第29話

「だあ、もう! 次から次へと湧いてきやがる!」


「ニャー、そんなこと言っててもしょうがないニャー。ほら、また次が来たニャー」


 ちくしょう! と毒づきながら俺はかかってくる兵士の剣を避けて、そのままの勢いで背負い投げをする。


 お互いの利益のため、一時的だが猫耳娘、もといフタバと手を組むことにした俺は、証拠品の保管場所を知っているというフタバの案内により、グレイブル憲兵団の本部を捜索していた。

 

 すると運悪く、巡回中の兵士に見つかり、俺は咄嗟にフタバの両手首を掴み、囚人を取り調べ室に連行していると言い訳したのだが、あっさりとバレて戦闘になってしまった。

 兵士服に変装している俺と違って、フタバはそのままの格好なので、こうなることは予想できていたのだが、思ったより早く見つかってしまった。

 それからはもう、蜂の巣を突いたように次々と兵士がやってくるので、その度に俺は奴らを投げ飛ばしているというわけだ。


 あの路地裏の逃走劇で俺とフタバはお互いのスピードをわかっていたので、猛ダッシュをしつつも息を合わせて逃げることができたのが幸いだった。あのまま同じ場所に留まっていたら一気に囲まれてあっという間にお陀仏だっただろう。


「っていうか、喋ってる暇があるならお前も戦えよ!」


「無理ニャー、お前と違ってあてゃしは武器がないと──っと、噂をすれば」


 走り切った先、通路の突き当たりに倉庫のようなものが見える。あそこがフタバの言っていた証拠品の保管庫なのだろう。

 もう憲兵団本部はてんやわんやだ。後ろからは複数人の足音も近づいてきている。これからは今まで以上にスピードが命だ。

 到着してすぐに、フタバが言ノ葉を唱える。


「ええと、針金刺してと。閻魔顔の門番よ、我の諧謔にその身を捩れ! “アンロック”!」


 フタバの開錠の魔法スキルを発動し、保管庫のサムターン錠が外れる。


 俺は扉を開けると、一番手前にあった俺の財布を懐にしまう。

 仮に俺一人でバレずにここに着けていたとしても、フタバがいなければこの扉を開けることはできなかっただろう。手を組んで正解だった。


「よっしゃあ、これで任務完了! さっさとズラかるぞ!」


「あー、ちょい待ち。えーっと、どこかニャー?」


「……おい、何してる。さっさと──」

 

 フタバは未だに保管庫の中をゴソゴソと物色している。

 俺が言い終わらないうちに、また後ろから兵士が二名ほど追いかけて来ているのが見えた。


「逃げるぞ! フタバ!」


「お、兵士が来てるニャー、でもごめん、ちょっと取り込み中ニャー、先行っててくれニャー」


「あーもう、しょうがねーなー!」


 俺は拳を振り上げて、向かってくる兵士たちに突進する。


 剣を構えた兵士はまさか相手が徒手空拳のまま向かってくるとは思わなかったのか、剣を振り上げたまま怯んでしまう。


 その隙に俺は奴の右肩に向かってストレートを放った。

 肩が砕ける感触が拳に伝わる。


「ぐわああああああああ!」


「ちくしょう! やりやがったな!」


 相方がやられた復讐にかられるもう一人の兵士に向かって、先ほど肩を壊した兵士を押し出すようにして投げつける。


「おらよ!」


 相手は驚きながらも受けとめるしかない。

 その隙に後ろに回り込む俺。


「あらよっと」


 仲間の兵士を支えるために伸ばした腕を、俺は引っこ抜いた。

 すなわち、関節を外した。


「ぎゃああああああああ!」


 伊達にアプリナのロストダンジョンで骸骨兵士たち相手に三ヶ月、死闘をくぐり抜けて来たわけではない。

 骸骨の動きに慣れるということは、人間の動きに慣れるということ。

 ましてや相手は骸骨。人体のレントゲンを見ながらひたすらバトルするようなものだ。

 どこにどう衝撃を加えれば骨を揺らし、砕き、外せるか、今の俺には手に取るようにわかる。

 関節を外した兵士に言う。


「悪いな、あとで医療班か誰かにはめてもらってくれ」


 フタバの元に戻る。


「おー、すごいニャー! 兵士二人を瞬殺かニャー!」


「いや殺してねぇよ。殺さないようにしたんだからな。つーか、お前を待ってたせいで痛い思いさせて無力化するしかなかったんだぞ。何してたんだよ」


「ニャー、あてゃしの武器と持ち物を回収してたニャ。お待たせしたニャ」


「なるほどな。そんじゃ、まあ──」


 今度は四人の兵士が通路の向こうからやってくる。


「悪いけど、早速働いてもらおうかな」


 言い終わるかどうかと言うところで、俺とフタバが同時に走り出す。

 ついてきたということは、了承と考えていいのだろう。

 ありがたく頼らせてもらうことにする。


「俺は右の二人をやる」


「じゃあ、あてゃしが左ニャ、りょーかい!」


 今度の兵士は槍を携えて来たようだ。狭い通路での槍兵は手強いことこの上ないが、こうも数が多いとかえってその利点を活かしきれない。

 おまけに──


「そ、“ソウルスピア”──」


「遅い」


 スキルの発動までのタイムラグの間に俺は槍使いの手首から槍を叩き落とした。

 言ノ葉の詠唱が必要ない俺は、スキルで攻撃する奴らよりも一瞬早く行動に移ることができる。

 そして人間相手に一対一ならば、一瞬あればかたがつく。


 俺はそのまま素早く落とした槍を拾い上げると、柄(え)の部分を相手の腹に突き立て、後ろの兵士ごと押し倒した。

 そして、


「よいしょっと」


「いだあああああああああ!」


 そのまま二人の肩を外しにかかる。

 こうも叫ばれてしまってはまた増援が来そうだが、殺さずに無力化するのならこれが一番手っ取り速いので仕方がない。


「さて、フタバの方はっと──」


「“カットスナップ”!」


 ちょうど、一人目の兵士を倒すところだった。

 フタバの両手の短剣が目にも止まらぬ速さで宙を舞い、槍兵の手から血が噴き出る。

 彼女はその身軽さと身体の小ささを利用して相手の懐に入り込み、手際よく短剣スキルを当てている。

 移動と同時に言ノ葉の詠唱を済ませているのもすごい。

 

