第19話
「元々、私たちの故郷アプリナは、ひどく寂れた町だったそうです。これといった産業も名産品もなく、自分たちが食べる分のわずかな田畑と家畜しかありませんでした。明日を生きるのに困るほど飢えてはいませんでしたが、隣町の華やかなオランゲルに比べると、どうしても見劣りしていたと思います。そんな折です、この町にもダンジョンが出現したのは」
そこでシズヨは一度、大きく息を吐いた。
「町の人々はとても喜びました。ダンジョンができれば探索者がたくさん集まる。そうすれば町の宿屋もお客さんで賑わい、やがてはダンジョンの財宝が持ち込まれ、経済が発展する。そう考えたからです。けれど、実際にはそんなに簡単にはいきませんでした」
次に何を言おうとしているのか、当時の状況を知らない俺にも大体想像がついた。
「隣のオランゲルに、既にダンジョンがあったから?」
シズヨは小さく頷く。
「ええ、そうです。オランゲルのダンジョンはこの大陸の中でも一番と言っていいほど大きなものでした。地域の探索者たちはその攻略に熱中していて、できたばかりの、武器屋も装備屋もない、小さなダンジョンに目を向ける人は大変少なかったでしょう。実際、アプリナのダンジョンを攻略する探索者はほとんどいなかったそうです」
だが、現にダンジョンは攻略されている。だからこそ、今のロストダンジョンがあるのだから。
探索者たちはアプリナのダンジョンを見向きもしなかった。もっと儲かるダンジョンが他にあったから。
では一体誰が、アプリナのダンジョンを攻略したのだろう。
答えはきっと、単純だ。
「結果として、この町のダンジョン攻略は、この町の住民たち自身によって行われることになりました。それは、ほとんど強制的に、でした」
もう一度シズヨさんは、大きく息を吐いた。
「当時のアプリナの町長はしびれを切らしていたんです。なぜ隣町のオランゲルはダンジョンであんなに儲けているのに、自分の町はダンジョンができても全く発展しないのだと。そこで町長は町の若い人々を集めると、簡単な装備だけを支給してダンジョンへと向かわせたんです。拒否権は、残念ながらなかったかと思います。なにぶん狭い町ですから、自分だけ役目を放棄することは、町を出て行くことと同義だったでしょう」
あるいは、家族もろとも町から逃げ出すこともできたかもしれないが、モンスターがいるこの世界で福利厚生が十分に機能しているわけがない。町を出ることは、それすなわち路頭に迷うことだったのだ。
俺は奥歯を噛み締めた。
人柱(ひとばしら)、という言葉がある。
橋などを建設する際、安全祈願のために柱の部分に生きた人間を生贄として埋めることをそう言うらしい。かつての日本でも行われていた悪しき文化の一つだ。
シズヨさんと出会った時に見た、墓場の情景を思い浮かべる。
五十、百、いや、それ以上はあっただろう。
ふと口の中で血の味がしたので確認すると、奥歯が少し、欠けていた。
「一応、名目としては、放置されたダンジョンからモンスターが溢れ出し、町にも被害が及ぶ可能性があるから、それを未然に防ぐため、というお話だったそうですが、いったい何人がそれを信じていたのか、今となってはわかりません」
あるいは、そんなお題目を信じていた方が、使命のために死ねただろう。
ダンジョンから出たモンスターは力を失う。それは野生のイノシシと家畜の豚くらいの戦闘力の差だ。とても脅威とは言えない。
まだしも、町の発展のために死ねと正直に言われた方がいくらか楽だったかもしれない。
だがきっと彼らは、そんな見えすいた嘘を背負って、死地に赴(おもむ)かねばならなかったのだ。
「結果として、死屍累々(ししるいるい)の山を乗り越えて、ダンジョンのボスは討伐されました。ですが、損害に対してその報酬は多いとは言えないものだったそうです」
そうだろうな、と俺は思う。本当にダンジョンによる経済発展を計るなら、ダンジョンを中心とした町全体の長期的な改装を行うべきだった。
宿屋を作り、武器屋を建て、探索者ギルドを設立すれば、今すぐとはいかなくてもいずれは外部から探索者たちが集まってくる。だが当時の町長はそうしなかった。目先の欲に囚われて、真に町の発展を願ってはいなかったのだ。
それに、仮に抱えきれないほどの富が手に入ったとしても、住民たちの命に釣り合うとは言えない。
「結局町長はその責任を負われて陪審員によって処刑され、ダンジョンから持ち帰った財宝は町の公共施設の発展へ使われました。ですがそれで死んでいった方々の魂は救われません。なので、私たち墓守の一族が彼らを癒すための任についたんです。私たちは祖父の代からあの墓場でずっと、彼らの怨讐を晴らすためにずっと、祈り続けているのです」
「それは──」
それはなんて、救われない話だろうか。根本の原因は無論、元町長にあるのだろう。町の人々は犠牲者だ。
だが彼女たち墓守の一族もまた、町の発展の生け贄になったようなものではないか。
シズヨと商店街に行った時のことを思い出す。
ただのアイスクリームにはしゃぐ彼女の様子を。外出は推奨されていないから、食べるのは初めてだと語った彼女の表情を。
先代の母が死に、十四の時から一人、勤めを果たしていると彼女は言った。
それから彼女はずっとあの墓場で、無念にも死んでいった者たちのために一人、祈りを捧げてきたのだろうか。
また一体、迷宮の通路脇からボーンカトラスソルジャーが姿を表すのが見えた。
「──シズヨさん、確認するけど、あれはただのモンスターなんだよね? ここで死んだ人の体が再利用されてたりしないよな?」
「え? ええ、そう聞いています」
「なら、いい」
俺は動く骸骨に向かって全力疾走で駆け寄ると、怒りに任せてその顔面を拳で吹き飛ばした。
拳に巻いた包帯が血で滲むのがわかった。
だって、仮にそうだったら、あまりに救いがなさすぎるじゃないか。
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