第8話 幻馬の奇襲

 ライカが、心の中から現実世界へ戻ろうとしていたその時、深夜にもかかわらず、外で騒がしい声がした。

「こんな時に何事だ。神一郎殿、見て来てくれぬか」 

 天眼に言われて神一郎が外へ出てみると、何者かと戦っている風夜叉の姿が満月に照らし出されていた。

「風夜叉殿、どうされた!」

「神一郎様、賊に里が襲撃されています。ご助成ください!」

「承知!」

 言うなり、神一郎の手から数発の風破が炸裂すると、風夜叉を襲っていた男達は悲鳴を上げて弾け飛んだ。

「敵の数は? 千太郎様は?」

「敵の数は分かりませぬ。父は留守をしていて、戦える者は億太郎たち数人の若者しかいないのです」   

「館に行ってみましょう」

 二人は、風に乗って風魔の館へと急いだ。


 館では、億太郎が奮闘していたが、多勢に無勢で敵に囲まれてしまっていた。神一郎と風夜叉は、その囲みを破って億太郎達と合流した。

「神一郎か!」

「彼らは何者なんだ」

「分からん。父上の留守を狙って、問答無用で襲って来たのだ」

 二人が話している間にも、盗賊達が、じわじわと神一郎達に迫って来ていた。

「お前達は何者だ、名を名乗れ!」

 神一郎が、盗賊達を睨みつけると、その中の一人が進み出た。月光に照らされたその顔には深い刀傷があった。

「儂は、六幻党の幻馬じゃ。儂を裏切り、このような傷を付けた風魔千太郎への恨みを晴らしに来たのだ。小僧、邪魔をするならお前も容赦はせぬぞ!」

「私は、風神一郎。風魔には恩義がある故、助太刀いたす。いざ!」

「よかろう、お前諸共皆殺しにしてくれるわ。それ!」

 幻馬の手下二十人程が、一斉に刀を翳して神一郎達に突進して来た。神一郎が右手を翳して、次々と彼らに風破を放つと、先頭の五人が大きく弾き飛ばされ、後方の仲間達を巻き込んで将棋倒しになった。

 起き上がろうとしたところを、億太郎の八方手裏剣が彼らを薙ぎ倒し、怯んだところを、勢いづいた風魔の若者たちが刀や槍で斬りかかった。

 四半時ほどの敵味方入り乱れての戦闘で、幻馬の手下は粗方片付いていた。


「こしゃくな!」

 怒った幻馬が、持っていた杖を大地に「ズン!」と突き立てた。神一郎が、何か違和感を感じた瞬間、人とも獣とも付かぬ異形の化け物達が、次々と大地を割って現れ出たのだ。

「何!?」

 神一郎と億太郎は、反射的に刀を抜いて化け物を斬り払った。斬られた化け物は、煙のようにフッと消えたが、次の瞬間、再び元通りに再生して襲って来る。

「こいつら不死身なのか!?」

「億太郎、これは幻馬の妖術だ。惑わされるな!」

 そう言うと、神一郎は、無防備に化け物の振り下ろす刀の前に立った。果たして、刀は空気のように彼の身体をすり抜け、傷を負う事は無かった。

 神一郎が億太郎を振り返り、ニヤリと笑った瞬間、

「神一郎様、危ない!!」

 風夜叉が、悲痛な声と共に、神一郎の背中に抱き着いた。

「ああっ!」

 風夜叉の口から呻き声が漏れて、その後ろに、獣の仮面をかぶった幻馬が、彼女の背中に刀を突き立てていた。

「風夜叉様!!」

 神一郎は、左手で彼女を抱きしめながら、幻馬の腹をしたたか蹴った。蹴り倒され、ゴロゴロと転げて起き上がろうとした幻馬に向かって、怒りに狂う神一郎の右手の刀が振り抜かれた。

 凄まじい風が幻馬を襲うと、悲鳴と共に彼の頭から血飛沫が吹き上がり、そのまま地面に顔面を叩きつけた。

 幻馬の頭には、斧で割られたような深い傷が刻まれていた。神一郎の風の技、風牙が命中したのだ。幻馬は既に絶命していた。


「姉上――ッ!!」

 億太郎が、風夜叉に泣きすがる。

「億太郎、薬師はおらぬのか!」

「風読みのお婆が居る。そこへ連れて行こう」

 神一郎が、風夜叉を抱き上げ屋敷を出た所で、偶然にもライカを抱いた天眼に出会った。

「天眼様、どうしたのです!」

「ライカ殿が、戻れなくなったのじゃ。其方の助けが必要だ!」

「分かりました。こちらも、風夜叉殿が深手を負って、薬師の所へ連れて行くところです。一緒に参りましょう」

「相分かった、急ごう」

 三人は、急ぎ足で、お婆の家に向かった。


「これは酷い……」 

 風夜叉の傷を見たお婆の顔が一瞬曇った。

「着物を脱がせて、うつ伏せにするのじゃ」

 神一郎と、億太郎が顔を見合わせて躊躇していると、お婆の一喝が飛んだ。

「たわけ! 命が危ういと言う時に、恥ずかしがっている場合か!」

 二人は、あわてて風夜叉の着物を脱がせ、うつ伏せに寝かせた。

「そちらの娘も怪我をしておるのか?」

「いや、この娘は気をうしなっておるだけだ。隣の部屋で治療をしたいのだがよろしいか」

 天眼は、本当のことを説明している時間が疎ましく、適当な事を言って誤魔化すしかなかった。

 お婆は、包帯の天眼を訝しげに見たが、「好きにせい」と、風夜叉の傷の手当てに取り掛かった。

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