7-16 ツープラトン

「で、そちが言うパンを柔らかくする方法で作ったパンはあるのだろ。」


 あ、やはりそこに食いついてきたか。


「はい。しかし、これを食べると他のパンは食べられないという者が4人ほどいましたので…。」

「そんな事はないぞ。パンはパンだから、大丈夫だ。

な、ユーリ。」

「いえ、信じてはいけませんよ。ニノマエ様。

 こうやって貴族は骨の髄までしゃぶり尽くすのですからね。」

「まあ、そうでしょうね。

 では、ご家族の方に試食していただくのが良いと思いますね。」

「そうですね。旦那様は貴族ですので。

 試食の方は私たちとメイドたちでいただくことにしましょう。」

「え、え…、何でそうなるんだ。」

「だって、旦那様はニノマエ様との直接の交渉を辞退されましたからね。それにパンの話も聞いていないという事になりますもの。バスチャン、ティエラと子供たち、それと手が空いているヒト全員を厨房に集合させてください。」


 やはり、女性は強かったよ…。

伯爵さん、涙目になっている…。食べたいんだろうな。でも大丈夫だ。ユーリ様ならそこはわかっていらっしゃるからね。

しかし、何人居たっけ?

パン足りるかな?4つしか焼いてこなかったけど…。


 厨房に移動すると、何でこんなに人数がいるんだって言うくらい集まっている。

親戚の叔父さんの葬式に行ったら、この人は誰々の兄弟で、この人は…、と延々と続く記憶が浮かんだ。

ひぃー、ふぅー、みぃー…、20人は居る…。

まぁ、一つを8頭分すれば32個になるから…、多分大丈夫だよね。


「では、これが試作品です。」

「おぉおおおーーー」

「丸いぞ!」


 そりゃそうです。フライパンで焼きましたから…。


「熱そうだ。」


 はい。焼きたてをアイテムボックスが付いたバッグに入れましたから。


「父上、なんだかフカフカしてそうですね。」


 エドモント君、それが正解な感想なんだよ。

 でも食べてびっくりするなよ。

 今回焼いたパンに使った灰は研究所で特別に貴族が髪を洗うために使用している木を入手し、それを灰にしたものだ。俺も食ったが今のところ腹は痛くなっていないから、多分問題はない…。

