第6話-2

「つまりシナリオはこうです」

 次の第十代円卓会議には身綺麗になった剣士ベルナールと銀の髪の乙女リリーの姿があった。

「ベルナール・ジーベルと言う男がオリヴァー子爵亡きあと聖剣に選ばれ、王室からクシールと言う名と男爵の位を得た。ベルナール・ジーベル・クシールは突如現れた巨竜を民の血を流さずにしずめ、第一王子、つまり私からの信用を磐石ばんじゃくなものとした。財産を与えられた彼は自分の屋敷が建つまでは第一王子の別荘と首都近隣の宿を行き来していて、豪華な生活をしている」

「しかも女を取っ替え引っ替え。なるほど、俺が一番嫌いな成金の類いだ」

「嫌いだからこそよく観察していて真似が出来ると言うことかもしれませんよ?」

にこやかなフランシス王子をベルナールは嫌そうに見つめた。

「しかし」

第五席ゴドウィン卿がチラチラッとリリーを見る。

「リリー様が女神エポナ様の従者の中でも位が高く、それを知らずに助けていて精霊馬を始め馬と言う馬からベルナール殿が愛されているとは知りませんでした」

「俺自身が初耳だからな……」

「ですが、本当に大丈夫でしょうか? 精霊さまをまつりごとに巻き込むとは……」

「私の心配ならいりません。それに」

リリーは嬉しそうにベルナールを見上げた。

仮初かりそめとは言えベルナール様と夫婦めおととなれるのは嬉しいです」

「あー、ウン。エヘン」

満更まんざらでもなさそうなのがうらやましい限りです」

「では、残りの議席の方々も以前お話しした計画通りに。よろしくお願い致します」

「はい!」




「うわぁ」

 剣士ベルナールは王室御用達ごようたしの宿の豪華さにドン引きしていた。酒は最低三種類は常備され、お代わりは無限。清掃は常に邪魔にならないよう入るし男爵夫人であるリリーを世話する侍女と女中も円卓の騎士たちの屋敷から派遣される。安宿で安ビールを喉に流し込むのが最上級の娯楽だったベルナールには全く想像出来ない世界だった。

「やべえ……」

「ベルナール様! 見て! ベッドがフカフカ!」

年相応にはしゃぐリリーは王室から用意された髪によく似合う群青のドレスをまとい、本物の王女のようだった。

(何じゃこりゃ……)

まあ、リリーが綺麗でいい匂いがするからいいか、とベルナールは思考を放棄して彼女の膝に沈んだ。




 ベルナールは酒をたらふく飲んで侍女や女中や下働きたちにチップを握らせて歩いた。近くの酒場で馬鹿みたいに平民に酒と食事を振る舞い、七日目にとうとう飽きた。

「まだ七日ですよあなた」

リリーはベルナールの耳掻みみかきをしていた。膝枕は嬉しいものの、ベルナールは盛大に溜め息をついた。

「俺に金持ちの才能はねえな……」

「まあ」

「失礼します」

ノックをしてベルナールたちの宿泊部屋に入ってきたのは魔法使いジェラルドだった。

「クシール“卿”、お耳に入れたいことが」

「……どうした?」

ジェラルドは耳掻きをされるがままのベルナールにさっと近寄って声を落とした。

「毎日娼婦しょうふに飲み食いさせて遊ばせて帰していただろう?」

「ん? ああ」

「あれの効果が出て来た。娼婦しょうふの間でお前はいい雇い主だと持ちきりらしい」

「ふぅん」

「三人、新顔が来た。新人の娼婦が一人、残りの二人はほかの町から来たらしい」

ほかの町からと聞いてベルナールは目を見開いた。その顔を見てジェラルドは頷く。

「一人は確実に国外から来ている。肌の色が違ってな」

「何色だ?」

「褐色だ。かなり南から来たらしい」

「ほう。分かった、今晩相手にするから誘っておいてくれ」

「承知した。チップはくれるのか?」

「銀貨なら好きなだけ持って行け」

「行動費として頂くぞ」

「へいへい」


「金のある俺がここに来る理由は何だ!」

「俺たちにお恵みをくださるため!!」

「そうだ! 飲め! 食え! 騒げー!!」

「うおお! クシール卿!」

「俺たちのクシール様!」

 連日大衆酒場に顔を出すクシール卿は平民の間で人気になっていた。ベルナールは実際に食事が運ばれてくると周囲に配ってしまい、自分が口をつける分はテーブルの下に紛れ込む浮浪者の子供たちに分け与えるための少量のみ。一口かじった肉入りのパンを皿の上に置き、手に持った皿をこっそり足の間に来た子どもたちに手渡していた。大人たちが馬鹿騒ぎをすれば背の低い子どもたちには関心が向かなくなる。ベルナールは大人たちにわざと騒ぐようそそのかした。

まだ約束の時間まで遠いと言うのに娼婦しょうふたちもベルナールが顔を出す酒場にしょっちゅう来ていた。狙いとしては飲食にありついたりベルナールに何とかすり寄るためであったが、ベルナールは常にリリーが視界に入るように気を配っており、彼女の肩を堂々と抱いていた。

