第6話
チェスの駒の種類は全部で六種類ある。
ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、そしてキング。
ルークはその中で最強というわけではないが、かなり強い種類の駒と言っていい。盤上の縦と横のマスであれば敵にぶつかるまでどこまでも真っ直ぐ進むことができ、攻めと守りのどちらでも活躍することができる。駒の形は多くの場合、城を模しているがこの世界では──
「──次来るぞ! 回避ッ!」
俺たちは通路を突き進みながらカエデの掛け声に合わせて横に飛ぶと、一瞬遅れて飛んできた矢が地面を抉りとった。
ギルバーグウルフルークは巨大な石弓を扱うモンスターで体長は四メートル近くもあるという。
「モンスター自体は大した驚異じゃないが怖いのはあの石弓だ。遮蔽物がなければどんなに遠く離れていても一発で射抜かれるぞ──回避ッ!!」
モンスターの説明をしながらも、仲間たちに回避のタイミングを素早く指示するカエデも十分に恐ろしい。
というか、ダンジョンが暗いとはいえまだモンスターの姿も見えていないのにお互いがいる方向を把握できている時点でカエデも相手モンスターも化け物だと思うのだが。
しかしカエデの指示に頼りっぱなしになっていてもいけない。
今はまだ余裕を持って避けられているが、奴に近づけば近づくほどに彼我の距離が短くなり、矢を避けるのが難しくなる。
なんらかの手を打たなければこのままではジリ貧だ。
俺は命がけのリズムゲームの合間に叫ぶ。
「何か作戦は!?」
「ある程度近づいたところで通路の左右の壁に二人ずつ別れる! ハジメ! あんたはあたしと右側だ! ヤマトとマドカが左側! 狙いが分散したところで一気に近づくよ──回避ッ!」
おう! と返事をしながら矢をかわす。
なるほど、うまい作戦だ。
奴の攻撃は強力だが再装填に時間がかかる。左右どちらか一方に狙いが集中すればもう一方がフリーになる。そして遠距離武器は総じて近接攻撃に弱い。フリーになった方が近づいて奴を叩けばいい。
迫りくる巨大な矢を次々に避けながら先に進んでいくと、通路の先に松明の明かりが灯っており、敵の姿が見えた。
実際に目の当たりにすれば一目瞭然、ギルバーグウルフルークはこれまでのポーンやナイトの数倍は大きかった。
腕に抱えた巨大な石弓の装置は通路に半ば固定されており、人間が扱うのであれば大の大人が数人必要そうだが、矢を番え、照準を定め、発射するところまで奴一人でやっている。まさに化け物だ。
「よし、今だ!」
俺たちはカエデの合図で通路の壁に沿って二手に分かれた。石弓使いの狼は一瞬戸惑った様子を見せたが、装置を動かし、比較的身軽でヤマトたちよりもわずかに前に進んでいた俺とカエデのほうに照準を合わせた。
ここまでは作戦通りだ。
あとはヤマトたちが近づいて奴を仕留めてくれれば──
だがここで想定外の事態が起きた。
バシュッッッ!
ダンジョンに矢の発射音が鳴り響き、
「——しまった!」
カエデの足を矢がかすめたのだ。
やられた。
奴の方が一枚上手だった。
今まで俺たちは通路の真ん中を進んでおり、避ける方向には右と左の二つの選択肢があった。だが二手に分かれて壁際に寄った結果、俺たち右側のグループは左にしか避けられなくなってしまった。
奴はそこを突いたのだ。
発射寸前でわずかに照準をズラし、俺たちが避ける方向に向けて矢を放ったのだ。
なんと狡猾なモンスターだろうか。
むしろ寸前で体をひねり、直撃を避けたカエデは流石としか言いようがない。
だがカエデはバランスを崩し、転倒してしまった。
見たところ、足から血は出ているが、傷は深くない。
しかし起き上がるのには少なからず時間を有するだろう。
そしてそれは、このダンジョンでは決定的に命取りになる。
ギルバーグウルフルークが次の矢を装填する。
照準をカエデに定め、そして──
「こっちを見ろ! デカブツ! 俺が相手になってやる!」
俺はカエデの前に躍り出た。
大きな声で、いっそ滑稽に、恐怖を振り払うように言葉を紡ぐ。
通路を走りながら、スキルに必要な“言ノ葉”についてずっと考えていた。
噛ませ犬スキルを発動させるためには、いったいどんな言葉がふさわしいのかと。
考えてみれば、答えは簡単だった。
大胆不敵で、勇猛果敢な、噛ませ犬の台詞を言えばいい。
「冥土の土産に教えてやる! 俺はハジメ! お前を倒す男の名前だーーーー!!!」
運命の歯車が動いた音がした。今までとは決定的に違う、スキル発動の手応え。
──そして、巨大な矢が俺の腹部を貫いた。
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