 あっという間に二人目も戦闘不能にしたフタバと合流する。


「お前強いニャー、ハジメ! 正直お見それしたぞ! スキルも使わニャいで!」


「いや、俺なんてまだまだだよ。スキルも、使わないんじゃなくて、使えないだけだし」


 と、要らないことまで言ってしまった。

 こんなことしている場合じゃない。


「急いで脱出するぞ!」


「はいニャ!」


 俺たちは通路を引き返した。

 肩を外す時の悲鳴を聞いてか、あるいはフタバの脱走を聞きつけてか、次々と武器を持った兵士たちが襲ってきた。

 だがお互いに近接距離タイプだとわかった俺たちは、スピードに任せて接近戦まで持ち込む作戦で奴らを撃退した。

 そして、なんとか出口の前まで来ることができたのだが──


「やれやれやれ、どうやらここまでのようですねぇ、お二人さん」


 出口には、ひどく縁起が悪そうな男が立っていた──大勢の兵士たちを連れて。

 おそらく二十から三十人はいるだろう。

 副団長、カガネは三叉槍を揺らしながら不敵に微笑む。


「まったく、医療班から苦情が入っておりますよ、脱臼した兵士たちのうめき声でオーケストラができそうだと。ですがその反撃もここまでです。見ての通り、たった一つしかない出口は我々が封鎖いたしました。まったく、どうやって脱獄したのやら。拷問して聞き出したいところですが、仕方ありません。観念して投降すれば、拷問は最小限にして、すぐに殺して差し上げますよ」


 結局拷問も殺害もするんじゃねぇか、とは突っ込まないでおいた。

 実際、奴の言う通りだ。

 いくら俺たち二人の即興のコンビネーションが予想以上にうまくいっているとしても、あの数を相手にするのは現実的に考えて不可能だ。

 仮に俺の噛ませ犬スキルを使ったとしても、フタバひとりであの数を相手にするのは無理だろう。

 どうする──?

 

 すると、フタバが小声で囁いた。


「ハジメ、あてゃしの前に立つニャ」


 なんだって?

 俺も小声で答える。


「なんでだよ?」


「いいから。話している時間はないニャ」


 フタバが俺の手を握る。


「あてゃしを信じろ」


 信じること。

 この世界に来てから、いったい何度その意味を考えたかわからない。

 まだそれが何なのか、どうするのが正解なのかはわからない。

 だけど──


 俺はフタバの前に立って、叫んだ。


「殺すなら俺からにしろ! お前たちの相手は、俺だ!」


 フタバの前に立つカモフラージュのつもりだったが、俺の挑発は想像以上の効果があったようで、


「いいでしょう」


 カガネが手を振り上げると、兵士たちが武器をこちらに向ける。

 その手が振り下ろされた時が、おそらく俺たちの最期だ。


「おい、言われた通りにしたぞ。大丈夫なんだろうな」


 背後を見ないようにフタバに声をかける。


「想像以上、ニャんかもう色々とバッチリニャ、そのまま奴らの気を引いててくれニャ」


 賽は投げられた。あとはもう、フタバを信じるしかない。

 俺は少しでも時間を稼ごうとカガネに問いかける。


「そういえば、愛しの団長様はどこ行ったんだ? まさか夜だから寝てるってわけでもないんだろ?」


「ふん、あの人がいない方が色々とやりやすいのでね、今は私の部下が取り押えていますよ。だからこそ、イツキさんが来る前にことを済ませませんとね」


 カガネが言い終わって、手を振り下ろそうとした、その時だった。

 俺の背後が爆発した。

 いや、正しくは、爆発したかと思うほどの音が鳴り響いた、というべきだろうか。

 直後、白い煙が通路中を覆い尽くす。


「んなっ、これは、煙幕⁉︎」


 憲兵団たちが動揺する。

 それは俺も同じだった。

 おそらく、フタバが煙玉か何かを持っていて、それを使ったのだろう。さすがは盗賊だ。


「んニャー、耳栓がなかったら即死だったニャ。危ニャい危ニャい」


「いや、俺は耳栓なかったからマジでびっくりしたけどな。それで、こっからどうするんだ」


 フタバのおかげで今すぐ殺されることはなくなった。だがこのままでは俺たち自身も前が見えないし、出口は依然として憲兵団の大軍に塞がれたまま。煙が晴れればまたピンチに逆戻りだ。


「大丈夫ニャ、ほら、行くニャ」


 フタバに手を引かれ、俺はその場を離れる。

 なぜ彼女は煙の中で迷わず動けるんだ?

 いや、それよりも──


「行くって、どこに?」


「決まってるニャ、探索者のハジメ」


 開き直ったのか、フタバは楽しそうに言い放った。


「ダンジョンニャ!」


 その手があったか。

 煙が吸い込まれていく場所、乗り込んだ時に見た大穴に入っていく。

 俺とフタバは憲兵団たちから逃れ、欲望渦巻くダンジョンへと足を踏み入れた。

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