不安な道化師

夢病マッキー

【完結】一瞬の出来事、一生の記憶

僕はどこにでもいる陰気な中学生。


でもそんな僕にとある出来事が起きた。


それは後輩からの告白だ。


そんな経験が一切ない僕は告白されたという事実に舞い上がっていた。


しかし、結果は振った。ショートカットで背が低く、顔立ちのスッキリした中学2年生、僕の一個下の子だった。


なぜ振ったか。それはそこまで好みのタイプじゃないからだ。


たしかに客観的に見たら可愛い部類に入るだろう。


でも、僕のタイプとはかけ離れていた。可愛いのジャンルが違いすぎた。だから僕はそこまで悩むことなく振ることができた。


しかも僕には同級生に好きな女の子がいたし、告白されたという事実が僕に自信を持たせてくれて、この先もまだチャンスがあると思ったからだ。


ちなみにそれを友達に言ったら、その子結構なマドンナらしくて、帰宅部であんまり喋らない僕が告白されたのは奇跡だったんだろう。


でも、振った。僕の意思は強かった。だって好きな子がいるし。この先、いくらでもそういう機会があると余裕ぶっていた。


それから10年が経った。


驚くべきことに大学を卒業するまで一度もそんな経験をしなかった。


側から見たらそれは当然なのだろう。


それは鏡を見たらすぐにわかることだ。


その頃の僕はセックスがしたくてたまらなかった。


でも、変なプライドで風俗で童貞を捨てることはしたくなかった。


そもそも風俗は1回に含まないとも言うが...。


しかしまだ諦めていない。まだ20代で、大学でもそれなりに成績も良く、運動もできる。


ただ人と話すのが少し苦手な一般男性だ。


僕は今からでも時代の寵児に成り上がれると思っていた。


そしてさらに10年後。


30代半ばとなったが依然童貞である。


ああ童貞だ。紛れもなく、真正面から童貞だ。


中小企業の正社員となった僕は、月2、30万の給料でごく普通の生活をしていた。


正直、大学生の頃思い描いていた人物像とは似ても似つかないが、こんなもんだろうと、自己完結させ、だらだら生きていた。


そして当然この歳になってもオナニー三昧で女性との関係は皆無だった。


しかしそこでビッグチャンスが訪れる。


最近新入社員にとてつもなく可愛い子が入ってきた。


嬉しいことにその子は僕の部署に入ることになった。


先輩として色々教えている最中にもしかして僕に気があるのか?という思わせぶりな態度を感じた。


でもそれは、モテない劣等感からくる自意識過剰だったのだ。


なぜそう分かったかというと、その子は同僚のチャラついた男とよく飲んでおり、ある日昼食で同じ店の隣の席にその2人が来たことがあった。


僕は聞き耳を立て、気づかれないように話を盗み聞く。


なんとその2人は、僕の悪口を言っていたのだ。


教えが悪いだの、無能だの、学生時代絶対インキャだっただの、デブだの、さまざまな言葉で僕を形容していた。


2人は容赦なく僕を誹謗している。


まさか真後ろに僕が醜い姿で聞き耳を立てているとも知らずに...。


そしてその日から僕は決心した。


絶対に痩せて、陰気くさい見た目を変え、あの子に惚れられる。


正直デブは自分でも気にしていたから結構傷は深かった。


とりあえず僕はこの脂肪が溜まりに溜まったたぷんたぷんのお腹を凹ますためダイエットを始める。


しかし、急な意気込みからか、過度なダイエットをしようとしすぎるあまり、食事制限をしても続かず、ランニングをしても続かなかった。


これじゃいけないと思い、僕は方針を変えた。


どれだけ少量でも良いからとにかく続けさせようと。


1日1キロ、いや500メートル、いや100メートル。ほんとにごく僅かでも良いから続けさせようとした。


食事も毎日、10kcalずつ食べる量を減らした。


最終的には1日1食になっていた。


そしてそれを続けて僕はようやく30キロ減らすことができ、すっかりスリムな体型になっていた。



しかし、結局恋は実らなかった。



だって20年かかったんだから。


もう僕は50代後半になり頭部も肌色が目立つようになってきた。


頭部とは対称に、身体中はけむくじゃらだった。肌もカサカサでシミだらけ。


そう、僕は痩せれば良いと思っていた。


贔屓目に見ても僕の見た目はモテない男の見た目だ。


それも、典型的なね。


しかもあの子はもう結婚している。相手は同僚のチャラい男。


心の底から悔しかった。


男への嫌悪は太っていた時の僕くらい重くあったが、あの子を嫌うことは僕にはできなかった。


そんな現状に嘆き、僕は暴飲暴食の日々に戻った。


そして結局リバウンドし、元の体型にそっくりそのまま戻っていた。


50歳でデブでハゲで毛が濃くて肌が汚くて童貞の僕を好きになる人なんているのだろうか。



もちろんいなかった。



僕はこの歳になっても性欲は尽きることなく、毎日毎日オナニーをしていた。


そして還暦を迎え、年金生活を送ることとなった。


若い頃からお金はあまり使っていなかったので貯金はある。


無駄に広い家が僕の孤独感をより一層増すことになった。




広い部屋の中僕は1人ぽつんと立っていた。


僕の目の前には縄がある。




よし、死のう。




そう決心した僕は台に登る。


そして首に縄をかけ、そのまま落ちた。


死、直前走馬灯のようなものが見えた。


1番初めに脳裏に映ったのは中学時代、

僕に告白をした女の子だ。


もちろん、片時も忘れることのなかった一瞬の青春。


僕が経験した唯一の甘酸っぱい時間。


なんだ、よく見ると可愛いじゃないか。


おそらく僕はその時、慢心でドストライクの女の子以外は可愛くないと言う頭になっていたのだろう。


走馬灯の体感時間は計り知れない。


もう1時間は経ったんじゃないか?


その60分間、僕を苦しめるかのよう

に、ずっと告白した女の子が映し出される。


ずっと同じ場面だ。


僕の人生にはこれしかなかったのかというほどに同じだ。


もう見飽きて髪の毛の本数を数えているところだ。


そしてふと、強い後悔が僕を襲った。


ああ、なぜあの時、僕はあの子を振ってしまったのだろう。


僕は長い間とてつもない後悔に襲われていた。


そして不覚にも僕は走馬灯に映った女の子で勃起してしまっていた。


なんて恥ずかしいのだろう。


ああ、神様というやつがいるのなら一つだけ願いを叶えてはくれないか。


せめて風俗に行かせてくれ...。


僕は心の中で強く願ったがそんなものが叶うはずもなく僕は他界した。


その広い部屋には、股間を湿らせた遺体と大量のティッシュが散乱していた。

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