8-5 本音の夕食会

「自分自身の思いは、ヒトに言わなきゃ分からないんです。

 最初は進む方向が同じであっても、常に確認していないと方向性はズレていくもんです。

多分、カルムさんやトーレスさんの事は貴方が仕向けた事なんでしょ。

あの件で、彼らとの付き合いは一歩引いた状態になったし、あれこれ詮索されないよう家に“結界”を張る手段も覚えてしまった…。

そういった痛くもない腹を触られたり、親切の押し売りをされるのはイヤなんですよ。

俺は“迷い人”ではあるが、俺はこの世界でヒトとして生きている。

その中で、直接腹を割って話せる仲間だけで事を動かす。そこに格上とか格下といった身分の差なんてない。

貴族の“おもちゃ”にはなりたくはないんだ。

俺は平等に皆と接したい。

その思いを潰す奴がいれば、俺は笑顔でこの国を出る。それか全力でこの国を潰す。それだけだよ。

その中にメリアドールさんが居るのか居ないのかは、それは、あなた自身が決めることだ。

今日、俺を一人で寄越したことは、過信かもしれないが、これまでの事を謝っておきたかったんじゃないんですか?」


「ふふ…、さすがカズよの…。

 そうじゃ、妾があれこれ指図して、カズの逆鱗に触れたと思うておる。

 その代償として、この病気を受け入れた…。

 しかし、妾、わ、私は一人の女性として生きてきた事など、一度もないのじゃ。

 王族として生まれ、王家のしきたりに従い生きてきた。

 ここに来てからも同じじゃ。家のために家族のために…、そんな毎日じゃった。」

「なぁ、メリアドールさん、

 なんで、あなたが“氷の魔導師”と呼ばれていた時代があったんだ?」

「え、何故それを知っておるのじゃ。」

「いろいろとね。

 もしかして魔法学校か一時魔導師となっていたことがあったのか。」

「そうじゃ。魔導師として国に仕えていた時期があった…。」

「それと…、メリアドールさん。

 ここには二人しかいない。それに音声遮断魔法をかけているし、何なら結界も張る。

 肩書で話すんじゃなくて、その肩書を取っ払って話しませんかね。」


 俺はこの部屋に誰にも入って来れない事、そして中で隠れている奴らを外に出す結界を張り、もう一度音声遮断をかけた。


「これで良いよ。誰も入ってこれないし。何を話しても問題ない。

 ここには、今あなたと俺しかいない。」

「ありがとうございます…。

 正直、妾とか使うのって疲れるんです。

 多分そう言った気苦労が溜まっていたんですね。」


 なんだ、ちゃんと喋れるじゃん。


「気苦労はたくさんあったんだろうと思う。

 何せ貴族だから…。あ、ごめん。別に貴族を責めている訳じゃないから。」

「分かっていますよ。

 生まれた場所や身分を選ぶことなんてできませんものね。

 でも一番自分が出せたのは魔導師時代だったんでしょうね…。あの時は何でも話していました。

 楽しい時間は短かったですけど…。」

「そうか…、そんな話を聞いてすまなかった。」

「いえ、良いんです。

 ここに嫁いで来てからというもの、私は自分を出さず、すべてを家と家族にかけて来ました。

子供が成長し、夫を亡くし、そして自分が今まで何をしてきたのかが分からなくなってきていたのも事実なんです。そして今回の病気です。

 生い先が短い私に残された時間は少しだけです。

ですが、カズさんのお力を貸していただけるのであれば…、もう一度、私に活躍できる場を与えてくださいませんか。」


 空の巣症候群か…。確か、子育てが終わり空虚と喪失を味わうことだったよな…。

その替わりとなるものを見つけることが俺であり、俺の売り出すものだった訳だ。


「メリアドールさん…、

 先ほども言ったけど、あなたはこれから何をしようと思うのですか。」

「はい。私はカズさんに娶っていただきます。」


 いきなり、ハンマーで殴られた気分だった。


「は? 何言ってるんですか。俺が貴族であるあなたを娶るなんてできるわけがありません。」

「カズさんは、身分や肩書なんて、邪魔になるだけだっておっしゃいましたよ。

それに…、例え王であろうと貴族であろうと衣を脱げばただのヒトですよね。」


 いかん、あげ足とられた…。


「それに貴族の女なんてのは、主の子を宿し世継ぎを育ててしまえば、タダの穀潰しとなるだけです。

カズさんの生き方そのものが私には魅力があるのですよ。」


 うん…、なんだか良く分からないが、空の巣症候群から始まる熱中対象が俺…。

自尊理論だったディートリヒと全く同じ状態だ。


