第18話 暗炎の故郷へ①

 ウィリアムとアビーが暗炎たちの故郷ランズエンドへ向かう旅については、フランシス国王とギネヴァ王妃、元円卓の騎士たちとフランク伯爵家以外には一切伏せられた。

 宰相が体調不良のためフランク伯爵の遠縁を頼りに田舎で療養をする、というのが表向きの事情。これを文字通り読む貴族は少ないだろうが、国王が出した発表に異を唱える阿呆あほうはいない。


 ウィリアムはアビーの指示で随分ずいぶんと軽い旅支度をして、国王が寄越すというウィリアムとアビーの護衛を待った。

(一体誰が来るのか……)

 護衛は書簡しょかんで二人当てるとだけ知らされた。

 季節は春。あと何日か待てば初夏の気配がしてくるだろうが、北の地はまだまだ寒い。いつもの曇天どんてんの下でウィリアムが温かい格好をして待っていると、それらしき男たちが四人、馬に乗って伯爵邸へ向かってくる。

(あれ、聞いていた人数より多い……)

 ウィリアムは近付いてきた男たちの顔を確認してぎょっと目を見張った。

 一人は明らかにこの場にいてはいけない赤毛に緑の瞳のベンジャミン公爵。

(何で!?)

 その彼の後ろにはベンジャミンによく似た青年。去年成人したばかりの公爵の息子ウォルト。

(なぜ公爵令息がこんな郊外に!)

 もう一人は顔を知っている、先日騒動を起こしたライラの父オーガスト伯爵。

(ここにいてはいけない人その三!!)

 最後の一人は顔も名前も知らない、栗毛の髪に栗色の目の若い男。身なりは良いが急ごしらえ感がいなめなく、騎士というより傭兵に見える。

「あ、ハンス」

 いつの間にか表へ出てきていたアビーが栗毛の男をそう呼んだ。

「知り合いですか?」

「ほら、同行したよーへい」

「ああ、彼が」

「だけどあいつ確か、とーぼーへいだから捕まったはずなんだが……牢屋から出られたのか?」

「……逃亡兵?」

「あいつガリアから来た」

「ええっ!?」


 ウィリアムがアビーに注意を向けている間に、ベンジャミン公爵は至近距離まで近付いていた。

「ようビリー」

「うおおっ!? 公爵閣下!」

 ベンジャミンは以前と変わらぬ態度でウィリアムの肩を抱くと、連れてきた男たちを示すため右腕を仰々ぎょうぎょうしく広げた。

「さあ、この中から好きに護衛を選ぶがいい!」

「…………陛下ですね……?」

 ウィリアムは一瞬で大体を察し深く息を吐いた。

「うんうん、どこまで推測した?」

「ええと、公爵閣下が俺と旧知の仲ですから恐れ多くも“俺の友だち”枠ですね。なのでアビーへの伝言は間違ってはいないですが、閣下は議員。目的地が国内とは言え長いあいだ遠出はできません。あとはご年齢からして体力的に厳しいかと。なので閣下は息子様であるウォルト様をご自身の代わりにと連れていらっしゃった。オーガスト伯爵の人選も陛下ですね。色々気を遣ってくださったのでしょう。あと、そこの傭兵らしい男はアビーと知り合いのようなのでこちらも念のため選んだと言う感じでしょうか……」

「八割合っている」

「二割外しましたか」

 ベンジャミンはウィリアムの肩を抱いたまま馬を降りた男たちの顔を見る。

「私は陛下のお口からビリーが遠出と聞いてまず一番に名乗り出た。が、国政的にやはり常駐じょうちゅうしておかないと厳しいのでやむなく息子を代理に。その断りをしに今日同行した。本当はついていきたいが残念ながらこのまま帰る」