「飽きてきた……」

「あなた、そうおっしゃらずに」

「へいへい……」

当初、美しい妻と娼婦しょうふたちを常に侍らせると言う成金男を想定して動いていたベルナールだったが、女の使い方にも向き不向きと言うものがあるらしく娼婦たちを無理に抱くのはやめた。

暗炎あんえんの一族と言うこともあってベルナールは元々女遊びに関してかなり慎重だったし、結局のところベルナールはリリーの肩を常に抱き合間合間に肌に口付けるのが一番心地よくて、リリーもベルナールにしょっちゅう口付けた。


「なるほど、はたから見れば初々ういういしい新婚夫婦と言う訳か」

「ええ」

 新しく来た高級娼婦の一人マリアンナは、口元を扇子で隠し柱の影で姿隠しの魔法をかけた白いローブ姿の男と話していた。

「実際はどうだ? 二人の間に愛情はありそうか?」

「女の勘としては二人は本当に愛し合っています。ただ、ほかの子の話を聞くとクシール卿は娼婦しょうふに肌を触らせないとか」

「ほう」

「その辺りは今晩確かめてみます」

「うむ」

白いローブの男が立ち去ると、娼婦マリアンナはその白い肌と美貌でクシール卿に近付いた。


 ベルナールの前に一人の娼婦が現れた。髪は母のように黒く、瞳は花のような薄紫色。ある意味理想的な女が現れベルナールは目を見開いた。

「クシール卿、お初にお目にかかります」

「……娼婦しょうふには夜まで待てと言い付けたぞ」

「ええ、でもお酒を注ぐくらいはいいでしょう?」

「……俺の右側に座れ」

「かしこまりました」

体を密着させようとしたマリアンナに気付き、ベルナールは目の前にあったナイフをさっと彼女の喉元に突きつけた。娼婦しょうふは息を飲んだ。

「人一人分、離れて座れ」

「……かしこまりました」

マリアンナが座り直すとベルナールは店員にブドウ酒を持ってさせた。

 マリアンナはクシール卿にしゃくをしながら彼の視線を追った。彼の手つきやかたわらのリリーに口付ける瞬間も観察し、クシール卿が時々肉をパンに挟んで机の下の孤児こじに手渡すのも黙って見た。

「クシール卿はお優しいんですね」

マリアンナがそう音にするとベルナールは鋭い瞳で彼女を見た。どんな男も魅了してきたマリアンナ。

彼女を前にすればある男は子どものように甘え、ある男はその美貌に泣いて喜んだ。またある男は恥ずかしそうに目を逸らし、胸と尻を気にした。

しかしクシール卿は真っ直ぐ彼女を見て来て、娼婦しょうふは笑顔の下で間者(スパイ)であることがバレないかとヒヤヒヤした。

「そう思わせたいからな」

「でも、身寄りのない子にこっそりパンをあげるなんて本当に……」

「何の話だ」

「ああ、ええ。そうですね、見間違いです」

「そうだ。黙ってろ」

娼婦マリアンナは猛獣を相手にしている気分になってきてこんなはずではと焦り始める。

「く、クシール卿?」

「何だ」

「もう少しわたくしを見てくださいませ」

「時間外に来た娼婦は相手にしないと決めている」

「そ、そんなぁ……」

「リリー」

クシール卿は自分の妻の額に口付けた。

「退屈しないか」

「いいえ、ちっとも」

「そうか」

クシール男爵夫人であるリリーはマリアンナから見ても完璧な女だった。美しいだけの馬鹿女はどこにでもいるが、リリーは美しいだけではなく清楚な色気があり、上品だった。

クシール卿は実際のところ妻以外に目もくれないと娼婦たちは話していたが、マリアンナは二人を前にしてみて確かにその通りだと心の中で頷いた。

「まあクシール卿ご機嫌麗しゅう!」

娼婦の一人が近付いてきてクシールに酒を注ぐと、彼女はマリアンナの腕を掴んで立ち上がる。

「わたくしたちお化粧を直して参りますね! ホホホ!」

「えっ? 何よ、ちょっと離して!」


 娼婦の一人ヴァーナは柱の影にマリアンナを押し込むと焦った顔を見せる。

「ダメじゃない時間外にクシール卿のところに行ったら! 散々言ったのに!」

「何よお説教? ちょっとくらい良いでしょ?」

「違うわよ! バカねイリーが初日に似たようなことしたのよ!」

ヴァーナはクシール卿がこの酒場に現れた初日に、たまたまその場にいた娼婦イリーがしつこく相手をせがんだらその場にあったナイフで腕を切った話をした。

「“次は顔だぞ”って!」

「何よその乱暴者……。話と違うじゃない!」

「だから、時間内ならちゃんと相手してくれるの! 呼ばれてない時に顔見せるのはダメ!」

「何よそれ……」

(一見適当な振る舞いをしてるくせに隙がないってこと? 旦那さまに何て報告したら……)

「いい? わかった!?」

「わ、分かったわよ」

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