第21話 暗炎の故郷へ④

 三人の傭兵たちは、尾行相手の四人組がのんびりと羊飼いの家で過ごしている間ひたすらに朝の冷え込みに耐えていた。

「寒ィ〜!」

「この時期はつらいな……」

「だが報酬はいい」

「だけどよ!」

「あ、出て来たぞ?」

 羊飼いにお礼を言っているのか玄関先に長々と立っていたチグハグな四人組。傭兵たちが油断した時、ひときわ背の高い男がこちらを振り返るように動いた。

「伏せろっ!」

「えっ」

「この距離じゃバレねえよ兄貴!」

「いや、今のはバレていた。……だとしたらまずい!」

 三人組のかしらは身を隠していた木の柵近くの茂みから身を乗り出した。

 遠方では馬にまたがった尾行相手が、全速力で駆け出していた。

かれる! 急げ!」

「嘘だろ本当に気付いたのか!?」

「あのヤロウ背中に目玉でもついてンのか!?」


 傭兵三人組が急いで馬を走らせると、そのさらに後方で状況を見ていた五人組はゆっくり馬を走らせ始めた。




 丘の上には本当に森も何もなく、ひたすらに古びた街道と農道が伸びているだけ。どちらの馬が先にバテるかと言う追いかけっこを続けたウィリアムたち一行と傭兵たちは、太陽が高くのぼった時にウィリアムが馬をその場で一回転させて後方を確認した段階で決着がついた。


