第28話 魔王、祭りに行く
「……祭り、じゃと?」
「そうです!お祭り!聖誕祭ですよ!!」
脱力したエリスを抱き上げてポイっと椅子に座らせると、シェリルは少し興奮した様子で話し始めた。
「かつて、この地域で生まれた聖女が、魔王を封印したことを記念して始まったお祭りですよ!あれ?まさかご存知ない?」
生まれも育ちもこの地であるエリス・ファントフォーゼだが、パンクした今の頭では記憶が思うように辿れない。
しばらくぼんやりと考え込んで、そしてようやく記憶の引き出しを見つけた。
聖誕祭。
年に一度、エルノウァールの中心街で開催されるお祭りである。
シェリルの説明通りの起源を持つこのお祭りは、かつては聖女神教会主催の厳粛な神事であった。
だが近年は大衆行事としての意味合いが強まり、屋台が一帯を埋め尽くすほど大量に出店する、王国全体でも指折りの一大イベントとなっている。
「すっかり忘れてたけど、ウチの商会も一応協賛なのよね。お金だけ集られるんじゃ悔しいし、是非皆んなで一緒に遊びに行きましょう!きっと楽しいですよ!」
「イヤじゃ」
「にべもない!?」
縋るようなシェリルの手を払い除け、エリスはテーブルに頭をぽてっと乗せる。
「わらわは人混みが嫌いなのじゃ。頭が痛くなる。わざわざ疲弊しになど行きとうないわ」
「でも、いい気分転換になりますよ?それはそれは沢山の屋台が並びますし……」
「イヤじゃイヤじゃ。お主らだけで行っておれ」
不貞腐れたようにテーブルから頭を離さないエリスに、シェリルは肩をすくめる。
「でも、リィちゃんは行きたそうですよ?」
「え?……あ、えっと」
急に話を振られたリィは手元を見ながらモジモジしている。顔が赤いところを見ると、どうやら図星のようであった。
倒した頭から目線だけ横に送って、エリスは少女をじーっと睨む。
「わざわざ人間のごった煮みたいなところに行く必要なかろうが。なにが楽しいのじゃ」
「えと、その、一回、リーゴ飴というものを食べてみたくて」
「リーゴ飴……?」
リーゴとはファントフォーゼ領内でのみ採れる珍しい赤い果物で、適度な甘みと酸味があり、子供から大人まで人気が高い。
リーゴ飴とはそれを加工したお菓子であり、聖誕祭の定番として、それなりに有名であった。
……と、リーゴ飴についての基礎知識を思い出したところで、エリスは自分の身体に僅かな変調が生じたことに気が付いた。
――なんじゃ?
胸の奥の方で、きゅっと苦しい感覚がある。
再びリーゴ飴に関する引き出しを漁ってみるが、直近では特に思い当たることはなかった。
――すると、まだ小さい時の記憶か?ちっ、人間として生きてきた記憶など、今のわらわにとっては百害あって一利無しじゃな。
「そんなお菓子なぞ、自分で作れば良いではないか」
「で、でも、なんだかすごく美味しいとかで……作るにしても、一回食べてみないと……」
「……なんじゃと?」
魔王エリスは、基本的に胃袋と脳みそが最短距離で繋がっている。
すごく美味しい、という言葉に、エリスの耳がぴくっと反応した。
のっそりとテーブルから体を起こし、リィの顔を覗き込む。
「……そんなに美味しいのか」
「最近街で出来たお友達が、大陸一美味しいって言ってました!」
「……ほほう。大陸一、のう」
徐々に前のめりになっていく少女を見たシェリルに、商人の直感が今が攻め時だと告げる。
「聖誕祭では、もう三十年以上もリーゴ飴を作り続けている名人も店を出すらしいわねー。さぞかし美味しいんでしょうねー」
……じーっとこちらを窺い始めた視線に、シェリルは強い手応えを感じてガッツポーズする。
なにか最後のダメ押しとなるものは……!と、思案し始めたところで、先程じいやが持ってきた茶色い封筒がシェリルの目に留まった。