「そうですか……」

 公爵が一騎士の私的な旅についてくるな、とウィリアムは溜め息をついた。

「年齢的な理由も一つあった。お前の足を引っ張っては意味がないのでな。オーガスト伯爵については陛下とお前の弟のフランクの案で選ばれた」

「フランクが? 意外だな。てっきり嫌っているかと」

「仮面舞踏会でお前にひたすら頭を下げる伯爵を見ていたそうだ」

「ああ、多少は認めたと」

「そしてこの傭兵ハンスはアビー嬢の旅に便乗してブリタニア国内へ亡命してきた男で、身寄りがないのでこの機会にオーガスト伯爵家の監視下に置かれることになった。養子だ」

「……え?」

「ようし?」

「うむ、説明しようアビー嬢。血の繋がりはないが家族として同じ家に暮らす親子を養親ようしん養子ようしという」

「ああ、育て親。ビリーと母君のような」

「その通り、理解が早くて助かる。つまりハンスはブリタニア王国の騎士オーガスト伯爵の息子となった。国内で悪さをすれば伯爵ともども責任を負うことになる」

「ふーん……?」

「閣下、ハンスをオーガスト伯爵家へ養子へお入れになったのは……」

「陛下とフランクだ」

「いつからそんなに仲良くなったんでしょうかあの二人……?」

 フランシス国王とフランク伯爵はオーガスト伯爵の罪悪感をとことん利用するつもりのようだ。

「利害が一致したゆえの結託けったくだな。二人ともビリーが可愛いのさ」

「愛されてますね私……」

 呆れ気味に言ったウィリアムを見てベンジャミンは「その通り」とうなずいた。

「お前を愛している者は多い」

「これでは姫君扱いですよ」

 ベンジャミンは声を落とすとウィリアムの頭を抱き寄せてささやいた。

ついでだが、あちらの姫は想像以上にしつこい。これ以上こじれるとヒルベニアとブリタニアの関係が悪くなるのにお構いなしだ」

「相当執着されていますね……」

 ベンジャミン公爵はウィリアムをぎゅうと抱きしめた。

「私が直々に牽制けんせいしておいたんだが、強いご令嬢でなぁ……。あれが旧王家の意地なんだろう」

「はぁ……」

 ベンジャミンはウィリアムから体を離すとぽんと両肩を叩いた。

「では、息子をよろしく頼む。ハンスについてはオーガスト伯爵から聞いてくれ。残念だが私は直帰する」

 ベンジャミンはもう一度ウィリアムをしっかり抱きしめて、息子ウォルトの元へ向かう。

「しくじるなよ」

「はい、父上」

公爵は満足そうに微笑むと己の馬へまたがった。

「道中気をつけてな!」

「お見送りありがとうございました!」


 ウィリアムは大きく手を振ってベンジャミンを見送り、彼の息子ウォルトへ視線を向けた。父と同じ真っ赤な髪にエメラルドのようなグリーンの瞳。しかしその緑は父のものよりもやや青い。

「ベンジャミン公爵令息ウォルト様、よろしくお願いします」

 ウォルトは顔を一瞬赤らめると、ぷいとそっぽを向く。

「ち、父上の命令で仕方なくです」

「都度世話になり申し訳ない」

「……父上はウィリアム卿がお気に入りですし、わかっています」

 ウィリアムが次にオーガスト伯爵へ視線を向けると伯爵は背後のハンスと視線を合わせた。そして一歩ウィリアムの前へ進む。

「まさかオーガスト伯爵がいらっしゃるとは」

「本当ならば、この身いくらでもウィリアム卿のために使いとうございますが、肉体の老いで足を引っ張ってはならないので……不肖ふしょうながら引き取ったばかりの養子を同行させること、お許しください」

「お気持ちだけで十分ですよ。ああ、ええとでも……」

 ウィリアムは渋々といった顔のハンスと自分から視線をそらしている公爵令息ウォルトを交互に見て、オーガスト伯爵ともう一度顔を見合わせる。

「すみません、二人だけで」


 ウィリアムはアビーにウォルトとハンスを家の中へ案内させ、オーガスト伯爵と二人きりになった。

「……いいのですか?」

「は」

「陛下と私の義弟おとうとに良いように使われていますよ。一応停戦状態とはいえガリアの傭兵でしょう? あの男。一日二日で作法がなるとも思えませんし、あの年で今さら生活を変えられるでしょうか?」