「クッソ、バレてやがる」

 傭兵たちは気付かれた段階で依頼に失敗したも同然だった。手紙しかよこさない依頼主は“不意をついてアビーと言う小娘を傷物にしろ”と命令してきたからだ。

「不意打ちは出来なくなったな」

「え、じゃあどうすンだ……?」

「真正面から行くか、何でもねえ振りして次の街でトンズラするかだな」

「や、やめとこうぜ……。あの一番デカイの、なんか強そうだしよ……」

「前金がたんまりあると思ったら、割に合わねえ仕事だったな。よし」

「どうするんだよ兄貴?」

「降参する。こりゃあ失敗だ。金は諦めて逃げるぞ」

 傭兵のかしらが馬を降りると、あちらの司令塔も馬を降りた。

 傭兵が身振り手振りで“投降する”と示すと、騎士は“お前一人で来い”と返した。

「ハァー、行ってくる」

「あ、兄貴ィ……」

「大丈夫だ。あっちのかしらはバカじゃねえ。すぐに剣は振り回さんさ」


 傭兵が一人で、お互いの集まりの丁度真ん中に差し掛かった頃だった。ウィリアムは何かに気付いて傭兵に「伏せろ!」と叫ぶ。

 傭兵は慌てて這いつくばり、頭があった位置をかすめて地面に刺さった矢を見てゾッとした。

「早くこちらへ!」

「ぎゃああ!」

 傭兵たちは馬も荷物も放り出してウィリアムたちのほうへ転がるように逃げる。

 ウィリアムとウォルトは弓や盾を構えてしばらくその場で動かずにいたが、二発目の矢は来ず男たちの姿も見えないので一度警戒を解いた。

「……お前たちも使い捨てのようだな」

「び、ビビった……」

「あんニャロウ、最初から金払う気なんかなかったってことか! クソ!」

 傭兵のかしらは頭巾を地面に投げ捨てた。

 これといった特徴のない男たちは、ウィリアムの鋭い目を見ると両手を上げて降参した。

「仕事は失敗した」

「依頼内容は?」

「小娘を傷物にしろと」

 ウィリアムはにらむ目の温度をスッと下げた。

「下郎が考えそうなことだ」

「俺たちはただ……!」

「黒幕に言ったんだ。なるほど、お前たちにアビーを襲わせその後ろから助けに入る。恩を売りに来たか。ならば依頼主はどちらもアイヴィー嬢だろうな」

「またヒルベニアの姫君ですか……」

「よほど私が欲しいらしいな」

「ビリー、あいつら逃げていくぞ」

 アビーの言葉を聞いてウィリアムはしゃがみ、地面に手を当てた。馬に乗った五人組はすでに遠く、さらに離れていく。

「まっすぐ帰っていく。殺すのはやめたのか?」

「……あれが尖兵せんぺいだったら本隊を呼びに戻った可能性が高いです。すぐに移動しましょう」

 ウィリアムはすぐに己の馬にまたがった。

「お、おい待て。俺たちは野放しか?」

「いえ、ついて来てもらいます。彼らは戻って来てあなた方を始末するはずです」

 ウィリアムは馬上から傭兵三人組のかしらを見下ろした。

「頭が回るならこの先は想像できるでしょう?」

「……チッ、おいお前ら。こいつらについて行くぞ」

「何でだよ兄貴!? もうトンズラしようぜ!」

「いいから馬を呼び戻して乗れ! もたもたしてると追いつかれる!」




 ウィリアムたちは傭兵を加え、できるだけ馬を走らせた。何もない丘をすぎると森がぽつぽつと見え、彼らは茂みの闇に身を隠し息を整える。

「話の続きを。依頼主は特徴的な物を手渡したりは?」

「いや、なんも。依頼して来た時の手紙は読んだら燃やすように言われてたし、持ってるのは金貨だけだ」

「見せて。ブリタニアのものか確認します」

 ウィリアムは手の平から暗い紫色の炎をともし、金貨を照らす。

「……特に変哲へんてつのないブリタニアの金貨ですね。ヒルベニアの金貨だったら決定的な証拠になったのですが。さすがに用意周到ですね」

「そ、それよりその変な色の炎はなんだ……?」

 ウィリアムはさっとフードを外して傭兵たちに紺の髪と紫の炎を見せた。

「暗炎!」

「この国の宰相ウィリアムです」

「げええ! 円卓じゃねえか! なんでそんな奴がここに!?」

「私的な旅行だったのですがねえ……サプライズに事欠かないと言うか……。です」

 ウィリアムは暗がりの中でもぼんやり浮かび上がる金の瞳でじっと傭兵のかしらを見た。

「君の名前は?」

「ジェレミーだ。右がロブ、左がリンジー」

ライトレフトですか。覚えやすくていいですね。ジェレミーに質問です。川を背にしたカエルがヘビと相対しています。生き残るのはカエルかヘビか?」

 突然脈絡のない会話を挟んだウィリアムに対し、声を出したのはロブ。

「は? とつぜん何だ?」

「黙れロブ。……ヘビだな」

「それは何故?」

「ヘビはカエルが川に飛び込んで逃げるのを知ってて、先を読んでパクリといく」

「なるほど。君がR&Lに上手く指示してここまで来たのは本当のようです」

「な、なあ兄貴いまの変な質問はなんなんだよ……?」

「カエルとヘビは物の例えだ。敵を追い詰めた者が勝つのか、追い詰められた者が勝つのか考えろって話さ」

「そう言うことです。ジェレミー、君の頭で考えられるこの後の状況は?」

 茶髪のジェレミーはハァと溜め息をついた。

「そこの小娘を襲う予定だった俺たちは襲撃をやめた。さらには襲撃相手に顔を知られたから普通は捕まって隣町へ連行される。だがこの襲撃相手はから俺たちを見逃そうとする。見逃された俺たちはハァやれやれ、酷い依頼だったと手頃な酒場で飲んだくれたところを、戻って来た依頼主の本戦力にグサーッと刺されて終わり」

 ウィリアムはうんうんと頷く。

「十中八九そうなるでしょうね」

「兄貴ィ! 俺まだ死にたくねえ!」

「あったりめえだ。で? どうすんだお優しい襲撃相手さんよ? 俺たちをどうしてくれる?」

 ウィリアムはふむ、と中空を見つめた。

「そうですね、旅を最後まで付き合っていただいて、ブリタニアの本城の牢へ入れるのが一番安全でしょう」

「結局牢屋じゃねえかよ!」

「馬ぁ鹿、牢屋ってのは入りにくいし出にくいんだよ。襲ってくる相手が国外の人間なら簡単に手出しできねえ」

「まあ、入れたら入れたでブリタニアの人間をうまく使って後始末を考えるでしょうねあちらは。でも今は君たちを襲撃の証人として保護することが最優先ですので……。うん、ひとまず腹ごしらえですね」

