第2-1話 ドレス? 武器を隠すのにちょうどいいけど

あれからもう二週間が経つわ。

でも父様は一度も来ては下さらない……まぁいいけどね、今更だし。

娘をトカゲに嫁がせる位なんですもの、愛情なんて初めからなかったのよ、望む方が莫迦ってことね。


そういえば、あれから気になって王室の図鑑を侍女に持って来てもらったの。

勿論魔族がどんな奴らなのかをこっそりと調べるため。

そしたらやっぱり私の予想は当たってたわ。


魔族の説明は前にした通りだったんだけど、問題は挿絵よ。

……見事にトカゲ……だったわ!

ヤモリみたいな小さな生物なんかじゃなくて、人型の……頭だけ皮膚が緑色をした大トカゲ!


それを見た私の感想ですって?

感想なんてあるわけないじゃない、その場で倒れたわよっ!


それからというもの湯浴みの時間には今までにないほど磨かれたわ。

香油なんかもたっぷりと擦り込まれてね。

ハニーブロンドのちょっと癖のある髪にも花の香りがするオイルを沢山塗られた。


私、花嫁なんかじゃなくって食用として献上されるんじゃないかって不安になってきたわよ。


でもそれも違ったみたい。


だって今日、婚礼用の衣裳が送られてきたから。

真っ白なドレスには贅沢なレースが沢山使ってあって眩しかったわ。

なんだ、結構いい趣味してるのね、魔族って。


べ……別にドレスが嬉しかったんじゃないわよ?

ただ食用じゃなかったことに安心しただけ。

こんなに裾の長いウェディングドレス?

武器を隠すのには丁度いいけど……裾を踏まないように気をつけなくちゃ。


ちょっと嬉しそうな顔をした私を見て、侍女達は安心したような顔になったわ。

アルヴィアだけは複雑な顔をしてたけどね。


婚礼が決まってからはアルヴィア以外、私のことを腫れ物を触るみたいに接してくるの。

それは今までもそうだったんだけど、最近は特に酷いわね。

顔も見ようとはしないもの。


私に嫌だと泣いて騒がれると困るからじゃない?

今もドレスだけ置くと、そそくさと出て行ったわ。

でもそのおかげであの作戦は成功してるわよ。


何のですって?


ほらあのこっそりとナイフを手に入れる作戦よ。

慌てて出て行くもんだから、ナイフが一本くらいなくなってても気付きもしないわ。

今はまだフルーツナイフだけだから不安だけど、今度はもっと刃切れのいい肉用のナイフにチャレンジしてみるつもり。


本当は短剣なんかが良いんだけど、流石にアルヴィアの目は誤魔化せなかったわ。

この前なんて危うく気付かれそうになったしね。


そうそう剣術といえば、婚礼が決まってからは接近戦を習ってるのよ。

だって小さなナイフじゃ今までみたいな長剣の練習だけだと不安じゃない?

長剣はずっと習ってきたから、今度は接近戦用の急所を狙えるものに変えたの。


あと体術もね。今までの練習に飽きたと言ったら、すぐに変更してくれたわ。


今日からは武器用のベルトを作るつもり。

まさかウェディングドレスにナイフを持ったままじゃ式には臨めないでしょ?

だから体に直接固定できるベルトを作るの。

裁縫は得意だから安心して。自分の身が賭かってるんだもの、真剣にやるわ。


さぁ、あと二週間。私の作戦が成功することを祈っててね!




