卵と孵化
睦月 龍
第1話 最悪な猫人間
『真弥、別れよう。』
4月のある小雨が降っている夜中に、彼氏の遼からラインがきた。最初、何かの冗談だと思った。私は、『またまた~、いつもの不機嫌の延長でしょ。』と返した。
だが、本当らしかった。理由は、『ごめん、他に好きな人が出来た。』
という理由らしい。最初何か暗号かなと思ったほど、驚き、私の解読処理能力を超えていた。
『スキナヒトガデキタ』
その言葉が頭を駆け巡る。私はようやく理解できた。
『あぁ、そういうことね。元気でね。さよなら』
ここで、すがったら私はなんて重い女だろうと思われるかもしれないので、あっさりと別れを告げた。
『さよなら』
と、遼は返してきた。ラインを閉じて、携帯を布団の上に叩きつけた。そして、堰を切った様に泣いたのだった。
翌日ー。
「おはよ。」
声は泣き疲れてガラガラだった。私の父親が洗面所で顔を洗っている時、タオルを取って顔を拭こうとしたときに、私の姿が鏡に映り、「わ!」と叫んだ。
「どうした、真弥。ひっで顔しったで。なんしたん?」
父親は、ニヤニヤしながら聞いてきた。私はふん、と鼻をぐずらせてヤケになりながら、「フラレたの。」と言った。
「遼君げ?最近見でねーど思ったら、そういうことげ?」
バリバリの新潟弁で話してきたので、何だか力なく笑ってしまった。父親は、「まあ、仕事はしっかりせーや」、と言ってリビングに消えて行った。私は、顔を洗い鏡を恐る恐る見た。目は腫れぼったく、顔は浮腫んでいた。せっかくの切れ長の目がただの一重お岩さんになっている。あ、お岩さんを知らない人はググってね。
思わず「ぎゃーっ!!」と叫んでしまった。
「どうしたの、真弥!?」
母親が、慌ててキッチンから出てきた。って、何でフライ返し持っとんねん!母は、目を丸くしてとんできた。
「何でもない。」
ガラガラ声のガラガラドンだ。昔、絵本で見た。山羊とガラガラドンという化け物の話。まさに、それがぴったりだろう。
うちは、核家族で、猫二匹に家族三人で集合住宅地に住んでいる。私の職場は、坂上町って所にあり、小さな病院で給食課という所で事務をしている。給食課に所属して二年目。仕事も一年目より慣れてきて、ミスが目立つ様になった。今は、それが悩み。伝票の入力ミスや、材料の発注ミスが重なり、課長から毎日の様に指導が入る。気が滅入る。辞めたくなる。
そんな、春の桜の芽が息吹く頃、私は出会った。人間とも言えない、猫とも言えない、意地悪な猫人間に。
それは、今日も今日とて課長や主任から指導を受けて帰ってきた日だった。その日、いつもは立ち寄らない「八古町神社」にふと、立ちどまった。正直、お参りしたからって、何ら変わらない気もするだろうけど。
「お前、今叶わないと思ったな。」
お参りが終わって帰ろうと思った瞬間だった。そこには、一匹のヨモギ色の猫が境内に毛繕いをしていただけだった。けれど、突風が吹いて猫は居なくなり代わりに青い紋付き袴を履いた青年が私を見下ろしていた。
卵と孵化 睦月 龍 @reira117
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