「まぁ、良くは分かりませんけど。

 そこに何で俺がいるのかも分かりません。あなたはどうなんですか?アドフォード家は?」

「私がここに居ると…、息子が一人立ちしないのです。」

「しかし、子どもは何歳になっても親を頼るものです。おそらく世俗を絶ったとしても、それは同じ事になると思うのですが。」

「では、どうすればよろしいのでしょうか。

私は残りの人生も、これまでどおりアドフォード家の傀儡とならなければいけないのですか。」


 そんな事俺に言われても知らんよ…。

しかし、『妾から私』になったり、メリアドールさんも女性だったって事だ。

なんかギャップ萌えしてしまう…。


「えと…、ヴォルテス様とスティナ様、そしてソフィア様と十分お話しされることです。

親はいなくとも子は育ちます。しかし、近くに親が居なければ心細くなります。

お父上様がお亡くなりになられた今、メリアドール様がお三方の唯一の親となりますので、近くに居てほしいのだと思いますよ。

今、私におっしゃったメリアドール様の本心をお子様にぶつけてみるのです。対話が進めば、それは良い方向に進むと思います。」

「そうですか…。では、娶ってほしい、という私の思いはどうなるんでしょうか。」


 いや、そんなの知りませんよ。

いきなり何言ってるんですか?ってくらいの言葉でしたからね。


「あ、それは一種の気の迷いだと思いますよ。

おそらく、余命数か月とお聞きになった際、これまで心の底にあった迷いや不満などが湧き出たんだと思います。

その思いを発散させるために、心に最初に思った人物で、まぁ割と簡単に落とせると思った俺に助けを求めた、というのが事実ではないでしょうか。」

「つれないですね…。」

「メリアドールさんの本心は、自分には分かりませんからね。

先ずは病気を治療し完治された後、改めてあなた自身がどうしていきたいのかをご家族の方とお話しされるのが一番ではないかと思いますよ。」

 

 ディートリヒと同じ流れになりそう…。あいつもこんな感じだったよな…。

って事は、メリアドールさんも残念なタイプになっていくのかね…。

でも、貴族の女性なんて面倒くさいだけじゃん。

しかし、先ずは治癒魔法をかけることが必要だ。


「そのことはゆっくり考えることにして、夕食はどうですか?」

「食欲がないです。」

「そうおっしゃると思い、食べやすい食事を作ってきましたので、一口だけでも食べてみますか?

 あ、そろそろ結界を外さないとブライアンさんが心配しますから。それと口調は戻しますからご安心ください。」

「そうですね。ご配慮感謝します。ではいただきます。」


 俺は先ずは豆腐を出す。豆腐の上に少しだけ醤油をたらす。


「これはスプーンで召し上がってください。」


 彼女は豆腐をスプーンですくい口に運ぶ。


「ん、濃厚な味じゃの。それに落ち着く。」

「はい。豆の味です。」

「これであれば口に入って行くの。」


 続いて、お粥さんを入れた鍋をコンロにかけ煮立たせる。

くつくつと言い始めたら卵を投入し、軽くかき回す。


「メリアドール様、これは“お粥さん”というものです。

 あったまる食べ物です。」

「そうか、すまないの。」

「熱いのぉ、カズよ、フーフーしてたも。」

「そんな事はできません。ご自身でなさってください。」

「ほんにつれないのう。」


 さっくりと料理が終わる。

そんなに時間をかけると疲れさせてしまうからな。


 俺たちはリビングに行き、メイドさんが入れてくれたお茶を飲みながら話をする。


「メリアドール様、治療を受けられますか。」

「そうよのう…、カズがここに定期的に来るという事であれば治療を受けるとするかのう。」

「治療という事になりますと、先日の契約のとおりとなりますが、よろしいでしょうか。」

「構わぬ。ブライアン。」

「はい。何でしょうか。」

「これからカズの治療を妾の寝室で受ける。湯浴み後にカズを寝室まで連れてまいれ。」

「はい。」


 メリアドール様は部屋を出て行った。

「ニノマエ様、いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございました。

 あのように生き生きしておられるメリアドール様を見たのは数か月ぶりとなります。」

「そうですか…。よかったですね。」


 なんだか、気疲れだけがどっと押し寄せてきた。

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