アルヴィアは塔の下部にある私室で重い溜息をついていた。

婚礼が決まってからというもの、リーナ姫の泣き顔が頭から離れない。

いつも気丈に自分の立場を弁えられてきた、その姫様が子供のように声を出して泣かれたのだ。


剣の練習項目の変更には内心驚いたが、それも仕方のないことだと、あえて何も言わなかった。

姫様には守ってくれる味方が自分以外、誰一人としていないのだ。

少しばかりの抵抗にしかならない案かも知れないが、それでも断ることは出来なかった。


しかし置いてある短剣を見詰めながら、じっと動かない姿を見た時には焦ってしまった。

すぐに声を掛けたが、振り返った表情は引きつっており、尋常ではなかった。


「……あまり思い詰められなければ良いが……」

そうぽつりと漏らしたアルヴィアの低い声は、塔の冷たい石壁に静かに吸い込まれていった……。




あれから二週間。とうとうこの日がやって来てしまった。


その日は朝から快晴だったわ。寝不足気味の私の心情とは裏腹にね。

だって例のベルトを作るのに、ここ最近徹夜してたんだもの。


日中に人目を忍んで集中できるわけでもなくて、皆が寝静まった真夜中に起き出して、朝日が昇るまで頑張ったわ。


革って思った以上に固くって、中々作業が捗らなかったの。だから連日徹夜になってたわ。

だけどそれも今日までね。


本日、朝早くから慌ただしいお城の中は、私の婚礼準備を行うため。


でもそれもあと少し。

だって式はこのお城で執り行われるんじゃないんだもの。

一般的に嫁ぎ先で式が催されるのは知ってるわ。

でも皆魔国に行くのを恐ろしがって、同行する侍女はアルヴィアだけになってた。


父であるエルネスタ国王も、この式には参加しない。

公務が忙しいからだっていうけど、一応は娘なんだから形だけでも婚礼にくらい来ればいいのにね。

そこまで愛情がないってわけか。


でも今さら寂しくなんてないわよ。

だって忌み嫌われてる私がこの城から出て行くのを、皆が今か今かと迎えを待ち望んでいるんだもの。


「姫様、お元気で!」

なんて言葉、嬉しそうに言わないでよ。


私が不機嫌になっていると、

東の空に黒い点が現れたわ。

お城のてっぺんで待ってるんだもの、嫌でもお迎えが来たことくらい分かるわよ。


でもあの黒い点は何?

迎えが来るのをお城の屋上で待てってのもおかしな話だし、これが魔族流なのかしら?


そうぼんやりと思っている内に黒い点が一つじゃないことが分かった。

しかもその点って……竜じゃない!?


初めて見る伝説の竜に皆慌てふためき、お城の中へと隠れてしまった。

私もそうしたかったけど、まさか花嫁が逃げるわけにもいかず、震える足でどうにか踏ん張ったわ。


段々と近付いてくる竜は、濃い緑色をしていて想像以上に大きかったわ。

周りに突風が吹き、その存在が近いことを教えてくれる。


バサリ……バサリ……風と共に聞こえて来る羽音は今までに聞いたこともないくらい大きく、その度にドレスの裾を捲った。

隠している武器が見えないようにそれを押さえながら、私は辛抱強く待ったわ。


目前にまで来た一番大きな竜は視界いっぱいに広がり、まるで空に浮かぶ気球みたい。

その足元には馬車の荷台のような小部屋が括り付けられていて、人が乗れるような感じになっていた。

でもこれって……。


「姫様……お迎えに上がりました……」

その扉が開いて、中から目だけ出した覆面を被った人が出てきた。

その瞳はくすんだ金色っぽい色をしていて、猫みたいに細い瞳孔をしてる。

やっぱり人間じゃないんだわ!


でも私が震えたのはそんな事じゃなかった。

「どうぞこちらへ……」

そう言って招かれた先にあるのはあの宙吊りの小部屋……不安が的中したわ。

初めて見る竜の……あんな小さな小部屋に入れ……ですって!?


「姫様! どうかお幸せに!」

私が戸惑っていると誰かが城の中からそう叫んだ。

この状況でどう幸せになれって言うのよっ!?

でもあなた達も私には早く出て行ってもらいたいんだろうし、そう言うのも分かるけどね。


この国に未練があるわけじゃないんだし、厄介者の私の行く場所なんて、もう魔国しかないのね。


私は歯を食いしばると、震える手を迎えに来た人物に預けた。

そこには厚手な牛革の手袋がしてあり、トカゲのような皮膚感がなかったのだけが救いだったわ。


バサリ……後からアルヴィアを乗せて、竜はゆっくりと上昇した。

急に掛かった重力に胸が押し潰されそうになる。


空を飛ぶことなんて初めてな私に、アルヴィアが心配そうに声を掛けてくれた。

「……大丈夫よ、ちょっと驚いただけだから……」

心配を掛けないように無理矢理に笑う。

顔色が優れないのは、徹夜明けで疲れてる今はちょっと見逃して欲しい。


「……姫様」

そう声を掛けてきた魔族の視線に促されて、私も小部屋の外へと視線を移した。

(……!)

ごめん、声にならなかったわ。

その光景があまりにも美しすぎて……。


高速で流れる視界に映った雄大なる自然は、母様の好きだった朝日に輝く美しい緑。

キラキラ光っているのは多分湖ね。

こんなに小さかったのかしら? 

塔から見る風景とは違い、遥か上空から見詰めるそれは、涙が出るくらいに美しかった。


「……っ」

思わず本当に涙が出てしまったわ。

今さらだけどやっぱり私、この国が好きだったみたい。

母様が愛した自然も、美しい空気も、今になってとても好きだったんだと実感できる。


「……姫様……」

いけない、アルヴィアが心配しているわ。

「ううん、大丈夫。ちょっと欠伸しただけだから……」

アルヴィアの溜息が聞こえたわ。

誤魔化し切れないのは分かってるけど、今更寂しいなんて言えないじゃない?


「さ、姫様。加速しますので窓をお閉めいたします」

魔族はそう言って小さなガラス窓を閉めた。その途端に今度は前方からの加重。

また胸が苦しくなったけど、それはこの国と別れを惜しむ気持ちを紛らわせてくれる、丁度いい痛みだった……。


遥か上空に舞い上がっていく飛竜。

その姿を城内の私室から見詰める年老いた瞳。

苦悩を続けたであろう、疲れきったその灰色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「……姫様は発たれました。火急の知らせが御座いますのでお急ぎを……」

その声に振り向いた年老いた人物はエルネスタ国王である。

その顔は厳しく、最早一人の父親の顔をしてはいなかった……。

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