「あれ?何か書いてあるわ……『聖誕祭クーポン在中』……クーポンですって!?」
「なんじゃ?クーポンとは??」
「クーポン知らないんですか!これだから貴族のお嬢様は!!お金で苦労してない!お金の大切さが分かってない!」
「大商人の娘のお主だってお金で苦労はしておらんじゃろうが」
「商人はお金の大切さが一番分かってる職業ですよ!!……えっと、そうそう。クーポンというのは、無料だったり割引だったりで物が手に入る、特別なチケットのことですよ!……わぁ、いっぱい入ってる!これならお祭りで、節約しつつ豪遊できます!!」
他人の郵便物の中身を勝手に見て大喜びするシェリル。
「さあ!行きましょう!絶対行きましょう!クーポンあるのに行かないなんて、罪だ!神への冒涜だ!!」
「わわわわわ、わかった!わかったからゆするでない!!」
……貴族であるエリスに、クーポンは別にダメ押しにはならないのだったが、目の色を変えたシェリルに強引に押し切られる形で、エリスの聖誕祭参加が決定した。
◆◆◆
そして、三日後。
「帰る」
馬車から降りるや否や目に飛び込んできたあまりに膨大な人間の数に、エリスはくるりと踵を返した。
その首根っこがガシッと掴まれる。
「着いたばかりで何言ってるんですか!ほら、会場の地図見て!クーポンはいっぱいあるんだから、最短距離で行かないと全部回れませんよ!」
「ぐう!離すのじゃ!想像より遥かに人がいるではないか!!帰る、帰るのじゃあ!」
「聖誕祭ですよ?あったりまえじゃないですか。領内どころか、国中から人が集まってますよ!隣国のアルバハ聖王国からも沢山来てるんじゃないですか?さあさあ、行きますよー!」
ズリズリとエリスを引きずりながら街中へと入っていくシェリル。
「……シェリル殿。あまりお嬢様を乱暴に扱わないでもらえるか」
「あら?なにやってるのコウガさん。あなたは人混みをかき分ける係でしょ?ほら、ぐいぐいやっちゃって!!」
「いや、あの……」
「諦めな。テンション最高潮の時のシェリルさんは誰にも止められないぜ」
「私と駆け落ちした時もあんな感じでしたねぇ」
「駆け落ちと一緒ですか?……お祭りってすごいです」
(シェリルに引き摺られる)エリスに付き従うは、コウガ、オリヴィス、ウィスカー、リィ。
他、かなり遠巻きながら、ファントフォーゼ侯爵家の私設騎士団からなるエリス親衛隊と、元執行者からなる神殿騎士団が周りを固める。
かなりの大所帯である。
元は教会による神事だったとは言え、今は大衆の娯楽イベントである。
為政者が大勢引き連れて現れるなど、周りを悪戯に緊張させるだけで通常は歓迎されないものであるが……。
ここの民衆たちにとっては、それはどうやら違うようだった。
「おい、見ろ!エリスお嬢様がおこしになったぞ!」
「お嬢様!ようこそおいで下さいました!」
「わー!エリスお嬢様だー!」
「楽しんでいってください!」
エリスに気付いた民衆が、歓声で迎える。
その様子に、シェリルが感心しながら呟いた。
「さすがお嬢様ねぇ。こんなに好かれた領主様なんて、見たことないわー」
「……わらわは領主ではない」
「あは、何言ってるんですか。侯爵様不在のここ半年ほどで、不毛の地なんて言われてたこの地をこんなに活気付けたのは、紛れもなくお嬢様の功績ですよ」
――全く意図してないのじゃー!
人間の、特に負の気持ちを感じ取ることができるエリスには、周りの民衆になんら裏の感情がないことが分かる。
エリスの到来を心から喜んでいることが理解できるのだ。
それが、エリスにはなんとも居た堪れなかった。
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