 空気を読んだかのように誰かの腹がきゅうっと鳴った。

「……そういや腹減ったな」

「全速力で走りましたからね。美味しいチーズをいただきましょう」




 ウィリアムたちが用意した固いパンと羊飼いのチーズで腹を満たした一行は、睡眠時間を削ってなんとか王都南東の城下町へと着いた。

 ここはギネヴァ王妃の出身地、ブリタニアを作った旧王家の一つ、公爵領の端っこ。とは言っても城は防衛上いまだに現役だし、領民も公爵家を自分たちの王と崇めている。ブリタニアもヒルベニアも島内の旧王家が婚姻関係を結んで親戚同士になり、島国として国力を強くしていったのは当然の流れ。

 だからこそ、アイヴィー嬢の目論見もくろみ荒唐無稽こうとうむけいと言う訳ではない。現役でなくとも国内で一度力を持った騎士を旧王家へ取り入れれば、ヒルベニアとブリタニアは親戚になれる。

(しかしヒルベニア旧王家侯爵は暗炎を血筋に入れたい訳ではないだろう。アイヴィー嬢が一人で燃え上がっているに違いない。珍しい宝石を自分の宝箱に加えたい、みたいなね)

 アイヴィー嬢の心情を推測しながら、ウィリアムは同じようにアビーが別国の大事な娘で、自分がいくらでも兵を動員できるとしたら同じことをしただろうかと夢想する。

(いや……)

 ウィリアムだったらそれでも誠心誠意、求婚するだろう。いかに愛しているか手紙にしたため会いに行き、彼女のために働き、家同士で認められたら婚約する。

(やはりアイヴィー嬢とは相入れない)