もし、お腹を壊したら…、うん。逃げよう。


 パンを4つ出し8等分に切る。

それをユーリ様に渡していく。

ユーリ様は序列に従いパンを一切れずつ渡していく。

最後に数個残り、子どもたち用に3つ残し、一つを伯爵さんに渡した。

伯爵さん、泣いてる…。余程食べたかったんだね。

っていうか、夜もずっとお預けされているのかね…。

完全に調教されている…。


 ユーリ様の掛け声で、ゆっくりと試食が始まった…。

が、ものの数秒でお子様ズがお分かりを所望している。

バスチャンさんやメイドさんは、ぐっと我慢しているね…。

料理人さんは、しきりに作り方を聞いてくるが、出来ないから。

それに内容聞けば、絶対に使わないよ。


 皆驚いていたし、まだ欲しそうだったので、次回お邪魔する際にはたくさん作って来ることを約束してティータイムに入る。


「これは規格外です。驚きを越えました…。」

「これがニノマエ様の最終兵器ですか…。流石のメリアドール様もこれを食すれば…」

「おい、ニノマエ氏、もう1個ないか。」


 一人だけ頓珍漢な事を言っている残念なヒトがいるが、まぁスルーしよう。


「これを携えて、メリアドール様のところに行かれるわけですね。」

「いえ、これは出しません。最終手段ですので、決して口外はなさらないようにお願いします。

と言っても、既にメリアドール様のところに、誰かが報告していると思いますけどね。」

「なぁニノマエ氏、そこまで分かっていて、敢えてメリアドール様の術中にはまりにいくのか?」

「そうです。相手の懐の中に入り込めば、いろいろと動けますからね。」

「で、ニノマエ氏よ。そちは儂の領地のどこを収めようと思っているのだ?」

「北東の山間部です。」

「あそこは火山帯であり、採掘場もさびれたものだぞ。

 そんな何もないところで何をしようと言うんだ?」


 このおっさん、ヒトは良いんだが、相手の話をまったく聞いていないという残念なヒトだ。

困った顔をユーリ様に向けると、分かっていますとばかりに伯爵を叱る。


「あなたは何も聞いておられないのですね。

 先ほどあれだけ利点があるとニノマエ様が仰っていたのに…。

 ティエラ、いつもよりもお預けを長くしますよ。」

「ふふふ。そうですね。それも良いかと思います。」

「え、あ、すまん。それだけは…。」


 うん。聞かなかったことにしよう。


「ただな、領地を任せるという事はそれなりの実績を積まなければならないのも事実だぞ。

 他の領地を任せている氏族どもも実績は出しておるのでな。」

「あなた。ソースとマヨネーゼだけの収益では足りないと仰るのですか。」

「いや、そうではなく、普通に皆が目で分かるような実績と言うことだ。」

「はぁ…、言うに事欠き今更ながら実績と言いますか!

 あなた!良いですか!スタンピードはどなたのおかげで終息したのですか?

 その後、個人的な財産を投じ孤児院を再生されたのはどなたですか?

 さらに調味料の特許で年間白金貨1枚と金貨80枚の収入が安定して入って来るのはどなたのおかげなのですか?

 これだから、貴族の男は使い物にならないって言われるんです。

 わかりますか!あなた!」

「ひゃ、ひゃい。分かっております…。」


 女性は強い。ホントに強い…。

絶対逆らわないようにしよう…。


 あ、神が降りてこられた…。


「ユーリ様、ティエラ様、それと伯爵様、ひとつご相談があるのですが。」

「はい(はい)、何なりと。」

「何で儂が最後なんだ?」

「あなたが無能だからです!少し黙っていてください。」

「ひゃい。」

「で、ニノマエ様ご提案とは?」


 うわ、奥方ズのツープラトンだ…。これはきいただろうな…。


「えと、伯爵様の馬車で現在使われていないものはありますか?」


 はは、ユーリ様がピンと来てニコリと笑う。


「あなた、使ってない馬車はありましたね。」

「そんなのあったかな?」

「ありましたよね!」

「ん?だからあったかな…。」

「あ・り・ま・し・た・よね(ありましたよね)!」

「はい!ありました。」


「では、その馬車を今回のメリアドール様の訪問時に使わせていただきたいのです。

そうすれば、斥候どもも伯爵の息がかかってるとして、メリアドール様がいらっしゃる街では手出しできないと思います。

その後、その馬車を少し改良させていただきますが、口外は決してなさらないでください。

おそらく、馬車の構造を盗み見しようという輩も居ると思いますが、そこは上手く隠すようにしますので。」


「分かりました。では、私たちの馬車をお使いください。」

「え、儂の馬車でなくて良いのか?」

「良いのです。それにあなたの馬車はいろいろと使われるでしょ。」

「でも、儂よりもそちたちの方が頻繁に使っているではないか。」

「その時はあなたの馬車を使わせていただきます。」

「いや、それでは…」

「わ・た・し・た・ちの馬車をニノマエ様にお貸しいたします。よいですね!」

「はい!」


 ツープラトンがまた決まり、これは完全に3カウント、ノックアウトだな…。

「では、この馬車をお使いくださいませ。」

「ユーリ様、ティエラ様、ありがとうございます。

 それで、改良の話ですが、内装も少し触ってもよいですか。」

「はい(はい)!何なら一から作っていただいても構いません。」

「いえ、そこまでは…。」

「大丈夫です!(期待しています!)」

「はい。踏ん張ります…。」


 バスチャンさんに御者をしてもらい家まで戻る道中、俺はドナドナ状態だった…。

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