8-12 貴族の本質

「で、どうしたいんだ。」


 俺はこめかみを押さえながら、メリアドールさんの寝室で、ヴォルテスさんとスティナさんが大人しく座っている対面で話を聞いている。


「はい。この度は恐れ多い方に喧嘩を売ってしまい、申し訳ありません。」

「じゃなくて、謝罪をする場所じゃないんだよ。謝罪はさっき聞いた。

これからどうしていきたいのかを聞きたいんだ。」

「こほん。では、私から…。」


ヴォルテスさんが話をする。


「我がアドフォード家を侮辱したことに対し不問に処す。これでどうでしょうか。」

「あのな…、侮辱されたのはこっちだ、アドフォード家じゃない。

 それに貴族ってのは、何でそんなに上から目線なんだ?」

「え、でも家の名前を汚しました。」

「汚したのはヴォルテスさん、あんただよ。」

「え、そうですか?」

「あんたがアドフォード家のメンツのために闘って完敗したんだ。名を汚したのはあんただよ。」

「うーん…。」


ヴォルテスさんがまた、悩み始めた。

かれこれ1時間くらい同じことの繰り返しだ。

同じところでループしている。

何でそんなに名が必要なんだ…。


「ニノマエ様、次は私です。」

「おぅ、ソフィアさん。次は満足する答えを出してくれ。」

「この度は、大魔導師であらせられる“Late Bloomer”ことニノマエ様の大魔法を垣間見ることができ、まことに感謝申し上げます。この機会に我が王宮魔導師の教師として就任していただき、魔導師の育成に…。」

「何でそこまで飛躍しているんだね…。」

「では、私を娶っていただき、魔導師としての神髄を…。」

「何で娶らなきゃいけないんだ?何で親子ともども、そこに落ち着くんだ?」

「え、親子ともども?」


 おい!ソフィアさん、何でクネクネし始めた?

メリアドールさんを見ると、彼女もクネクネしている…。


「二人とも、もっと冷静に考えてくれ。

 先ず、こうなった発端は何だ?

 ソフィアさんが俺の事をペテン師だとか藪医者と呼んだことだろう?

 確かに俺は医者ではない。だが、あんたたちが言うところの“ヒーレス”が使える。

 その魔法を直接見て藪医者だと言うのなら分かる。

 でもな、なにも見ていないのに勝手に自分の基準で判断したことが原因だ。

 その煽りをヴォルテスさんに向けたら、ヴォルテスさんが家の事を持ち出したって事だ。

 さぁ、この話で問題はどこにあったのかな。」


 小学校の先生になった気分だ…。

とにかくどこが発端だったのかを見つけないと、残念な結果になる。


「私が煽りをそのまま受けて家の名前を出したことです。」

「ヴォルテスさん、そうだ。だから、今後はどうしていくんだ?」

「冷静に判断し、決して家名を出さない事です。」

「そうだ。その通りだ。少なくともアドフォード家は侯爵家だ。

貴族の間では侯爵という肩書は通用するとは思うが、それも多分一回だけだ。その一回を大切に使うんだ。それ以外は家名は出すな。自分の責任で、自分の持てる力が出せる場で戦う。これを忘れては、侯爵家はあんたの代で潰れてしまう。分かったか。」

「はい、師匠!そのお言葉を家訓といたします。」

「いや、家訓じゃなくて…。それを言うならヴォルテスさんの中に”肝に銘じていく“だろ…。

 それに、俺は師匠でもない。」


なんだか、ザックさんのところの“いかつい兄ちゃん”の事を思い出した。

一緒じゃん…。


「次は私ですよ!」


何でソフィアさんがふんすかしているんだ…。


「私の場合は、ニノマエ様が治療したという事実を知らなかったことです。」

「そうじゃないだろ…。」

「では、治療も見ずに藪医者と言ったことですか?」

「あの…、それが正解なんですが、何故にそこにたどり着けないんですか?」

「だって、あの治療方法は見たことがありませんでしたから。」

「って事は藪医者だの、名医だといった判断はなかった訳だ。じゃぁ、何故あそこまで目くじら立てて怒り来るんだ?」

「それは…、ママをたぶらかしたのだと…。」

「は?」

「だって、ママはニノマエさんの名前ばかり出すんです。

 そりゃママもまだまだ若いし、パパよりももっとかっこいいヒトがでてくるかもしれないと思ったけど、余命幾ばくもないママが楽しく話をするなら、それは家を乗っ取ろうとする者か、お金目当てで寄って来た者だと思うじゃないですか。」

「ソフィアさん…、それ、どこの世界の“サスペンス劇場”だ?」


 持参金結婚とか、これで殺人事件を起こして、トレンチコートを着てボロボロのプジョーに乗った刑事が葉巻を咥え、『うちのかみさんがね~』とか言い出すような展開を妄想してたって事かい…。


