第8話

 長い長い走馬灯が終わって、俺はうっすらと目を覚ました。

 ダンジョンの松明の照明が少し目に染みる。

どうやら俺はギルバーグウルフキングにやられてから気を失ってしまっていたようで、走馬灯というよりは夢のようなものだったのかもしれない。

 ただ、身体に走る痛みは未だ健在で、今の状況が紛れもない現実であることがわかった。かすかに身をよじるだけでも、もう一度気を失ってしまいそうだ。

 自分の鉄臭い血の匂いがする。

 そして耳にはわずかに仲間たちの声が聞こえてくる。何と言っているかはわからないが、どうやら全員無事のようだ。よかった。

 と、そこで俺は揺れ動く意識の中でひとつ、おかしなことに気が付いた。


 なぜ俺の傷はまだ回復されていないのだろう?


 いつもならばマドカが回復魔法スキルで直してくれるはずだ。だが、今はそれがない。ずっとずっと痛いままだ。今にも死んでしまいそうなのに、回復魔法を唱える声が聞こえてこない。

 これはいったいどういうことだろうか。

 もしや、MPが足りないのだろうか? 先ほどの戦闘で使いきってしまったのだろうか? あれだけ激しい戦闘だったのだから無理もない。

 だがそうだとしても、たとえばカエデがポーションをかけてくれたりとか、ヤマトが転送アイテムでダンジョンの入り口まで連れて行ってくれて、そのまま、あるのかは知らないが病院に連れていってくれたりとか、色々と別の方法があるはずだ。

 だが仲間たちはただ俺の前で喋っているだけだ。

 いったい何を話し合っているのだろう。

 と、そこまで考えたところで、ようやく意識がはっきりしてきたのか、マドカの声がはっきりと耳に届いた。


「──ねえ、本当に置いていくの?」


 俺の心に衝撃が走る。

 置いていくって、何を。誰を。

 続いて、ヤマトの声がする


「ああ、コイツにはここで、死んでもらう」


 ドクン、と心臓が跳ねる音がした。

 こんなに血が流れていて、息をするのも苦しいのに、脈打つ音が止まらない。


「コイツにはもう十分役に立ってもらった。この層のボス部屋の賞金を三人で山分けするだけで、おれたちパーティは大金持ちになれる。なのに一人じゃ何にもできない能無し野郎にわけ前をくれてやるなんて、そんな馬鹿らしいこと、する必要はないじゃないか」


 何を言っているのか分からなかった。

 無論、発している言葉の意味はわかるが、頭にすんなり入ってこない。

 ただ、氷のような声だと思った。

 なんて冷たい声を出すのだろうと、そう思った。


「だけど、そしたら私たち三人は人殺しになっちゃう……。魂が汚れて、女神アフタエル様の加護を受けられなくなっちゃうんだよ?」


 マドカので声には迷いが見える。

 なんだか知らないが、探索者が探索者を殺すと、スキルを使えなくなってしまう、ということだろうか?

 探索者特有の宗教観念だろうか? いや、もうこの際なんでもいい、早くおれを助けてくれ!


 だが、そんな思いもむなしく──


「馬鹿を言うな。コイツを殺すのはおれたちじゃない。ギルバーグウルフキングだ。あいつの斧の一撃でコイツは死ぬ。おれたちは何もしない。ただこのまま立ち去るだけだ。そうだろう?」


 剣使いは無慈悲に言い放った。

 その言葉は、腹痛よりも鋭く、俺の心に突き刺さる。


「コイツをスキル鑑定士の婆さんのところに連れて行ってから、ずっと考えていたんだ。こコイツはダンジョンの攻略に使える。それも俺たちの分け前を減らすことなく綺麗に使い潰せる使い捨て要員として、だ。

なんてことはない。ダンジョンのボスモンスターのところに連れて行って、煽てて噛ませ犬スキルを使わせれば、おれたち三人はパワーアップ。ボスを倒し、こいつは勝手に死んでくれる。いいことずくめだ。

万が一後続できたパーティがこいつの死体を見てもボスモンスターにやられた哀れな冒険者の末路としか思わない。

あとはこの財宝をおれたち三人で山分けするだけだ」


 そう言ってヤマトたちは部屋の中央に高く積まれた財宝を分配し始めた。

 マドカは最初、気まずそうに俺のことをチラチラと見ていたが、ヤマトにつられて宝をとっていくうちに、機嫌が良くなっていき、山がなくなることには自分が手にした宝石しか見ていなかった。

 カエデは何を考えているのか、はたまた何も感じるところがないのか、始終黙りこくったまま、無言で自分の取り分を懐に収めていった。


 そうしている間にも俺の腹部からは血がドクドクと流れ、床を伝っていき、比例するかのように意識は遠のいていく。


 やがて、三人の身体が装飾品でいっぱいになると、思い出したかのようにヤマトが「そうだ」と叫び、俺のことへと近づいてきた。

 やはり思い直して俺のことを助けてくれる気になったのだろうか、とこんな時だというのに微かな希望を持ってしまう自分のことが、心の底から嫌になる。ヤマトは俺の懐から体力をギリギリ残してくれるアーティファクト「朝露の護り」を取り出し、俺のすぐ横に転がっていた大剣を引き抜いた。


「こいつは返してもらうぜ」


 直後、大剣をヤマトから渡された時の情景がフラッシュバックする。

 俺はパーティリーダーから渡されたその武器が、単なる装備品ではなく、パーティの一員になれた、その証だと思っていた。

 だが実際は俺という駒の価値を最大限発揮させるための単なるパーツでしかなかった。貴重なアイテムも後々回収するつもりで貸与していたに過ぎなかった。


「お前が悪いんだからな」


 ヤマトの捨て台詞も、もはや理解できなかった。

 頬を液体が伝う感触がした。腹から流れた血が床を伝い、とうとう顔にまできたのかと思ったが、なんてことはない、それは自分の涙だった。死ぬのが悲しくて泣いているのか、信じた仲間に騙されたのが悔しくて泣いているのか、自分でも良くわからない。ただ貴重な体力と熱が流れ出るのを、自分でも止めることができなかった。

出来るのなら叫び出したかった。騙したのか! この卑怯者! と思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたかったが、口から溢れる血液がそれを邪魔した。


「じゃあな、噛ませ犬」


 ヤマトたちが宝物庫を後にしていく。もはや振り返ることすらない。


 ただでさえ涙で掠れた視界を闇が覆っていく。

気力も失われ、もはや痛みもなくなった。

 今はただ、絶望という名の死神に首を絞められている。

 そうして俺は、視界を覆う闇に意識を任せた。

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