8-23 国への貢献

「そろそろ話しを戻してもいいかな。」


 皆が笑顔で話しているのを遮ってしまう。


「あ、そうでしたねカズさん。では、王都以降の話を進めましょう。」

「ええ。

 ディートリヒ、ナズナ、ベリル、スピネル、そしてアイナは俺が今シェルフールで進めている話は知っていると思う。

 今、ここにいるアイナ、そしてラット、ヤットさんに頼んで下着を縫う機械を作ってもらっている。

 その機械をノーオの街に居るザックさんに委託し、糸を紡ぎ、布を織って下着を作るってことは問題は無いのだが、石鹸の製作については、ここに居る俺とスピネルしかできない。」

「カズさん、それは製法という意味では困難なのではないですか?」

「いや、製法は伝えることができる。しかし、今のこの世界の知識ではまだ難しいというのが現実なんだ。」

「それはどういう意味でしょうか。」

「製法の中に岩塩と灰を錬成して白い粉を作るんだが、その粉を作ることができないというか、出来ても質が悪いんだ。」

「質が悪ければ石鹸の価値も下がると…。」

「そうなる。だが、この白い粉、俺は“重曹”と呼んでいるが、これが出来上がれば世界は劇的に変わる。その証拠に、クラリッセんさん、さっき食べたパンはどうだった?」

「はい。あれはパンではありません。

 すごくやわらかくて、もちもちしていました。」

「そうなんだ。重曹をパン生地に入れると膨らむんだよ。

 俺の世界ではベーキングパウダーと呼んでいる。」

「カズさん、少し待ってください。

 石鹸のように身体を洗うものを食べても問題はないのですか。」

「あぁ、問題はない。そもそも石鹸の材料は食べても害にならないものから作られているんだよ。

 ただ、あの重曹というものが少量しか作れないんだ。」

「という事は、重曹の存在を明らかにするべきでは。」

「重曹を作るには、錬金術でも無理なんだ。つまり電気の存在に気づかないと無理だという事だ。」

「電気とは?」

「簡単に言えば雷だ。」

「雷が電気なのですか?」

「そう。原理は簡単なんだが、この世界では認知されていない。

 サーシャさん、ネーナさん、雷は何故起きる?」

「それは、神様がお怒りになったからと…。」

「うん。この世界の常識だ。でも、俺は雷を出せるんだ。」

「カズ様、あの魔法の事ですか?」

「そう。俺のインドラだよ。そして、その原理を利用したものが、俺の家で使っているトイレのあれだ。」

「お館様、あれも電気なのですか?」

「そうだ。あれは電気を発見し数百年経ってから編み出された技術で、太陽の光から電気を集めるというモノだ。」


「という事で、メリアさん。ここで重曹を公表すると歴史が変わるが、その決心はあるかい?」

「そうですね…。重曹が発見されれば食も衣類も改善されるということですか…。

 ふふ。何かワクワクしますね。」

「だね。さらに電気の存在も発表することになると、天変地異が起きると思うが、その役目をソフィアさんにやってもらおうと思うのだが…。」

「へ?そんな事をしたら、あの子頭パンクしちゃいますよ。」

「いや、原理は至極簡単だから、俺でも分かるくらいだからね。」

「彼女も少し勉強させた方が良いですか?」

「それはメリアさんの気持ちではなく、ソフィアさんの気持ち次第だね。」

「では、後ほど聞いてみる事にしましょう。」

「ソフィアさんが電気を理解すれば、重曹の発見も簡単になる。」

「カズさん、重曹の製法は特許は取らないんですか?」

「多分、製法はもうこの世にあると思う。現に髪を灰で洗っているだろ。その灰を加工すれば良いだけだからね。後は量を作ることができるか否かだけだよ。」

「そうなんですね。」


「最後になるけど、これが一番重要なんだ。」

「何でしょうか。」

「ここにいるアイナに、これも歴史を変えるモノを作ってもらおうとしている。

 アイナ、もう絵はできているかい。」

「はいなー。ビーイの街に着いてから、一日で書き終えちゃいましたよ。」


 アイナは数十枚の紙を持ってきた。


「んと、これが一番分かりやすいかな。」


 メリアドールさんらに馬車の全容図を見せる。


「これは馬車ですね。」

「そうです。馬車に乗ってるとお尻が痛くなるよね?」

「長時間は無理ですね。」

「その原因は車輪から伝わる衝撃が直接座席に伝わってしまうことなんだ。

 その衝撃を和らげるものを作るんだよ。」

「ニノマエ様、それが世界を変えるものなのですか。」

「サーシャさん、そうなんだよ。誰も気づかないんだが、後から考えると恐ろしいことになるんだ。」

 

