12-10 オーネにて

 30分後にはオーネの街で伯爵の館に近い場所で宿をとった。

辺りがまだ暗いので、正直宿屋が営業しているかと心配したが杞憂に終わった。

宿屋は朝が早いらしい。


 琥珀亭で生活していた時はそんな事思わなかったが、宿屋で働くヒトを尊敬するよ。


メリアさん、ディートリヒ、ベリル、ニコル、そしてクラリッセさん。あと、ナズナがもうすぐ合流するのでこちらは7人。あと影の中に入っているサーシャとネーナを合わせて計9名か…。

ただ、クラリッセさんは、戦闘職ではないので、ダンジョン組6名と遊撃隊2名というパーティーになる。


「あいつらもあと少しでオーネに入るだろう。

 おそらく動くのは、少し休んでからだろうか?」

「いえ、おそらく貴族はもう館にいて、待っていると思います。」

「そうすると皆に休んでもらう暇はないか…。

 あと1時間ちょっとか…、クラリッセさんは少し休んでいてください。」

「旦那様や奥様が寝ていらっしゃらないのに休むわけにはいきません!」


クラリッセさん…何故ふんすかする?


「いや、クラリッセさんにはこれからやってもらわなければならない事が沢山あるからね。」

「例えば?」

「例えば…、そう!俺たちが戻って来た際の食事の手配、寝る場所の確保。伯爵家の動向等々だけど。」

「そうですか。分かりました。では少し休ませていただきます…。zzz」


 相当疲れたのだろう…。

そりゃ、冒険者であってもオールは辛いからね。

俺のようなおっさんは天辺越える(24時を越える)と、途端に電池切れだもんな…。

でも、今日はアドレナリンが出ているのだろう…。眠気も来ない。


 少し魔法の整理でもしておこう…。


セネカ様にアドバイスをもらった事…、それは魔獣に出来てヒトにはできないモノ…。

何故、バジリスクは毒袋はあるのに石化ができるのか。

毒が石化の一種なのか、それとも硬化なのか…。


 そう言えば、難病の中には「進行性骨化性線維異形成症(FOP)」があった事を思い出した。

FOPは簡単に言えば筋肉などの組織が骨になるという病気だ。

という事は何らかの身体の異変により体内のカルシウムが骨化するのか…。


体内にあるカルシウム…。カルシウムの多いものは…牛乳。

一目散に厨房に行き、2杯のミルクをもらってくる。


 木のコップに入ったミルクにカルシウムが固まり、飲み物全体をカルシウムで一杯になり固まるようイメージし、魔法を放つ。

コップの中のカルシウムだけが一つに集まりミルクの中に浮かんだ。


失敗だ…。

 何故失敗したのか?

カルシウムだけを固めても意味がないという事か…。

では、カルシウムの周りにあるいろんな成分もカルシウムと一緒に固めてしまえば?


 カルシウムとその周辺にあるものを固めるようなイメージで魔法を放つ。

 コップの中身が固まっている。

お、いけるんじゃない?

もう一度、厨房に行き、2杯のミルクをもらってきた。


「ペトリ!」


お!固まった。これならいけそうだ。


「カズ様、一体何をやって…、え…、石化です…か?」

「あ、ディートリヒか…。これが石化って言うんだ。

であれば、出来たと言って良いのかな?」

「バジリスクのお肉を食べ過ぎたせいでしょうか…」


いえ、違います…。

カルシウムという存在を知っているからです…。


 これが出来たということは、帝国の貴族を魔獣に襲われたという事で片づける事ができる。

わざわざ剣などで戦闘しなくても闇に葬れる。

彼女たちにヒトを殺してほしくないんだよね。


 ナズナも合流でき、少しだけ皆で休む。


「皆、聞いてほしいんだがいいか。」

「はい。」

「クラリッセさんがサーシャさんと念話ができるようになった。

 という事は、敵さんはもうオーネに入ったという事だ。

 やはり、帝国の貴族は伯爵邸で待機しているようで、そいつらが到着後にブツを渡すようだ。

 ジーナさんとサーヤさんについては、奴隷紋の存在と喋れないという事実からなのか、今回は石鹸の錬成技術を諦めたかもしれない。ま、安い製法を盗むよりもミシンを盗んだ方が儲かると思ったんだろうな。そう考えるとジーナさんとサーヤさんには申し訳ない事をしたな…。」


