花の下で

ritsuca

第1話

「『願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの望月のころ』」

「なあに? 名言?」

「歌よ。むかあし、昔のお坊さんの、ね。春に咲く、桜の木の下でお釈迦様が亡くなったのと同じころに死にたい、って」

「ふうん。オボウサンもオシャカサマもよくわからないけど、春の花の下なんて、死にに行くようなもんじゃん」

「この歌が詠まれた頃はそうではなかったのね。花は、美しいと愛でるものだったの」


 星暦28年。太陽系外への航行が始まったのと時を同じくして、西暦が星暦に改められ、国際連合は地球政府となった。なんでも、航行先の星々はみな、統一政府があるから、だそうだ。正直なところ、そのあたりは学校で教わった内容くらいしかよくわかっていない。西暦が星暦に変わっても1年が365日で12ヶ月であることには変わりがないらしく、ただ名前が変わっただけ、だそうだ。

 祖母は、去年の9月にこのシェルターにやってきた。

 暦が変わるより前、疫病が世界中で流行し、地球の人口は1割ほど減少したらしい。その後、出生率に変わりはなく、疫病も大きな戦火もないのに今度は人口が3割ほど減少した。調べた結果、全人口の半数はいると推定される花粉症患者の一部に、ある種の因子が大きく働いてしまい、結果、さまざまな病を併発して致死率が大幅に上昇することがわかった、らしい。これも、学校で教わったときの説明文をそのまま覚えているだけなので、この説明の意味はよくわかっていない。

 星暦に変わり、統一政府が作られて最初の事業が、私たちがいま入っているシェルターだ。15歳以下は1年おき、それ以降は2年おきの検査が義務付けられ、花粉症患者は要観察対象として3ヶ月ごとの定期検査を受け、該当の因子が発現してしまった人は速やかにシェルターに隔離されている。

 私は物心ついたときにはここにいた。何のことはない、ここで生まれたのだ。両親ともにシェルターに住んでいたけれども、祖父母はそうでもなかったから、祖父母という生き物は、ずっとビデオ通話でしか関わり合いのない、現実味のない存在だった。

 それが去年、因子が発現してしまったらしい。


「おばあちゃん、最近窓の外見てばっかりだよ」

「おばあちゃん、桜のお花が好きだったものねぇ」

「桜って、どんな花?」

「あら、おばあちゃんがいつも写真送ってくれてたの、忘れちゃったの? アルバム、見る?」

「うん、見てみる」


 白に近い、淡い色合いの花をたくさんつけた樹。かと思えば、はっきりとしたピンク色の花弁が幾重にも重なりあった花々。黄色みを帯びた花や、薄いピンク色の花をつけた枝が垂れ下がり、川面につきそうなほどの樹。斜面が淡く色づいた山。

 春になるごとに祖母から送られていた写真を集めたアルバムには、色とりどり、形も様々な桜の写真ばかりが収められていた。

 祖父と二人で出向いていたのだろう。祖父だけ、祖母だけを写した写真が時折混ざる中、ごく稀に、二人並んで写っている写真もあった。


「おばあちゃん、お気に入りの樹があったのかな」

「あるよ。樹、というか、場所、ね」


 その夜、祖母はシェルターから姿を消した。

 数日後、祖母の入った棺に、母と私で作った紙の桜を敷き詰めた。白、薄ピンク、ピンク、濃いピンク、淡い黄色、時々、葉や枝の緑と茶色。色が氾濫している、と父が呟いた。

 窓から見える棺が、暗闇の中、緩やかに遠ざかっていく。棺がちかりと、瞬いた。

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花の下で ritsuca @zx1683

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