「いいかい。俺には既に愛すべき女性が4人居るんだ。

 そんな話はお腹いっぱいだよ。

 その愛すべき女性を幸せにするために俺は動いてる。その女性が綺麗になっていく事を、この王国の女性にも知ってもらいたいと思い、今回メリアドールさんの意見を聞きに来たら当の本人は病気だった。

 早くこの商品を売り出す必要があるので、俺の治癒魔法で治した。

 このストーリーの中に、あんたが妄想する話がどこにある?」

「では、その責任を取って、私を娶っていただきたく…、」

「何でそこに落ち着くんだ?なんとか言ってくれ、メリアドールさん。」


「ん、何でそこに妾が登場するのじゃ?」

「あんたがソフィアさんの前で俺の名前を連呼したことが原因だろ?」

「別にそれが原因ではなかろう。それに主治医の名前をいう事がいかんというのかえ?」


あかん、もう何言っても残念親子には通じない。


「もういいや。んじゃ、迷惑料として白金貨100枚だな。」

「カズさ…、コホン。カズよ、それはちと乱暴な結論じゃな。」

「もう、面倒くさくなったんだよ。他になにかあるのかい?」

「そうじゃの。

 石鹸とやらの独占販売権、石鹸に類する商品の独占販売権、下着とやらの著作権及び販売許可。その辺りじゃろ。」

「しかし、それは俺達が作ったモノばかりじゃねぇか…。

 …まぁいいや。やっぱりメリアドールさんは策士だな。

 いいぞ。それを王宮に行って許可をとってくるのがアドフォード家の詫び料って事だ。

 どうかね?やってみる価値はあると思うが。」

「ふむ、そうじゃの。

 妾なら問題はない。じゃが、今回は子供のしたこと故、ヴォルテスに行かせる。

 ヴォルテスよ、そちの命に代えてでもそれを勝ち取ってこい。」

「分かりました母上。必ずや独占販売権などを勝ち取ってきます!」

「ふふ、こう見えてヴォルテスは交渉術が得意での。」

「あぁ、知っている。鑑定で見た。」

「え、師匠は鑑定持ちなのですか?」

「あぁ、そうだ。だからメリアドールさんの病気も分かった。」


 おい、何故ソフィアさんが瞳をキラキラさせているんだ。


「ニノマエ様、いえ、この際旦那様とお呼びしたいと…」

「却下。」

「カズ、それでは妾も旦那様と…」

「却下です。」


 この二人、アイナよりもウザい…。


「で、話を戻すが、石鹸は先ほどメリアドールさんにひったくら…、もとい、渡したので、今晩でも使ってみて感想を教えてほしい。因みに石鹸から作られた髪を洗うものについては、まだ製作の途中なので試作品しかない。それもひったく…、渡してあるので女性の皆さんで使ってほしい。勿論メイドの皆さんにも使ってもらい、感想をもらえれば王宮での交渉に役立てることができるはずだ。」

 

はぁ、ようやく話を進めることができた。

次に下着だ。


「下着は、今後ノーオの街で製作する。工場も建設し始めた。

 現物は明日、俺の愛している女性陣が付けている姿を女性が見て欲しい。」

「カズよ、そうすると妾が行けなくなれば誰に任せた方がよいのかの。」

「居ないので、製作を遅らせることも視野に入れている。」

「カズよ、もう一人ここにおなごがおるのじゃが…。」

「え、残念むす…、ソフィアさんをですか?」

「そうじゃ。ああ見えても、あ奴は王宮首席魔導師じゃぞ。王宮では“獄炎の魔導師”と呼ばれておる。」

「は?氷の娘が獄炎ってどういう家系なんだ。まぁ確かに火魔法とは出ていたが…。」

「ニノマエ様、私はファイヤーボムが撃てるのです!」


ソフィアさん、ふんすかしてるが、ファイヤーボムってベリルとスピネルが飛ばしてキャッキャ言って遊んでいるあれだろ?


「そ、そうか…、そりゃすごいな…。じゃ、メリアドールさんも氷の魔法を?」

「そうじゃ、妾はアイシクルシールドとアイスニードルを出せるぞ。」

「…。」

「どうじゃ、凄すぎて声も出んようじゃな。どうじゃ、カズよ。」


 すまん。初歩の初歩魔法だと思うのだが…。


「ごめん。頭痛くなったから帰るわ。あ、これ後でみんなで食ってくれ。食べ方は料理人に教えとく。ただし、メリアドールさんはまだ早いから、厨房に少し豆腐とお粥とデザート置いておくんで食べてくれ。

じゃぁ、明日10時にアドフォード家の正門に行くのでよろしく。」


情けないほどに弱い。それをさも凄いように言う貴族…。

やっぱり、付き合いはほどほどにしといた方がいい。

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