 俺はできるだけ分かりやすく段階を踏んで説明した。

車輪に直接着いた馬車は振動が伝わりやすい。

車軸に振動が伝わると馬車全体に広がり、馬にも振動が伝わる。

結果、速度も遅くなる。

馬への負担を軽減できれば速度が上がる。

馬車の速度が上がれば目的地に早く着く。


「カズさん、それは大変良いことですが、なぜ世界を変えるものになっていくんですか?」

「メリアさんでも、まだ分からないかな。

 その馬車を開発すれば、馬での移動が楽になる。

 馬での移動の速度が速くなれば、軍隊でも兵糧などを早く運ぶことができる。」

「あ…。戦時の移動が早くなり、有利に展開できるという事ですか…。」

「うん。そうなんだ。」

「……。」


「人が知識を得て便利なモノを世に出すって事は、諸刃の剣となる事もあるんだ…。

 それは、俺が笑顔にしたヒトがいる反対側には、泣いているヒトも居るって事だ…。」


 皆黙り込む。

文明のレベルが上がれば、確実に何かを壊してくものだ。

狩猟のレベルが上がる一方で、絶滅する動物がいる。

産業や工業のレベルが上がる一方で、環境破壊が起きる。


「だから、俺はこの世界のレベルを一定レベルに上げた段階で様子を見るよ…。」

「馬車は改造しないという事ですか?」

「いや。世に出す。しかし、それは、メリアさんと夫婦になった後だ。

 そうしないと完全に食い物にされる。

 この技術だけは、誰もマネが出来ないようなものにし、専売を通す。そうしないと運送と土木が発展しない。」

「運送は分かりますが、土木というのは?」

「馬車が走るのは道路だ。その道路を舗装する。

 そしてその技術を応用し、河川を整備する。」

「そんなことができるんですか。」

「その為の土魔法なんだよ。」

「カズさん、確か土魔法は王宮魔導師の中でも認知度が低く防衛のみでしか利用できない者達だと、蔑まれれています。」

「だから、王宮とか固定観念にとらわれているヒトは向上や改善していくことを恐れるんだよ。

 幸い、サーシャさんもネーナさんも土魔法が使える。

 スピネルもアイナも俺も使える。さらにベリルとスピネルは火も使える。

 ふふ。さて、どのような土木工事ができるんだろうね。」


俺は闇に満ちた笑みを浮かべる。


「メリアさん、もう一つ忘れていました。

 その最終兵器を使って、シェルフールの北東の火山帯の小さな町を俺に管理させてもらえませんかね?」

「それはどういう意味で、ですか?」

「あそこに拠点を置きます。俺たちのね。」

「お店は?」

「店はシェルフールに置きます。

 シェルフールと町を道路整備し、町を興します。

 そこで、馬車を製造します。

 さて、メリアさん、ここまで来ると王宮はどう動きますかね?」


「ふふ、カズさんは本当に恐ろしいヒトですね。

 でも、そんな恐ろしいヒトを愛した自分を褒めてあげたいですね。

 ヒトが笑顔になっていくことを王宮はどのように見るかですね。

 そこで一緒になって動けば良し。難癖をつけるのであれば、袂を分けるという事ですか。」

「そうです。

 そうなると、先立つものをしっかりともらわなくてはいけない、という事になります。」

「それを王宮や貴族から獲るという事ですね。」

「大正解です。私利私欲に溺れている悪い貴族は、必ず下着や石鹸、馬車に食らいつきますよ。

 そんな貴族が持っている金は民から税として搾取したものですよね。

 では、貴族からむしり取られた領地の民はどんな生活をしているんですかね。」


「カズさんは、踏み絵をなさるおつもりですか。」

「それが踏み絵となるのであれば、なお良しです。

 俺は、みんなが笑顔になる社会が好きです。

 一部の貴族だけが笑う世界なんて反吐が出る。

 ですので、石鹸と下着の販売で集めた情報で、メリアさんのお兄様をお助けします。

 これが、王宮への最大かつ最終兵器だと思うのですが。」


「参りました…。そこまでお考えになっておられるとは…。

 兄上もさぞかし喜ぶことでしょうね。

 ・・・

 分かりました。

 では、シェルフールの北東、火山地帯の領地経営についてもお任せください。

 必ずや、よい結果をもたらすようにいたしますわ。」


「ふふ、なんだかワクワクしてきますね。

 ディートリヒさん達は、毎日このようにワクワクして過ごしているんですか?」


「はい、奥様。毎日何が起きるのか楽しくて仕方ありません。

 そして、毎日笑って生きていけます。」


 ここに居る9人が笑っていた。

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