竹製・習作箱(三題噺)
松竹海
二十数年目の恋心
2019年11月度
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カタン、カタンーー
携帯電話、今はスマホと呼ぶらしいモノを眺めていた私は、寂れた社務所の窓を叩く音に気づいて顔を上げる。
そこには背の低い、可愛らしい女性が立っていた。
慌てて窓を開けると、女性は小柄な見た目通りの声で話し出す。
「あの、すいません。御朱印と、おみくじを一つ下さい」
「はい、かしこまりました。先に御朱印帳とお代の方お預かりしますね。えっと、それからこちらを振って、出た番号の引き出しを開けて下さい」
おみくじの筒を渡しながら、営業スマイルでその人を見る。
怒ってはいなさそうで良かった、と思いつつ、後ろに男性が立っていて、お揃いのペンダントをしている事に気づく。
「御朱印は少し時間を頂きますね。あ、後ろの方、彼氏さんですか?良い御言葉がもらえると良いですね」
思わず口をついて出た言葉に、女性は恥ずかしそうに、そしてまんざらでもなさそうに頷く。
男性は恥ずかしそうに頬をかく。
そんな睦まじいカップルの姿を羨ましく思う。
「振った後の筒は、こちらに置いて下さいね」
にこやかに、そして事務的に告げ、御朱印の作成に取り掛かる。
手を動かしながら、集中する意識はそんな二人を羨ましいと思った自分に向く。
「(私は、今までそんな恋愛したことなかったし、これからもないんだろうなぁ……)」
なぜなら、私はアイドルになりたかったからだ。
きっかけは、可愛い女の人達が神社で歌って踊る番組。
寂れた神社しか知らない私にとって、神社に人を集めるアイドルという存在が、まるで神様のように見えたことを覚えている。
「私がアイドルになって、いっぱい人を呼んで、お父さんを笑顔にしてあげるね!」
そんな子供らしい約束をする私に、私を拾って、この神社で育ててくれた父親が笑っている風景を今でも思い出せる。
それ以来、おしゃれはもちろん、運動も勉強も努力した。
初めてオーディションに受かったのは、高校を卒業する年だった。
その後、大学と並行して活動を続け、卒業後もアイドルとしての活動を続けた。
その道を閉ざしたのは、つい半年前の、28歳になって少し経った頃だった。
ピークを過ぎて若い後輩たちが台頭する中、仕事がなくなってきた私の賞味期限がそこだった。
引退すること自体は受け止められたが、あの約束を果たせなかった事実には耐えきれず、引退するやいなや、地元に帰ってきたのだった。
ただ、そんな私を、この神社で、一人で育ててくれた男性が優しく迎え入れてくれた事は嬉しかった。
「よし、完成っ」
手元を眺めてそう呟く。
窓の外で話す男女に向けて、挟み紙を入れた御朱印帳を返却する。
おみくじの結果が良かったのか、二人はなんだか嬉しそうな顔をしている。
ありがとうございました、と言って歩き出す二人を見送り、窓を閉める。
そして、傍らに置いていた携帯電話をまた手に取る。
待受には、神主と巫女姿の自分が映る。
「あんな二人みたいになれる未来も、あったのかなぁ」
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※この物語はここまでです。
※次のエピソードとは関係がありません。
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