第11話 黒髪のエンジニア、人工知能ヲ調整スル
「本当、昨日はびっくりしたよ。アレクシアさんがいきなり柳生くんの道場に入門してきた、なんていうから」
「すみませン、でもやっと求めていたものに出会えたのデ……」
アレクシアが入門し、僕の家に参加証が郵送された翌日。
日曜日の今日は聖演武祭の会場に僕、アレクシア、中島さんの三人で来ていた。聖演武祭の会場までは僕の住む汐音町から電車で二時間ほど、都心の中心部に建てられた国立武道館が来るべき熱戦の舞台となる。
国立武道館は数万人を収容できる日本最大級の武道場にしてアリーナスタジアム。文字通りの真剣勝負を生で見られる唯一の機会とあって、世界中から観客が集まる。
まだ大会は始まっていないのに、武道館の外観を写真で撮る人さえいた。カメラは勿論大砲みたいなレンズの一眼レフ。
ドーム状の建物の入り口に立つ屈強な警備員さんたちに軽く挨拶をして、僕らは中に入った。
広々としていてどこかの有名ホテルを思わせるエントランス。右手にある受付で参加者一覧が書かれた用紙と僕のパスを確認された
「柳生流剣術、柳生宗太様ですね? それとシーメンス社のアレクシア様、そちらの方は……」
「中島工業の中島彩、と言います」
フレアースカートに白のブラウス、若草色のカーディガンを羽織った中島さんが少し固い口調で答えた。
学園の制服はきっちりとした着こなしだから真面目そうな雰囲気が強調されるけど、私服は柔らかくてどこかほっとする雰囲気をまとっていた。
彼女の品のある立ち居振る舞いもそれを強調する。
一方昨日と同じようにフリルのついたブラウスにスーツを着込んだアレクシアは、堂々としていた。受付の三十路近そうな女性からおっかなびっくり対応されても気にする風もない。
そのまま受付の女生徒こまごまと話し込んでから、僕たちの方に振り返る。
「では行きましょうカ。ソウタ、アヤ」
「そうだね、アレクシア」
ちなみにお互いの名前は呼び捨てにすることにした。外人とはいえ女子の名前を呼び捨てにするのはハードルが高かったけれど、
『それと、ワタシのことは呼び捨てで結構でス。師匠が弟子をさん付けするのはおかしいでス』
『ドイツでも、二人称をduで呼ぶかsieで呼ぶかで相手との関係性がはっきり違いまス』
ということで呼び捨てになった。
そんな僕たちを、中島さんが驚いた様子で見つめている。
「どうしたの?」
「ううん、アレクシアさんが学校にいるときとは違ってすごく自然な感じで話してるな、って。まるで私の家にいる時みたい」
アレクシアはその言葉を聞き、苦笑いを浮かべた。
「TPOを踏まえた対応は大切ですからネ。本音を隠し、気を使って、嘘をつク」
「そう、だね……」
アレクシアの皮肉っぽい言い方に、中島さんは苦笑いを浮かべた。こちらがドイツから来た金髪の少女の本音だと、うっすらと伝わってくる。
「アヤは嘘がつけないシ顔に出やすいタイプなのデ、こちらも嘘偽りなク話せるのでス」
「……嘘をつくのも大切って、わかってはいるんだけど」
中島さんは強い痛みを感じたかのように一瞬だけ強く表情を歪めた。
「建前くらいはなんとか言えるけど、取り繕うとか誤魔化すとかがどうしてもできなくて。胸の奥で引っかかると言うか、なんというか」
「それは美徳ですヨ、アヤ。伝統的な価値観、というやつでス。『偽証するな』と聖書にもありまス。シーメンス社では嘘と誇張ばかり目にしますカラ、アヤが眩しいでス」
そうやって笑うアレクシアの表情は口角の上げ幅も小さく、目元もあまり細まらず、教室に比べると満面の笑みというわけじゃない。でもずっと自然な笑いで、肩の力も抜けていて。
こっちのアレクシアの方がよっぽど好感が持てる。
道着に着替えた僕は、アリーナ席に囲まれた武道場で真剣を手にしていた。柳生流剣術に代々伝わる刀で、二尺三寸の刀身に八寸の柄。鞘は藤の蔓を巻いて漆で固めたものだ。
僕の体のあちこちにはノートパソコンから延びた電極が取り付けられている。それをマヨイガの開発者、四菱工業の人たちが議論しながらキーボードを叩いたり、モニターに表示されたモーションキャプチャを見たりしながら論じ合っていた。
