勘を取り戻したのか、一方的だった。

 途中、柳生が珍しい技を使って場内がどよめく。観客席からあいつの名、流派に興味を持った声が聞こえてくる。

「良かったじゃねえか。柳生」

 それからすぐに、柳生の得意技の正面からの面打ちで決着がついた。

 相打ちになりそうなタイミングを一瞬ずらして、やつの攻撃だけが届く。俺も散々一本取られた技だ。

 だが真剣相手にあれをやれるのがすげえ。俺なら目をつぶって逃げちまっただろう。

 思わず苦笑いが漏れるのとほぼ同時、あいつの名が勝者として会場に響き渡る。

 柳生、認めるぜ。お前は俺よりずっと強いってな。


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