「ビリー」

 アビーに話しかけられてウィリアムは現実に戻って来た。ひとまず宿を確保した旅の一行は、顔を知られないように個室で食事を取っていた。

「はい」

「何か考え事?」

「ええ、まあちょっと」

 ウィリアムはアビーの頬についた食べカスに気付き指でぬぐう。

「むん。ビリーも早く食べて」

「そうします」

 元傭兵のハンスと現役傭兵のジェレミー一行は食事をしたらさっさと寝入ってしまったようだ。食べてすぐ寝る。栄養を肉にするなら手っ取り早い方法だ。

「あの、ウィリアム様」

 食事を終えたウォルトがおずおずと申し出る。

「ほ、本当にこの者たちを連れて向かうのですか……?」

「そうするしかないでしょう」

「で、ですが……」

 ウォルトは想定外のことが増えて自分の任務に支障が出ると思っているのだろう。

「ウォルト様、ご自分の任務については別物としてお考えなさい」

「えっ」

ウォルトは顔をこわばらせた。

「や、やはりお気づきに……」

「ベン閣下が事に大きく関わっている以上、元円卓の皆さま全員グルと考えていいでしょう。違いますか?」

「え、ええ……。おそらくそうです……」

「過保護め……。ひとまずウォルト様から閣下へご連絡差し上げるのがよいかと。状況が変わって、かんばしくないと」

「あ、そうですよね……!」

 ウォルトには自分の頭で考えるには事態が深刻なので人に頼るという発想がなかったようだ。

「手紙を書かないと……! ぼ、僕ちょっと城へ向かいます!」

青年は慌てて腰をあげる。

「お待ちなさい。君が行くなら私も行きます。その前にゆっくり食休みです」

「で、でも!」

「ウォルト様、親が死んでも食休みです」

 ウィリアムになだめられ、ウォルトは再び椅子に腰を下ろした。


 ジェレミーが先にパチッと目を覚ましたので、ウィリアムは彼を招いてウォルト、アビー、自分の四人で頭を突き合わせた。

「なんだ?」

「この状況の背景を話しておこうと思いまして」

 ウィリアムはヒルベニア旧王家の姫アイヴィーの思惑が全ての背景にあり、己が縁談を断り続けた結果でもあると伝えた。

「元円卓、現宰相。爵位はあるが継ぐ家や領地はなし。なるほどお姫様たちの絶好の婿ってことか」

「だからこそ避けていたんですよ縁談を。まあ、いま思うとアビーという決まった相手がいるので無意識に避けていたのですね」

「あたしがいるからつがわなかった?」

「たぶんね」

「……へへ、そっか」

 アビーはだらしなく頬をゆるめた。

(可愛い……)

 ウィリアムは今すぐアビーの口を吸いたい気持ちを抑えて、エヘンとせきをする。

「アイヴィー嬢の要求は飲めません。そもそも、権力と兵で私を囲い込もうとしている時点でイヤです。願い下げです」

 話を通して聞いていたジェレミーはふうんと腕を組んだ。

「領地は?」

「はい?」

「あんた、領地もらったら? 国王から」

 ウィリアムがどこへでも移り住める状況を潰してしまえばいいとジェレミーが暗に示すと、ウィリアムはうなずきつつもうなった。

「一度そういう機会があったんですがお断りしてしまったんです」

「んだそれ。褒美ほうびったってのか?」

「過剰な贈り物だと思ったんですよ、当時は」

「もう一回欲しいって言やぁ?」

「“いらないと思ったけどやっぱり欲しいです”? そんな子供みたいなおねだり出来ません」

「じゃあさっさと結婚しちまえ。嫁ができたらあっちも早々手出しできねえだろ」

「やはりそこに落ち着きますよねえ……」

 ウィリアムがチラリとアビーを見ると少女は顔を赤らめた。

つがう?」

「……相手に時間を与えないほうがこちらが優位なのはそうなんですけど、慌てて結婚したくないです……」

「悠長なこと言ってっと〜、相手にいいようにされっぞ〜」

「ハァー、義弟おとうとと似たようなこと言わないでください……」

 冷静に考えれば結婚を早めてしまうのがいいだろう。しかし気持ちはそうではない。

「困ったなぁ……」

「好いた女がいて金も地位もあるってのに何を悩むんだ?」

「俺の気持ちの問題です……」


 ウィリアムは騎士服に着替えて増えた旅の供とともに公爵家の城へと向かった。

 事前の書状もなく現れてしまったものの、宰相であるウィリアムとベンジャミン公爵の息子ウォルトが来たため公爵家も無視ができず、彼らは豪華な客室へと立ち寄った。

「すげえ」

 傭兵ジェレミーが思わず感嘆を漏らすとアビーもうなずく。

「広いな」

 アビーは前を歩いていた紫色のマントのウィリアムを見上げた。旅の最中必要になるかもしれないと念のため忍ばせて来た騎士の正装。王城で見た時のように立派な背中。

 男らしく美しい騎士が振り向き、アビーの色褪いろあせた髪を撫でるとその口元には笑みが浮かぶ。

(綺麗だ)

 初めて会った時は生まれてすらいなかった。卵の殻越しに魔力を感じ取っただけ。次に会ったら魔力の波動こそ一緒だったものの、その姿は弱々しく、悲鳴をあげたかったけれど我慢した。今やっと、魔力の量も半分を越え体調が安定して来たウィリアムは、竜の間で伝わる物語のような美しい暗炎を灯している。

 アビーは時が止まってしまったように彼を見つめた。

 彼もアビーを見つめていて、左右で違う色の瞳が細められると額にキスが落ちてくる。

 アビーは彼に口付けられるたび、心がふわふわと浮いてどこかへ飛んでいってしまいそうだった。

「ほう、お熱いことで」

 二人が振り向くとそこにいたのはこの城の主、ギネヴァ王妃の父、ブリタニア王国を支える旧王家の一人、金髪碧眼のローレンス公爵だった。

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