 口ではそう問いながらウィリアムは無理だ、と考えていた。傭兵から突然円卓の騎士代理に選ばれた自分が無理だったのだ。あの男も急激な生活レベルの変化にはついていけないだろう。

「陛下は、彼を一人前の貴族に育て上げたら宰相ウィリアム様の婚約者さまへの不義を不問にすると」

 ウィリアムは思わずハァと溜め息をつく。

「だいぶ過激ですね俺の後見人は……」

 大事にしてくれる約束だったとは言え、元円卓の騎士たちはとんでもない過保護になった。三十を過ぎていたベルナールが十歳の子どもへ若返ってしまったのだから勝手が違うのはわかっていたが。

(弟や息子のように可愛がってくださるのは嬉しいが、やりすぎなんだよな……)

「……ウィリアム卿に感化された者は多いと存じます」

 思考のための静寂を気まずく思ったのか、オーガスト伯爵はウィリアムを心配そうに見つめていた。

「そう言えばそれも聞きたかったのです。失礼ながら私はオーガスト伯爵を円卓崩壊後の騎士団の創立で見かけただけで、積極的に話したことがあっただろうかと……」

「ご想像通り、公式での交流はほぼございません。しかしウィリアム様は毎日欠かさず鍛錬たんれんへいらっしゃいました」

「騎士なら訓練など当然では……」

 オーガスト伯爵は微笑みながら首を横に振った。

「案外、みな適度にサボっているものです。若者は特に。ウィリアム様のように毎日コツコツ目標を決めて、という方はなかなか」

 彼はウィリアム側に覚えがないのは間違いない事実で、一人で頑張っている姿を陰ながら見ていて気に入ったようだ。

「見栄だけではなく円卓のみなさまに恥じぬ実力をつけたいと思っただけです」

 ウィリアムが肩をすくめてもオーガストは「いえいえ」と首を振る。

「それが出来る若者は早々おりません」

「……若いと言っても三十年は生きた経験がありますから、精神年齢はあなたとあまり変わりませんよ」

「なんと」

「元円卓しか知らぬ話です。内緒にしてください」

 ウィリアムはふっと笑みを浮かべるとオーガスト伯爵へ右手を差し出した。

「息子さまを大切にお預かりいたします」

「……こちらこそ、愚息ぐそくがウィリアム卿の旅の助けとなれば幸いです」

 二人はしっかり手を握り合った。


 屋敷の中へ引っ込むよう言われた元ガリアの傭兵ハンスは、公爵令息ウォルトが前伯爵夫人ローズへ挨拶をしているすきにアビーの腕を引いて玄関の隅へ寄った。

「おいアビー」

「なんだ?」

「何で会いに来てくれなかったんだよ!? 処刑寸前だったんだぞ俺!」

 アビーはハンスに腕を掴まれたまま首をかしげる。

「別れ際にお前はまだ死なないと言ったが?」

「結果はそうだけどよ!」

「大丈夫だハンス。

「その物騒な予言やめろよ!」

「予言ではない。感覚にもとづく予測だ」

 いい加減離せとアビーは腕を振る。ハンスは仕方なく手を離すが、離す寸前の様子をウィリアムは遠目に見ていた。

 ウィリアムはハンスが気付いていないのをいいことに立ち聞きをする。

「で、あの綺麗な顔した紫色の奴がお前のつがいかよ?」

 アビーは頬を赤く染めると照れ隠しのように胸を張った。

「そうだ、美しいだろう?」

「あんなナヨった王子ヅラが最後の円卓の騎士かよ。まともに剣振れるのか?」

「少なくともお前よりは強い。まあ、今は弱っているが。ビリー、何故そこで立ったままなんだ?」

「え? どぅわっ!?」

 いつの間にか背後を取られていたハンスは反射的に飛び退く。ウィリアムは不機嫌な顔でハンスを見つめると、アビーが彼に触れられた箇所を己の手で上書きする。

「アビー、この男だいぶ馴れ馴れしいですが、仲がいいんですか?」

「ハンスはあたしが好きらしい」

 ウィリアムは耳を疑って胡乱うろんな目で元傭兵を見た。

つがいたいと言うから、あたしにはつがいになる男がもう決まっていて、ブリタニアにいるはずだからダメだと言った」

「…………へえ」

 ウィリアムはさげすむように目を細めてハンスをじっくり見る。付け焼き刃の作法すらろくに使いこなせていないような元傭兵。綺麗な服に着られてぎこちなく動いている若い男。

