第14話 初めての……

お披露目当日は、文句のない晴天だった。それこそ、女神様の祝福を感じずにはいられないほどに。


街もかなりの賑わいだ。



「いいなあ、街中楽しそう……見に行きたい……」


すっかり準備万端のエマと俺は、待機部屋にいる。


「何を言ってるの。今日はエマを見てもらう日でしょ?まあ、気持ちは分かるけど」


「そう、ですけれど」


ちょっとプウッとするエマ。もう、何をしても可愛い。


「ほらほら、俺からしたらどんなエマも可愛いけど、そんな顔しないの。何度でも言うけど……ドレスもとても似合っていて……とても素敵な淑女だよ。エマと婚約できて、本当に嬉しい」


手を取り、甲にキスをする。太陽の聖女って、エマの為にある称号のようだ。


「それより、エマ。敬語に戻ってるけど?」


「あ、すみませ…、ごめん、ハ、ハルト」


まだ時々敬語混じりになるのさえ、愛しい。我ながら大概だと思うが、仕方ない。


「うん」


幸せ過ぎるって、こういうことを言うのだろう。


「……でも、本当に幸せだなあ。ありがとう、ハルト。私を選んでくれて。これからも宜しくお願いします」


エマが優しい優しい顔で微笑んで、久しぶりにカーテシーをしてくれる。相変わらず美麗なカーテシー。そしてそれは、誓いのようで。


「……うん、こちらこそ、エマ。仕事に負けないように俺も頑張る」


同じ様なことを、同じタイミングで考えていた嬉しさと気恥ずかしさと、エマの美しさが相まって、何だかはぐらかしてしまう。


「何よそれ~!ちゃんとハルトも大事にするよ!……仕事も大事だけど」


怒らずに乗ってきてくれる。……後半も本音なんだろうけど……。


「ほら、怪しい」


ふふふっ、と目を合わせて笑う。


少しして、ドアがノックされる。


「ラインハルト様、エマ様。お時間でございます」


リサのお迎えだ。


「分かった、今、行く。……エマ、手を」


「……はい」



いよいよお披露目式だ。




民衆の大歓声の中、式は滞りなく進む。エマと義姉さんの魔法も大好評で、その上、女神様のご降臨も賜った。歴史に残るお披露目式だろう。



「ジークフリート王太子と月の聖女ローズマリーとの婚姻は、予定通り二年後。ラインハルト王子と太陽の聖女エマの婚約も改めて発表する!女神様にも認められた慶事である!皆で祝ってやってくれ!!」



父上が……陛下が締めくくる。観衆のボルテージは最高潮だ。兄上たちだけではなく、エマと俺との婚約への祝福もたくさん聞こえてくる。有り難いな。






……なんて、呑気に思っていましたよ。


いやね、国民の祝福はもちろん有難いですよ。幸せ者だと、認識しております。


ただね。


まさか、ここから7年も、結婚できないとは考えてもいなかったんだ……。





そもそも兄上たちの婚姻が、ローズ義姉さんの学園の卒業を待ってからなのだから、最初の2年は仕方のないことだ。


兄上たちの翌年、というのも、準備を考えると厳しいな、とも思っていた。



それに俺も王族として、二人の準備の手伝いもあったし、自分が公爵になる為の準備もあったし。エマのお母上を迎える準備もあったし。その上学園もあるし。そりゃ、忙しかった。



だが、エマの忙しさがそれ以上だったのだ。



あのお披露目式の後、義姉さんと二人の人気は凄まじいものだった。


二人の聖女に支持が集まるのは、喜ばしいことだ。


理解はしている、のだが。


「ルピナスシリーズ」を聞きつけて来た、中小貴族やら商人やらが、想定以上に集まり過ぎた。エマの大事な仕事の根幹なので、誰でも参加させる訳にもいかず、その人選にも時間と労力がいることになった。エマは学園とその人選に、てんやわんやだ。友人たちも協力してくれていたが。無論、俺も手伝ったが。



…そして、事業の幅は広がって行く。そう、素晴らしい事だ。解っている。心から誇らしいのも本当だ。



「でも、寂しいよなー」


自室の窓辺で一人言ちり、乙女か!と自分で突っ込む。でも、寂しいものは寂しいのだから仕方ない。



実はエマの卒業後の行き先は、いろいろあった。まだ俺に1年、学園が残っているからだ。また神殿に戻るとか、お義母上の新居に住むとか、王宮に住むとか。


それを、全力で阻止した。在学中もあれだけ多忙だったのだ、卒業したら更に拍車がかかるのは目に見えている。少しでも側にいたい。



そう思って、公爵邸に入れるように手を尽くした。まだ俺は学生だったけど、王太子の結婚で正式に公爵になっていたのと、エマとの婚約後の働きぶりを評価され、陛下と学園が特例を認めてくれた。エマが公爵邸に住み、俺も寮を出て、共に暮らせるようになった。


……婚約期間中は、もちろん部屋は別だが。



改めてプロポーズをして、公爵邸に住むことをエマも受け入れてくれた。嬉しそうに、恥ずかしそうに。……そして初めて唇にキスをした。エマが余りにも可愛くて。


結婚まで、理性が保てるか心配だったけど。杞憂になってしまった。



「……こんなにすれ違うのは、さすがに想定以上だったよな……エマの仕事への情熱は素晴らしいことだし、尊敬しているけどさ……まあ、俺が忙しいのも確かなんだが」



公爵当主より忙しい嫁(まだ婚約者だけど)。



「なかなかいないよな」


そう考えると、少し楽しくなってくる。


そう、結局、そんな規格外な所も大好きなんだよな。



コンコン。


控えめなノックがされる。これは。


「……ハルト、起きてる?良かったら、少しお茶をしない?」


急いでドアを開ける。


「エマ!お帰り!起きてる!する!」


言いながら、エマを抱きしめる。


「ただいま。いつも遅くてごめんね」


抱きしめ返してくれる。


「……謝らないで?頑張っているのは知ってるから」


強がりを含むが、これも本心。



「ありがとう。ハルト、大好き」


腕に力を込めて言ってくれる。会う時間が少ない分、エマは言葉を尽くしてくれる。


「俺も大好き」


エマを上に向かせてキスをする。エマは嬉しそうに、ふにゃっと笑う。幸せだ。頑張って一緒に住めるようにして良かった。



「はい、そこまでです。お茶の準備ができております」



「リサ……相変わらず優秀で助かるよ……」


渋々、エマと少し距離を取る。


「恐れ入ります」


「うん、いい笑顔だ」


優しくも厳しい使用人ほごしゃたちは、同情をしてくれても、甘やかしてはくれない。



そんなこんなで慌ただしく日々は過ぎ。



お披露目式から7年後の佳き日に。



ようやく結婚式を迎えることができた。



その日、ウエディングドレスを纏ったエマの可憐さ、愛らしさ、美しさは、言葉に出来ない程だった。きっと、その辺の女神様も敵わなかっただろう。



そして、……その日の夜の美しさは、それ以上だったが。その美しさは……俺だけのものなので、秘密。

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