許されない恋
世楽 八九郎
実梨と祈莉
「ねぇ、みのって、いま恋してる?」
「えぇ? どした、急に?」
「ん~? 松崎君と別れても、ウキウキ? してるから?」
「ウキウキって、サルかよ」
「で、どうなん?」
「そうねぇ……」
見上げた先には灰色の雨空と揺れる架線。短くため息ついてから
「――――」
「えっ? ええっ⁉」
けれど私の声は通過の急行のけたたましい音にかき消された。
「……萎えたわ。言う気、失せた」
「ズル⁉」
なにがズルなんだって思うけど、忙しなく抗議する祈莉は可愛い。ホント可愛い。柔らかそうな女の子って感じの私の幼馴染。私の好きな人。
男と付き合って、やること一通りやって、分かったこと。私が欲しいのは祈莉なんだ。松崎には悪いことした。
「ほらっ、電車もう来るよ」
そう言って振り回している腕を引くと祈莉は横に並んで私の肩をチョンと摘まむ。
「……っ」
止めて。ホント止めて。ぐちゃぐちゃになる。心が、頭が。形をなくした私の内側が逃げ場を求めて、足元がふらつきだした。
「みの……?」
祈莉が肩を抱いて線路から私を遠ざけてくれた。
「大丈夫……大丈夫だから」
「ほんと?」
「ほんとほんと。だから……来たよ? 乗ろう?」
疑わし気な祈莉の視線を無視して電車に乗り込むことにした。祈莉はそれ以上は抗議せずについてきてくれた。
§ §
「なんか、人多いね~」
「雨だからじゃない?」
「そっか、ムシムシしてヤダね?」
いつもより乗客の多い電車の中で二人して立ったまま話を続ける。祈莉は普通だ。さっきのことなんて、なかったみたいに普通だ。
次の駅で人がまた乗り込んできた。
反対側の扉からの人波に押されて私が祈莉を扉の方へと追いやっていく。
「わっ⁉」
「みの⁉」
急に躓いた私を祈莉を抱きとめる。さっきので意識したせいであまり祈莉に近づかないようにしてこれだ。最悪。
「ごめん」
「いいよ、べつに」
抱擁を解いて距離を取ろうとすると祈莉が顔をすっと寄せてきた。
「ねぇ」
「なっ、なに……?」
「なんかさ、最近みのが、心配」
「なんで?」
「……フラフラしてる? 心ここにあらず? って感じ?」
「……そうかも」
これ以上、見つめられたら駄目だ。観念して抱きつくように半歩詰めて軽く祈莉に触れる。
「おっ、そうかそうか」
この距離に納得したのか、祈莉は私の背中を軽くたたきながら明るい声を上げる。
「新しい恋かな?」
表情は満面の笑顔に決まってる。見えなくてもわかる。敵わないな。
知らないうちに祈莉のシャツを強く握りしめていた。気づいているのかいないのか、祈莉は私の好きにさせている。そんな人に少しだけ、私の重さを祈莉に預ける。
「恋、なのかもね」
この優しさが私を自惚れさせる。だから生きてられる気さえする。
けど、同時にこんなに苦しい。
拒まれるのはもちろん怖いし、嫌だ。だけど、それ以上に私が祈莉に与えられないものが許せない。この子の優しさとかいいところは、この先も繋がっていって欲しい。実りある人生であって欲しい。だから嫌、なんだ。
許さないのは私で、許されないのも私だ。こんな自分で自分の首を絞めるような真似も恋焦がれる姿なんだろうか。
「だけど、きっと、それは――」
許されない恋ってやつよ。
声には出さず祈莉の耳元に囁いた。
ドアガラスに映った暗く沈んだ私の瞳。
こんなのに祈莉が見つめられずに済んで本当に、良かった。
許されない恋 世楽 八九郎 @selark896
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