皆無言になる…。


「あと、そいつらはバッグをもらったら、すぐに帝国領に戻る可能性もあるので皆で警戒してほしい。」

「はい((((はい))))。」

「帝国領との境界辺りで殺ろうと思う。

 が、皆は手を出さないで欲しい。」

「え、カズさん、それは何故ですか?」


メリアさんが恐ろしい顔をしている。


「あのな…、ここはダンジョンじゃない。

 相手はダンジョンの魔物ではない。ヒトだ。

 魔物は殺せても、ヒトはやはり躊躇するもんだよ。それに皆にそんな役を任せたくない。

 これは、俺の我儘だと思って堪えてくれ。」

「そうすると、カズ様一人が苦しい思いをされるのではないですか。」

「そうかもしれないね。

 でも、今回は俺の我儘を通させてほしい。

 皆が強いのは良く分かっているから、今回は俺に任せてほしいんだ。」

「では、その後のお手伝いはさせていただきますね。」

「あぁ、ありがとう。」


「旦那様、サーシャから伝言です。

 伯爵の一味は館に入り、帝国の貴族関係者にバッグを渡しました。」

「ナズナ、伯爵家の周囲を見張り、そいつらの影に入って尾行してくれ。

 クラリッセさん、サーシャとネーナには、一味が伯爵家を出てどこかで集まったら殲滅を頼む。

 ただし、捕縛すること。殺したらダメだよ。

 さぁ、みんな行こうか!」


 皆に淡い光が纏わり、バフがかかる。



 俺たちはフロートで帝国領との国境線に到着し、貴族が来るのを待っている。


「メリアさん、この道しかないから問題は無いと思うけど、伯爵の館に貴族は居たのかな?」

「普通なら居ませんね。ただ、珍しいモノが好きな貴族であれば、早く見たいと思うでしょうね。」

「ま、居ても居なくても、奴らはバジリスクに襲われることになるんだけどね…。」


『お館様、聞こえますか。』

『ナズナか、どうした?』

『館から4頭の馬で街道に向かっていますが、どうやら街道の北側にある森で引渡されるようです。』

『という事は、そいつらは帝国の者ではないと?』

『傭兵ですね。』

『んじゃ、俺達も街道の北で待つとするよ。

 引き続きお願いね。くれぐれも無理しちゃいかんよ。』

『分かりました。ありがとうございます。』


彼ら4人は街道の北の森で貴族らと会うようだ。

森に移動すること5分…、こんな近いところに?

あ、納得。

馬車がある。メリア軍師の読みが当たった。

貴族も来ているのか…。ホントバカだな。

ここに居なければ、生き延びられたのに…。


『お館様、近くまで来ていますので、身を隠してください。』


ナズナの念話で、木立の中に身を隠しながら、気配遮断をかけ様子を見る。


 4人の傭兵は貴族の馬車に近づき、開いた窓からバッグを渡した。

その冒険者を帯同し、馬車が街道に戻って来る。


『メリアさん、ここはまだ王国の領地だよな。』

『そうです。』

『分かった。じゃ、みんなは俺が良いというまで待機で。』

『ナズナ、今どの傭兵の影に入っている?』

『馬車の左前方です。』

『分かった。じゃ、合図したら陰から出て、木立に隠れてくれ。』

『分かりました。』


一人フロートで上空に行き、後ろの傭兵から石化をかける。


先ず、右後。あ、馬まで石化した…。ごめん、お馬さん。

次に、右前。今度は成功。傭兵が石化し落馬した。

三人目、左後ろ。周囲をキョロキョロしているが、「グ…」という声を立てて落馬した。


『よし!隠れて!』


 ナズナに念話をし、左前の傭兵を石化。

傭兵たちは辺りを見渡しているのだが、上空は見ていないんだよな…。

ま、誰も上に居るなんて思わないんだろうね。

これで、警護は終わった。

軽装備の御者が次々と石化していく傭兵を見て、彼も青ざめながらキョロキョロしているが、彼も同罪だよ。石化していただく。


御者が居なくなった馬車は統制が取れず、蛇行し、森の小道から脱輪し、大きく傾いた後横転した。


 こりゃ、いいね。

わざわざ馬車を倒す手間が省けた。

さて、中には何人いるのかな?


天を向いたドアから一人顔を出す。

護衛の一人だろうか。あ、剣がドアに引っ掛かったよ。焦ってるねー。

ようやく天を向いた馬車の側面に腰を落ちつけ、中に居る人が外にでるのを助けているのか。

2人目に出てきたのは、太い女性、来ている服がチカチカしている。いかにも成金マダムのようだ。

3人目は、デブのおっさん。ま、俺も腹が出ているのでそう言えた柄ではないが…。


3人だけか…。


 しかし無防備だな…。

これが平和慣れというものなのだろうか…。

それともこの王国は眼中にないのか…。


『ナズナ、太めの女性とデブを気絶させることはできるか。』

『造作もない事です。』

『んじゃ、護衛が固まったら、気絶させて。』


護衛に向かい石化をかける。

同時に太めの女性とデブの首筋にナズナのショーテルの柄が当たり、気絶した。


「みんな、終わったよ。」

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