10-3 街を案内しましょう
ザックさんに驚愕された…。
泡風呂というのは新発見だったようだ。
これを遊郭で売り込みたいので、泡風呂専用の石鹸の開発もお願いされた。
まぁ、石鹸の量と泡が増えることだけ考えればいいか、と思っていたら、ブランさんから是非気持ちを落ち着かせる匂いがする石鹸も作って欲しいとリクエストされた。
うん。これは売れるだろうね。俺もそう思う。
遊郭では、自宅でできない空間を演出したり、特別感を求めて遊びに来てもらうのが目的だから。
そんな事を考えながら、泡が消えかけた風呂に一人入っている。
女性陣はまだ会議中のようだ。今晩は長くなるって言ってたけど、俺はみんなと一緒に居れるだけで満足だよ。
そろそろ出ようと思った時、女性陣が入って来た。
久しぶりにみんなの裸を見る。みんな綺麗だね。
俺、おっさんなんだけどなぁ…、と自分の腹を見てげんなりする…。
「カズ様、会議が終了しましたので、一緒にお風呂にと思ったのですが、もう出られるんですか?」
「あぁ。今日はゆっくり入れたよ。皆でゆっくり浸かって身体を休めるといいよ。」
「ありがとうございます。ではそうさせていただきますね。」
「あ、そうそう、今日は少しお湯に趣向を凝らしているからね。
皆が身体を洗っている間に楽しめるようにしておこうか。」
そう言って、ジャグジーのボタンを押す。
徐々に湯船に泡が出てくる。
「カズ様、これは?」
「ん?泡風呂だよ。
この泡の中でお風呂に入ると気持ち良いんだよ。それじゃ、みんな楽しん…」
右にナズナ、左にディートリヒ…。いつのもパターンで両腕をがっしりホールドされている。
「カズ様、このような良いお風呂を私たちだけで楽しんでいけ、と仰るのは酷ですね。」
「そうですよ、お館様。小川でのヌルヌルのお風呂に引き続き、あわあわのお風呂なのです。皆で感想を言わなければ改善できません。」
「なんじゃ、そのヌルヌルとかという風呂は?儂も入りたいのじゃ。」
「では、カズ様!明日はヌルヌル風呂でお願いしますね。」
「素材あったかな…」
「はい。十分にあります。それにレルネ様であれば、ヌルヌルの成分だけ抽出していただくことも可能だと思います。」
「ん?そうか、じゃ、明日研究しておこうかの。」
「ヌルヌルも遊郭で売り出すことができるって事か…。」
「主殿はお風呂を単に“洗う場所”から“愛しあう場所”に変革されました。まさにお風呂の伝導者です。」
「いえ、愛し合う場所、スキンシップができる場所だとは思いますが、伝導者とは言えないのでは…。」
「そんな事ありません。その“すきんしろっぷ”がどれだけ甘いのかは分かりませんが、さぁ、皆さん今日はお湯が石鹸ですから、そのまま入りましょう!」
やはりカタカナは面白いくらい変換されている。
昔、外人に『俺は強いってのを日本語でどう言うんだ?』と尋ねられ、『女王様とお呼びっ!』って教えてやった事を思い出した…。
それからは大運動会でした。
朝チュンどころか灰になっています…。
全員俺の部屋で寝ています…。大きいベッドで良かった…。
皆寝顔が可愛い。ボールゾーンからストライクゾーンに入って来たレルネさんも皆と一緒に寝ている。
ほんと、いろんなヒトがいる。
ディートリヒにキスをして、二人で朝食を作りに行く。
アイナ達は二日酔い状態だと思うから、そのままにしておく。
そう言えば、今日あたりに隣の店の改修が終わるって言ってたな。
であれば、9つ分のベッドやクローゼットなど購入しておかないとね。
今朝は簡単にパンもどきに野菜サラダ、スクランブルエッグ、そしてベーコン!