(なるほど、自分の婚約者に懸想けそうしている男が現れるとこれほど黒い気持ちになるのか)

「……フランクがこの男をオーガスト伯爵の下につけたのは計算ずくですね」

「ビリー、そんなに警戒するな。ハンスは敵ではないぞ」

「敵みたいなものです」

「そんなことはない。この男はあたしの……ええと、友だち? 友だちはライラだな。何だろう? とにかくあたしの見た目が好きなだけだ」

 ハンスは蛇ににらまれたカエルのように動けないでいた。ウィリアムはようやく彼から視線を外すとかがんでアビーの瞳をのぞき込む。

「アビーは、私がアイヴィー嬢に横取りされそうになって怒ったでしょう?」

「ん? ああ、つがいの横取りはダメだからな」

「いまこの男がアビーを好きだと聞いて横取りされるような気になったんですよ、私も」

「あたしは横取りされないぞ?」

「私だってそのつもりですよ。でも私を横取りしようと思っている令嬢たち、今までは結構いたんですよ? 減ったようですが」

「アイヴィーとかいうメス以外にもそんなのがいるのか!?」

「いるみたいです。私は何とも思っていないのですが」

 アビーはブッと頬を膨らませてからウィリアムにしっかり抱きついた。

「おや」

「あたしのニオイをしっかりつけておく」

「なるほど、いいですね」

 ウィリアムは気まずそうに距離を取ったハンスを横目で見てから、アビーをぎゅっと抱きしめ、髪の香りを吸う。

(日向によく当たった猫のようなにおい)

 優しく甘いニオイ。ウィリアムは湿った岩と苔のニオイをしていたアビーの母のことを思い出しながら、彼女の体温を堪能たんのうする。

(やはり、彼女以外俺の伴侶はんりょになり得る女性はいないんだろうな……)

 いつかベルナールだった頃、神々に満遍まんべんなく愛されても彼らの恋人や愛人になる己は想像できなかった。きっとそれはこうしてアビーと出会う未来が待っていたからだし、彼女以外の女性はウィリアムの妻にはなれなかったのだろう。

(ああ、あんなに女神エポナリリーと一緒にいて心地よかったのに……。初恋だったのにな。あとは……ヒルベニアのアイヴィー嬢をどうにかなだめて説得しないと。どうするか)

 ウィリアムは考え事をやめてアビーから体を離した。静かに愛し合っていた二人を見ている者の中に、いつの間にか前伯爵夫人ローズと公爵令息ウォルトも加わっていた。

「ええと、ウィリアム卿。出発は明日未明だとか?」

「ああ、はい。そうです」

「え? なんだすぐ出ないのか? ……出ないんですか?」

 ウィリアムはアビーの頬を指の背で撫でながら答えた。

「日中に歩ける時間を増やしたいもので。お二人には屋敷で一泊していただきます。道中、よろしくお願いしますね」

ウィリアムは上品にニコリと微笑んだ。


 ウィリアムは元傭兵、オーガスト伯爵の養子ハンスにアビーを取られてはたまらないからと己の寝床へ彼女を招き入れた。

「もう一緒に寝るのを嫌がらないのか?」

「別々に眠って、あの男がアビーの寝床へ訪れようものなら怒り狂う自信があります」

つがうのはビリーだけだぞ?」

「わかってます!」

 ウィリアムはそれ以上アビーに何も言わせず、腕の中に閉じ込めて目をつむった。

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