「身長、体重、筋肉量や脂肪量からするとこのくらいの数字か?」
「珍しい流派だし動きも独特だから計算し辛いな……」
「モーションキャプチャを見ろ、これは?」
「柳生くんの動きと他の人たちの動きを比較してみましょう」
真剣で戦う聖演武祭。怪我人が出ないように使用される黒いリストバンド状の安全装置にして人工知能の最高峰、マヨイガ。
今日はその調整のためにやってきた。
会場のあちこちで僕と同じように体に電極を取り付けられた高校生が技を披露している。総勢、約百数十名。その中には北辰葵の姿もあった。
大勢の門下生と共に装置の調整に臨む北辰葵、それを遠くから偵察するように見ている別の参加者たち。
僕の周りには門下生も参加者も一人もいない。まあ気楽だからいいけど。
アレクシアは大会関係者と話があるということで、別行動だ。
次に作業着の人に僕の体を刀で叩いてもらう、黒いバンドが解け、糸が僕の体を包み込む。
痛みはあるが、気を失うほどじゃない。血も一滴も出ていない。
次に僕が真剣を持って、マヨイガを装着した作業着の人の体を斬ってみた。
同じようにマヨイガが発動し、痛がる様子もない。はじめはおっかなびっくりだったけど、段々と強く打ち込んでいった。
「普通、日本刀で人を叩くことに抵抗を感じる人が多いもので。大会前に慣れてもらう必要があるんです」
確かに、試合当日にいきなり日本刀で打ちあえ、なんて言われたらビビるだろう。
元々竹刀で人を打つことにすら抵抗があった僕だ、きっと泣いて逃げ出していたに違いない。
「オーケーです、衝撃度の数値、痛みの閾値、問題ありません。柳生くん、お疲れさまでした」
私服から技術者が着る作業服に着替えた中島さんは、四菱工業の人たちと共にマヨイガの調整に参加していた。
「でも中島さんはすごいね、高校生なのに社会人に混じってこんなこと」
「ううん、家が四菱工業さんの下請けってだけだし、小さい頃から色々見てきたから」
そう言いながらも中島さんは嬉しそうだ。
自分が人生を捧げてきたものが認められるのは嬉しいのだろう。僕にとっての柳生流が、彼女にとっての人工知能なのかもしれない。
「はじめてマヨイガの調整に参加したけど、やっぱりすごい。真剣が体に触れた時なんて目をつぶっちゃったけど、傷一つなかったし」
目を輝かせながらも、その瞳には恐怖が残っていた。
それはそうだ。普通の人にとって、真剣を振り回すなんて正気の沙汰じゃない。
真剣じゃなくても、人が戦うなんて無刀の技すなわち素手の技術でも怖いはずだ。
無刀、そして女子。
トラウマがよみがえり、僕は自分の顔が歪むのを自覚する。
それを中島さんはどうとらえたのか、慌てた調子でまくしたてた。
「でも柳生くんすごいね、剣道の時間とか結構目立ってたけど、真剣持ってあれだけ動けるなんて」
「まあね。でも普通の人にとってみれば、怖いでしょ?」
会話が一言で途絶えてしまった。
人から褒められても、認めれば自慢になるし否定すれば卑下になる。言葉選びが下手くそで、僕は何度もやらかした。
せっかく気を使ってもらったのに、僕は会話を盛り上げるどころかつなぐことさえできなかった。
「だ、大丈夫だよ。他の参加者の人と比べたら柳生くんはそんなに怖くないし。顔も大人しい感じだし、体格もすらっとしてるし、声も大きくないし、それに普段から気が弱いし……」
中島さんは慌てた様子で口元を押さえる。最後の一言が悪口になったと思ったのだろうか。
そんなことないのに。彼女の言葉が僕を気遣ってのものだって、よくわかる。
「ありがとう。気が楽になったよ」
自然に自分が笑顔になるのがわかった。
測定のため、腕に付けられた電極を外していった。さらに道着を片肌脱ぎにして胸の電極を外し、中島さんに手渡した。
汗ばんだ素肌にひんやりとした空気が心地いい。
でも青色の作業服に身を包んだ彼女は、ぎょっとした表情で電極を受けとった。顔をそむけたままで、蚊の消え入るような声でつぶやく。
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