なかなかベーコンって作る機会がなかったんだけど、ドワさんズの工房の一画を借りてスモークしてたんだよ。
途中、3分の1はつまみ食いされたようだが、それは想定内。
オーク肉のベーコンをカリカリになるまで焼いたものを並べておいた。
「兄貴、おはようございます。」
「ニノマエ様、おはようございます。」
「ザックさん、ブランさん、おはようございます。
うちの女性陣は、昨日のパーティーでお疲れだから、今日は俺とディートリヒで街を案内しますね。」
「ありがとうございます。」
「それじゃ、朝ごはん食べて出発しようか。」
皆で、食事を楽しむ。
そして、最後に俺がとっておきの飲み物を出す。
「兄貴、何ですか?この黒いものは?」
「これはな、コカの身を燻して細かく砕いたものにお湯をかけたものだ。
これを“コーヒー”というんだよ。俺の郷では毎日飲んでたものなんだ。」
「ニノマエ様、香りが凄く良いですね。」
「お、ブランさん。この匂いを良いと感じるということは、この苦い飲み物もいけるという事だよ。
苦ければ砂糖と牛乳を入れて飲んでみて。」
3人は恐る恐る一口飲む。
「鼻から抜ける香りが良いな…。」
「砂糖と牛乳を入れて飲めば、苦くはないですね。」
「カズ様、これは“こしー”という飲み物ですか…、私はお茶の方が良いですね。」
「この飲み物を美味しいと分かってくれるヒトこそ、俺の真の仲間だと思っているんだよ。
風呂は正義、そしてコーヒーはまさしく真理だ。」
「え、カズ様…、私もこの“こしー”は大好きですよ。」
ディーさん、そうフォローしなくていいよ…。
コーヒー派と紅茶派がいる事は分かっているからね。
「兄貴…、真理って…。
言ってることが分からないけど、でも美味いですね。」
「あぁ、ただしカフェインという物質が入っているから、一種の覚醒効果があるけどね。」
「覚醒効果?」
「眠くならなくなったり、興奮した状態になるって事だ。まぁ若干だけどね。」
「ニノマエ様、是非この飲み物も遊郭で使わせてください。」
「勿論良いよ。それに3か月に一度手に入ることになってるからね。」
「兄貴は風呂に続き、食の伝導者でもあるのか…。」
「いえ、伝導者ではありませんから…。」
そんな他愛の無い話をし、家を出る。
先ずはトーレスさんの店だ。昨晩ユーリ様がそう言ってたからな。
「ニノマエ様、ディートリヒ様、昨晩は私の家族一同パーティーにご招待いただきましてありがとうございました。
そして、ザック様、ブランディーヌ様、ようこそお越しいただきました。
ささ、奥の部屋でお話ししましょう。」
俺もどうやら行くみたいだ…。どちらかといえばザックさんの商品を見たかったんだけど…。
奥の応接室に通され、ザックさんとトーレスさんが対座する。
「ユーリ様、ティエラ様からのご推薦により、ザック様の奥様にこれをお渡しいたします。」
あ、俺が最初にやっつけたジャイアント・バジリスクの皮で作ったバッグだ。
「トーレスさん、俺っち達はこんな高価なものは買えないよ。」
「いえ、これは買っていただくものではございません。我々の同士であるとの証でございますので、もらっていただくというものです。」
「あの…、奥様って俺っち3人居るんだけど…。」
「はい。存じております。そして4人目もいらっしゃることも。」
「へ? すんません…。」
さすが王宮の情報網だ…。調査が早い。
でも王宮からいろいろと詮索されているんだな…。でも、俺は嫌だな…。
「奥様にはこのバッグをお持ちください。
端的に言えば、私たちは同じ思いを持つ者同士という事です。」
「俺っち、何も考えてないけど?
それに伯爵家とお近づきになったとしても、俺っちたちはノーオで色街を運営している者であって、貴族様に何ら利はないですぜ。」
「利で動くのではなく、あくまでも同じ思いを持っている者だと認識してください。
その証にこのバッグをお持ちいただくと、同じバッグを持った方とお近づきになれると思います。
つまり交友関係が広がるだけではなく、皆が同じ方向に向いている仲間であると分かる訳です。」
「そして私たちがノーオの街を中心に情報収集を行い、それを統括する方にご提供するということですね…。」
「ブランディーヌ様はご理解が早くてありがたいです。
それと、4人目のお方は奥方様でご判断いただき、信頼するに値する御仁であれば奥方様からお渡しください。」
そう言って、バッグを4つと腕時計4つ、懐中時計を出した。
「ト、トーレスさんって言ったか?
あんた、何者なんだ?
俺はノーオの街の半端者だぜ。
そんな半端者が、何故伯爵様と懇意になったり、トーレスさんのような国で1,2を争う商店の店主と知り合いになったり、挙句の果てこんな高価なモノをタダで渡そうとするんだ?
兄貴、なにか裏があるんじゃないのか?」
「ザックさん、大丈夫だ。
実は俺も持ってるし、このバッグの提案をしたのは俺なんだ。
兄が入っているのに、弟が何も知らないんじゃいかんだろ。
別に王宮に忠誠を誓うとかそんなもんじゃないから安心してくれ。
俺の存在を“渡り人”だと知った上で、普通に接し人々が笑顔で暮らせるようにしたい、その思いを共有できるヒトだって事だよ。」
「…、流石、兄貴っすね。
分かりました。その思い受け取らせていただきます。
トーレスさん、俺っちも末席に加えてください。」
「ザック様であれば、そうお答えになられると思いました。」
「で、この時計というものは?」
「腕時計は女性用。懐中時計は男用だよ。腕にピタッと合わせる必要があるからそのやり方と工具を後で渡しておくよ。
あ、トーレスさん、時計類はまだ在庫あるかな?」
「そうですね。そんなに同士を増やしはしませんが、在庫は少なくなっています。」
「んじゃ、次回に10個くらいで、それで打ち止めにしときますか?」
「そうですね。
あ、それと念珠をお願いします。
あれがことのほか大人気で、ひとつ金貨4枚で売れるんですよ。」
桁が違い過ぎるよな…。
さらに、それを購入するやつって…。 聞かなかったことにしよう…。
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