第6話 いいやつだ

「今日はみんなで遊びに行こう?」

 放課後になるとすぐに、アレクシアさんの席に数人の女子が集まっていた。

 だがアレクシアさんの隣の席の中島さんは、渋い顔をしている。

 何か言いたげだけどどう言っていいか迷っている、そんな感じだ。

「すみませン、今日はこれからすぐに用事がありましテ、北辰一刀流の本部道場に向かいまス。そこで聖演武祭についてもうかがってきまス」

 転校初日から、しかも遊びの誘いを断ってまで古流の道場に行くのか。並々ならぬ熱意、って感じだな。

 北辰一刀流の本部道場は確か汐音町から電車で一時間半くらいの所だったはずだし、夜の稽古には十分に間に合う時間だ。

「そんなストレートに…… カドが立つよ」

 誘いをばっさりと断ったアレクシアに、中島さんがあわあわとしながらフォローを入れる。鼻の上に乗せた眼鏡が軽く傾いた。

「アヤ、そんな気使わなくていいって」

「アレクシアさんも来たばっかりだし? やりたいこといっぱいあるだろうから、私たちは後でいいよ」

「そうそう、駅前のスイーツは逃げないしね」

「アヤ、皆さん、ありがとうございまス。お詫びに、ドイッチュラントのクーヘンを今度ご馳走しまス」

 アレクシアさんはそう言って待ちきれないという感じで席を立ち、一目散に廊下を駆けて行った。

 僕はバイトに向かうため、一人で席を立ち学園の外へと向かう。

 今日行くのはイベント会場の整理のバイトだ。

 重たい機材を運んだり、椅子を片付けたりするから肉体的にはきついけどそこそこ鍛えてあるからそんなに苦にならないし、トレーニングにもなる。

 単発だからシフトの希望もやりやすいし、何より高収入だし、それに初めて出会った人同士で組むことがほとんどだから人間関係がラクだ。

『これ運んどいて』

『そこ気を付けて』

『お疲れ様でーす』

 事務連絡と挨拶だけで会話が成り立ち、仕事ができる。高校で人気があるのはスーパーのレジ打ちとか、飲食店のバイトだけど僕にはとても向かない。


『雰囲気がね、ちょっと。ウチの店で働くのはなあ~。あ、面接終わり、不採用だから帰っていいよ』


 飲食店の三度目の面接でこう言われたのは、未だに黒歴史だ。

 下駄箱で靴を脱ぎ、校庭に出るとふと足元に何かぶつかった。

 西日で茜色に染まりつつある、海からの潮風を受けてサッカーボールが転がってきていた。

 陽キャっぽい男子が僕の方に向かって手を振っていた。サッカーボールを蹴ってくれ、ということだろう。

 気が進まないけど、しかたがない。

 軽く腰を落として臍下丹田に力をためる。

 ボールを見据え、つま先の向きをしっかりと意識した。呼吸を深く長く行って、精神を集中させていく。

「いくよ」

 僕の声に、陽キャが息をのんだ。

 それから頷いたのを確認し、しっかりと彼の目を見てボールを蹴り返した。

 蹴り足のつま先に感じる鈍い感触がはっきりと脳に伝わる。僕の体を離れたボールは間の抜けた音と共に、明後日の方向へと飛んでいった。

 陽キャからはるか離れた場所に、気の抜けた音を立ててボールは落ちる。それから地面を数回バウンドして転がっていった。

 彼は呆気にとられていたが、すぐに気を取り直して僕に手を振った。

「気にすんなー!」

 彼は爽やかな笑みを浮かべながら、ボールを追いかけていく。

 いい奴だな。

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