第47話 魔王、包まれる

「エリスさま!」


 ――だれ……じゃ?


 指の感覚を、辿る。

 エリスの指を包んでいるのは、小さな、手のようだった。

 

 この感触は覚えがある。

 聖誕祭で、ふとした時に、握られていた手。


 ――ああ……リィか……。


 圧縮空気に抑えつけられていたリィも、カイエの魔力集中が途切れたことによって、ウィスカー同様に解放されていたようだった。


 リィの後ろから、シェリルの声が聞こえる。


「リィちゃん!魔動車に積んでたやつを持ってきたわよ!これでいいの?!」


「はい!それを、エリスさまを囲むように置いてください!」


 ――……なんじゃ……?リィ、なにを……?


 視界に入らないので分からないが、固いものがゴト、ゴト、と置かれているようだ。


 そして最後の一つが、エリスの顔の前に置かれる。


 ――これは……ヴァッテリーか……?


 周囲に置かれていたのは、魔力貯蔵用魔道具、ヴァッテリーだった。

 ……しかし、ヴァッテリーだけでは何も行うことはできない。魔法式が刻まれた別の魔道具か、または魔法式を描ける術者が必要だ。


「これからどうするの?リィちゃん」


「……私が、魔法を使います」


「えっ?!リィちゃん、あの、天魔……滅槍だっけ?あれ以外にも、魔法使えるの?!」


「……わかりません。でも、一度、感じたことがあるんです」


「感じた?……見た、とかじゃなくて?」


「その時は、まだ目が見えなかったから……。でも、その感じは、覚えてるんです、はっきりと。……だからきっと出来る。……ううん、やらなきゃいけない。エリスさまのために」


 力強くそう言って、リィは眼を閉じた。


 リィの体が、ぼんやりと輝き始める。

 それはやがて鮮烈な光となり……いくつかの光条となって放たれた。


 光の筋は、エリスの周囲に置かれたヴァッテリーへと繋がって、そしてまた別のヴァッテリーへと結ばれていく。


 リィとヴァッテリーを頂点とした光の六芒星は、魔力を宿した魔法陣となってエリスを包み込んだ。


 ――この魔法は……。そうか……リィは……。


「リィは本当に、大したヤツじゃな……」


 エリスの顔に、わずかに笑みが浮かぶ。


 

 リィが発動した魔法陣。


 それはあの日、屋敷の浴場でエリスが使った『魔力増強の儀式』であった。





 


「クソどもがぁぁぁ……!!」


 ウィスカーの魔法によって空への跳躍を妨げられたカイエは、苛立ちで全身を震わせていた。

 周りでは、逆流した大瀑布のように、絶えず土砂が噴き上がって彼の動きを拘束している。


 土砂流を操るウィスカーの前に、腕をおさえながらオリヴィスが現れる。

 彼女は口に溜まった血を吐き出しつつ、土砂流の方をちょいちょいと指差した。


「ウィスカーさんよ。ちっとアレに穴開けてくれるか。そっから一発ぶち込むから」


「分かりました。コウガさんも、行きますか?」


「ああ」


 意識を覚醒させたコウガが、いつの間にかオリヴィスの隣に並んでいた。


「……無理すんなよ。もう半死人じゃねぇかアンタ」


「だが死んではいない。お嬢様を守り切るまで、俺は死なん」


「……足引っ張んじゃねぇぞ」


「お前こそな」


 そう言い合った後、二人は互いの剣と鉄甲を、カチンと打ち合わせた。


 ……土砂流の中から、ウィスカーが異常な魔力の奔流を感じとったのは、その時だった。


「!?お二人とも、下がってください!」


 彼が警告を発すると同時。

 外からは巨大な繭のように見えていた渦巻く土砂の塊が、一気に爆散する。


「うおおおおああああああーーー!!」


 雄叫びを上げ、全身から膨大なエネルギーを吐き出しながら、カイエが姿を現した。


 強烈な魔力の余波が地面を抉り、ウィスカーの魔法陣が粉々に砕け散る。


「くっ!これほどとは!!」


 カイエの整った顔立ちはもはや見る影もないほど歪み、悪鬼のような形相だ。

 彼は、三人を血走った目で獰猛に睨みつける。


「……この……僕にっ!本気をっ出させたなっ!!絶対に許さない!!殺し尽くしてやる!!」


 吼えるようにそう吐き捨てる。

 同時に、カイエの全身から魔力が迸った。


「死ね!!【千刃風斬車トゥルビオン】!!」


 高速で回転する無数の風刃が、あらゆる方向から三人に襲いかかった。


「うぐぁ!?」

「かはっ!!」


 満身創痍の三人は、避けることもままならず全身を刻まれ、苦悶の声と血煙を上げる。


 回転する刃はなおも止まらず、すでに原型をとどめていない庭園を縦横無尽に削り散らした。


 噴き上がる土に巻き込まれ、三人は視界を奪われる。


「……くそっ……ヤロウに飛ばれちまう……」


 オリヴィスがやや力無さげに舌打ちをした。

 

 空は風魔法を操るカイエの絶対領域。ひとたび飛ばれてしまっては、もはや手出しが出来ない。


 そして……絶望的なことに、カイエの次の言葉は、オリヴィスのはるか頭上から聞こえた。


「……なかなか……粘ってくれたもんだよ。こんなにイライラしたのは、いつ以来だろう……」


 静かな、だが深い怒りのこもった声。


「もう、いいや……もう飽きた。この土地ごと、全て吹き飛ばしてやるよ」


 僅かな静寂の後。コウガたちは、自分の頭上に恐ろしく強大な魔力の塊が現れたのを感じた。


 空に立ち込める土煙の向こうから、カイエの詠唱が聞こえる。

 魔力の塊はますます大きく、膨れ上がっているようだった。


 ひとたびそれが放たれれば、恐らく目に見える範囲全てが木っ端微塵に消えて無くなる。

 魔法の素養がないコウガすら、感覚ですぐに理解した。


「おのれ……!!」


 土煙が、薄れていく。

 

 視認できたカイエの位置は、とても飛び上がって斬り込める高さではなかった。


 そして……カイエの頭上に浮かび、竜の咆哮のような轟音を上げて渦巻く竜巻の塊が、コウガたちの表情を大きく歪めた。


 風の極大魔法【神降カムナリ】。

 超広範囲の風の精霊を全て強制召喚し、捻り練り込み圧縮して生み出した大暴風で一切合切を殲滅する、風属性唯一の禁術である。



「ふ、ふふふ。ようやく、諦めてくれたかな。さあ、終わりの時間だよ」



 コウガたちの顔を見て多少なり溜飲を下げたカイエは、冷たい笑みを浮かべて最終詠唱に入った。


 コウガたちはなす術なく、ただそれを見つめているしか出来なかった。




 ……しかしここで一つだけ、カイエは判断を誤った。




 空へ飛べば、誰も手出しができないと思っていた。


 だから、コウガとオリヴィスに立て続けに破られたこともあり、【風神壁シルフドール】を解除して、全神経を禁術に集中させていたのだった。




「――それが、裏目に出たのう」






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