第19話 阿摩羅
これでもかと言うほどに、間断なく降り注いでいた無数の稲妻が止んで見ると、そこには、無傷の魔王が、羽を納めて悠然と立っていた。
「やはり、百龍雷破をもってしても通用せぬか……」
ライカが力なく呟いた。
「もう、魔王を倒す武器はありません……」
いつの間にか傍に来ていた神一郎も、肩を落とし、無念の表情を浮かべた。
二人の間に、長い沈黙が流れた。
並んで空中に浮いていたライカが、不意に神一郎を引き寄せて、柔らかな唇を合わせて来た。
「えっ?」
一瞬驚いた神一郎だったが、ライカの熱いものが彼の中に流れ込むと、萎えていた心に力が漲るのを覚えた。
「ライカ様!」
神一郎は、ライカをギュッと抱き返した。
『何の真似だ?……』
目を閉じ、抱き合って口付けする二人を、魔王が忌々しそうに見ている。
「忘れたのか神一郎、魔王といえど阿摩羅の力には敵わないのだ。阿摩羅を、いや、自分の中の力を信じようではないか。そして、私の為に、風の里の民の為に龍笛を吹いてくれ、さすれば阿摩羅も応えてくれよう!」
「承知、心を込めて!」
「刀を私に」
ライカが神一郎の刀を受け取ると、二人して魔王に向き直った。
「神一郎、私は自分の力を信じる!」
ライカが、声高に言った。
「はい、私も自分の力を信じます!」
神一郎も、それに呼応する。そして、
「阿摩羅の力を信じ、魔王を倒す!!」
二人同時に叫んだ。
彼らは、自分達の不動の心を魔王に宣言したのだ。
神一郎は、腰に差してあった龍笛を抜き取り、唇に当てた。
「ピィ―――――――ッ!!」
神一郎の力強い笛の音が魔界に響き渡ると、二人に止めを刺そうとしていた魔王の動きがピタリと止まった。神一郎の龍笛の音は、魔王の一番嫌いな音で、魔力を奪う破魔の力があるのだ。
『何だこの音は! 止めろ! ウウッ、止めろと言っておる!!』
魔王が、耳を塞いで苦しみ始めた。
一方、ライカは、神一郎の龍笛を聞いて歓喜していた。神一郎のライカへの思いが、龍笛の調べとなって心に沁み込むと、無敵の阿摩羅の力が彼女の五体に湧き上がって来たのだ。
ライカにとって神一郎の龍笛は、阿摩羅の力を引き出す引き金でもあったのである。
二人は風に乗ると、ライカは刀を構え、神一郎は龍笛を吹きながら、山のような魔王目掛けて突き進んでいった。
『ウウッ、止めんか!!』
笛の音に耐えられなくなった魔王が、地団太を踏みながらも、衝撃波を撃とうと巨大な羽を広げた。口からは炎が漏れ出ていて、超火炎放射も同時に放つ気だ。
途轍もない何かが起きる予兆のような、聴き慣れない雷鳴が天上に轟き、神一郎の龍笛の音が、それに負けじとライカの心に鳴り響く中、彼女が剣を上段に振りかぶると、稲妻が纏わりついて、天と剣を繋いだ。
そして、魔王が苦し紛れに、衝撃波と火炎放射を放とうとした瞬間。
「天魔伏滅!!!」
ライカが剣を振り下ろすと、百龍雷破の稲妻を一つにしたような途轍もない稲妻が、魔王の頭のてっぺんから足のつま先までを一気に貫き、真半分に切り裂いた。
『グガッ!!』
高速で動いていた巨大な羽は折れて吹き飛び、吐こうとしていた火炎放射は、腹から吹き出て自らの身体を焼いた。
魔王は、音を立てて大地に膝をついて項垂れ、ライカ達に忠誠を誓う格好で炎に包まれ、崩壊していった。
やがて、燃え尽きた魔王の身体は、塵となって崩れ去った。神一郎の破魔の笛で力を失っていた魔王は、自身を再生する事が出来なかったのだ。
「ライカ様、終に魔王を倒しましたね! 今の技は何なんです?」
「“雷王破”とでも言おうか。百龍雷破の全ての稲妻を一つに凝縮した技だ」
また新たな技を繰り出したライカに、神一郎が笑顔を送った次の瞬間、
二人は、心の最下層にある阿摩羅を覆う硬い岩盤の上に立っていた。
その岩盤がひび割れ、音を立てて砕け散ると、黄金の光が吹き上がった。
「おお!」
二人は思わず声を上げた。
そこには、夢にまで見た阿摩羅の世界があった。
ライカと神一郎が、阿摩羅の世界の黄金の光に包まれると、身体中に力が漲り、頭は冴え渡るのを感じた。そして、全ての力と知恵が自分の中にある事を感得出来た。
「素晴らしい! 何という力……。心までも浄化されてゆく……」
二人は、阿摩羅の本流に触れて、思わず跪いていた。
「ライカ、神一郎、よくぞ参った!」
何とも言えぬ暖かで力強い声のする方を見ると、そこには、黄金に輝く一人の僧が立っていた。
「貴方は!」
ライカが尋ねた。
「この世界の主じゃ」
「阿摩羅様?」
「そう呼ばれることもある。良いか、第六天の魔王は、一人一人の心の中に居る。魔王との闘いは永遠に続くのじゃ、心せよ。二人して我が力を世の為に使うのじゃ。仲良く生きよ!」
「仰せのままに!」
ライカと神一郎がひれ伏して誓いを立てた刹那、二人は現実世界に戻っていた。
「ライカ様!」
「神一郎!」
目覚めると、大刃と氷馬が二人の顔を覗き込んでいた。起き上がった二人が、神龍斎に報告した。
「第六天の魔王を倒し、阿摩羅様にお会いして来ました!」
「アマラ?」
心の中の話が分からない大刃と氷馬が、怪訝な顔で聞き返す。
「この世界を創り、動かしている実在で、私達の力の源だよ」
「……」
神一郎が説明するが、いまいち二人には分からない。
「よくやった。奥義の方はどうだ?」
「試すまでもありません。既に完成しました!」
ライカが凛として答えた。
「おお、そうか。では、風の里に帰れるな!」
「直ぐにでも」
神龍斎達は、更に逞しくなって戻って来た二人を、頼もし気に見た。
次の朝、五人は旅支度をして風魔千太郎の館を訪ね、丁重な礼を述べた。
「神一郎、ライカ様、お元気で!」
「また遊びに来てくれ!」
千太郎、小次郎、風夜叉、おばばと名残を惜しんだ彼らは、億太郎と若者達が、泣きながら千切れんばかりに手を振る姿を何度も振り返りながら、紀州へと帰って行った。
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