五龍戦記

安田 けいじ

第1話 風の里

  時は戦国時代。織田信長が、天下を目指して諸国の強豪と戦っていた頃の事である。

 紀州の人里離れた山奥に、風の里という小さな村落があった。その里には、凄まじい技を使う忍者達が住んでいた。


 彼ら風一族には、雷を使う稲妻白龍斎、火を使う火王炎龍斎、土を使う土鬼黄龍斎、水を使う水神幻龍斎、風を使う風神龍斎の五人の統領が居て、水の龍、火の龍、土の龍などの龍の技を使うことから、五龍と呼ばれていた。

 忍者の数は約百名、一族合わせて三百人ほどの小さな里である。彼らの多くは、木こりや炭焼き、狩猟、農耕などで細々と暮らしていた。


 一族の宗家は、稲妻白龍斎が四代目となって、この地の統治者である雑賀衆の仕事等を受けてはいたが、彼らがその技を使う事は無かった。

 それは、技を編み出した初代宗家の遺言であったからだ。故に、風の一族の技は秘密裏に受け継がれてはいたが、今迄世に出る事は無かったのである。


 戦国の世となった今、五家の頭の中には、風一族の技を使わないのは宝の持ち腐れであり、織田や武田などの大名に仕えて、天下にその名を轟かすべきだと主張する者も出て来たが、宗家の白龍斎は、それには応じなかった。

 それは「風一族の真の力を天下に晒せば、天下人にとっては大きな脅威と映り、返って一族が滅ぼされる可能性がある」という初代の遺言を、頑なに守ろうとしていたからだった。

 

 春が来て新芽は萌え、あちこちから鶯の声が聞こえている。

 里人の顔も晴れやかで、それぞれの仕事に精を出していて、子供たちは歓声をあげ野原を掛けていた。

 風の里に、平和で穏やかな時が流れていた。


 だが、その里に、不吉な影が忍び寄ろうとしている事に、誰も気づいてはいなかった。



 風一族の宗家である稲妻白龍斎が、雑賀衆の館へ泊りがけで出掛けていた、ある夜の事である。皆が寝静まった稲妻家の館の中を、五人の黒い影が窺っていた。


 館には、白龍斎の妻の雪と娘の雷華(ライカ)が同じ部屋で眠っていて、数人の郎党が一人づつ交替で、館の外の見回りをしていた。


 黒装束を身に纏った盗賊達は、家の郎党の見張りの間隙を縫って、裏の塀を飛び越えて庭に入り、床下から館の中へと侵入した。

 賊たちは、母娘の眠る部屋に入ると、痺れ薬を染み込ませた布を、彼女達の顔に押し当てた。

 賊の侵入に気付いた母娘だったが、痺れ薬が効いてくると身体の自由は奪われ、声を出す事さえ出来なかった。

 彼らは、彼女達の着物を剥ぎ取り、次々と欲求を満たしていった。

 ライカは、自分の身の上に起こっている事を、裸にされ犯される母の姿を見て悟った。怒りに震える目から涙だけがこぼれ落ちた。


 ライカは、まだ、あどけなさが残る十五歳の少女だった。

 母娘は死を覚悟したが、盗賊達は事が終わると、そのまま何も盗らずに去っていった。


 次の日の昼前に、宗家の白龍斎が館に戻ると、白い死に装束に身を包んだ雪が、まるで亡霊のように、玄関の土間に土下座して迎えていた。


「……何があったのだ?」


 白龍斎の声が低く震えた。


「昨夜、屋敷に賊が入り、……私とライカが辱めを受けました。申し訳ございませぬ!」

「何だと!」

 白龍斎の顔から、血の気がサッと引いた。


「喉を掻き切って果てる覚悟は出来ていますが、宗家に事情を話してからと待っておりました」

「何という事だ……。それでライカは?」

「放心状態となって床に臥せっております。あの子も連れて参ります故、お許し願いとうございます!」

 雪は涙を堪えながら、額を土間に擦り付けた。


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