7-12 動き出した歯車
結局、下着を一週間着ないことも一週間の俺の部屋の出禁も却下され、何故かナイトガウンの着用のみ禁止となった。
それでも彼女たちには堪えたらしくしおれている。
「さて、出来ましたっと。」
俺は、木の実を入れたパンもどきを皿に乗せ、8等分に切る。
それを2つ準備して、ディートリヒに食べてもらう。
一口食べ、顔つきが変わる。そして黙々と食べ始める。
「ディートリヒ、そんなに美味しいのか?」
「ひゃい。これは売れますね。何よりも柔らかいです。」
「だよな。こっちのパンはどうしてもふっくらしないんだよな。」
「何故こんなに柔らかいのですか。」
「あ、それはな、石鹸の素材にも関係するんだ。
スピネル、そろそろ石鹸もいい塩梅だと思うから、持ってきてもらってもいいか。」
「はい主様。」
スピネルは地下の研究室に行き、2つの木箱に入れた石鹸を持ってくる。
「お、いい具合だな。
これが、最初に作った匂いがない石鹸ね。少し油の匂いが残っているのが難点だな。
次にこれがスピネルが作ったハーブと蜂蜜を入れた石鹸だ。匂いを嗅ぐと良いよ。」
木箱の隅っこの部分をナイフで切って、4人に渡す。
「これは良い香りですね。」
「お館様のように泡は出ますか?」
「これまで使っているものよりは泡は出ないけど、少しだけなら出ると思うぞ。」
4人はキッチンの方に回り、手に石鹸を付けて洗ってみる。
「あ、ホントですね。泡はカズ様が持ってきてくださったモノよりは出ませんが、それでも泡立ちますね。」
「もっと泡立てたいのなら、網とかネットを使うといいな。」
「網と言えば魚をとるものですか?」
「あ、無いわ。んじゃ、なにか代用となるものは…、端切れとかかな。」
「服の素材ですか。」
「そうだ。それか切れなくなった服を切って使ってもいいけど、勿体ないよな。
それか、コツは必要だけど、こんなやり方もできるぞ。」
俺は手のひらに石鹸を付けて、少量ずつ水を加え、指の腹で空気が入るように優しくこする。
すると、だんだんと泡が出来て、3分も経たないうちにモコモコの泡ができた。
「カズ様、魔法をかけたのですか?」
「あ、魔法で撹拌すればよかったかも…。でも今は魔法なんて使ってないぞ。
皆、これができるように練習すると良いよ。」
皆真剣な顔をして、黙々と泡立てている。
「あ、それと言い忘れてたけど、この石鹸の素材となる白い粉がパンを膨らませる魔法の粉と一緒なんだよ。」
「ええーーー!」
はい、スピネル以外の3人が驚愕した…、でした。
まぁ、食用と洗剤用に灰を変える必要はあるけど、魔法で不純物とか全部取り除いてしまっているし、何なら食用は灰を専用にすればいいから。
それに…、ナズナとベリル、スピネルには申し訳ないが、重曹が食用に耐え得るものなのかも試してもらっているから…。でも、そんな事は言えないけど…。
パンはもう一個焼いている間に、コトコトと煮込んでいたシチューを4人に出す。
「これはどこにでもあるシチューだ。
このスープにパンを付けて食べてごらん。あ、パンは少ないから、ちゃんとディートリヒの分は分けておくんだよ。」
「はい((はい))。」
もう懲りたんだな…。
ちゃんと分けて食べている。うんうん。可愛いね。
「カズ様、シチューに合いますね。」
「これはパンが美味しいのか、シチューが美味しいのか…。」
「お代わりありますか?」
「私もお代わりです。」
だから、残念竜さんズ、しっかりと味わって食べなさい。
夕食も終わり、ようやくディートリヒの機嫌もなおったようだ。
ディートリヒ以外の3人は、パンの責任を感じてか洗い物を率先して引き受けてくれた。
リビングに行き、お茶を飲みながらディートリヒの報告を受けることにする。
「先ずは、ソースとマヨネーゼの特許使用料というものをユーリ様が設定されておりました。
ソース、マヨネーゼともシェルフール以外で使用する時は一年に銀貨を支払うようになっているようですが、その金額が既に王国中の食事処に伝わり、これまでに年白金貨2枚ほどの収入になっているようです。」
「は?この国にどんだけ食事できる店があるんだ?」
「それは分かりませんが、王族であろうと貴族であろうと支払う義務があるようです。」
「あ、そういう事ね。」
「はい。で、収入金額の5%が毎年カズ様に入るようになっています。」
「ナズナ、白金貨2枚の5%ってどれくらいだ?」
「はい。金貨10枚ですね。なのでソースとマヨネーゼで金貨20枚となります。」
「はい?それでいいのか?」
「良いとの事です。残りの収益は孤児院への運営や発祥の地としての振興、都市の復興に使わせていただくとの事です。」
「そこは任せているからね。んで石鹸の方だが…」
「はい、石鹸は一度メリアドール様にお聞きしないと分からないとのことでしたが、この製法を売り出すということなれば、国が転覆する可能性もあるとの事です。」
「たかが石鹸だが…。」
「されど石鹸です。
現物は見ていないので、何とも言えないようですが、製法を売り出すというよりは、カズ様の店でしか扱えないようにした方が良いとの事です。」
「そうか…、まぁ重曹を作れるのが、今のところ俺とスピネルしかいないからな…。
これから、何人に教えることができるか、という事にかかってくるんだな。」
「そうなります。」
「で、馬車の改良はどうだった?」
「それは…」
「ん、どうした?」
「それを特許として売り出す場合、天文学的な金額になるようです…。」
「なんじゃ、そりゃ…。」
「ユーリ様が仰るには、この国の馬車の台数に使用料を年間銀貨1枚としても白金貨が数百枚も集まるようで、使用料5%は問題ないのですが…、それを差し引いたお金をどうしていいか分からないという事のようです。」
「あ、そういう事か。
じゃぁ、その金でもっと改良すればいいんじゃない?今度はどこかの店に任せるなり、国で開発するなりすればいいんじゃない。」
「そうしますと、これまで以上にカズ様が貴族や他国から狙われる可能性があるようです…。」
「世知辛いな…。で、最後の下着は?」
「あれは専門店として販売する方が良いようです。
あくまでも女性限定なので、国や貴族がどうこう言うような事はないと…。
ただし、あまり手広く進めると、貴族の横やりが入る可能性もあるので注意してくださいとの事です。」
「ほんと、了見が狭いな。」
「私もそう思います…。ただ…、」
「ただ…?」
「この領地は王族の遠縁という事になりますので、まだ他の貴族からの干渉は少ないようですが、王族と縁が遠い貴族は確実にカズ様の転覆をはかるように画策してくるでしょう。
それを押さえることができるのは、やはり王族であるので、今後、何らかのコネクションは持っておかれるのが良いかと思います。」
「うわぁ、俺が一番嫌いとするところだ…。
なぁ、下着も馬車も止めようか…。」
「それも有りだと思いますが、カズ様のその素晴らしい考えは、私のみならず、この世界の女性を救うものだと思います。」
「最後の手段を使わざるを得ないか…。」
「最後の手段とは?」
「俺よりもユーリ様よりも策士なのは…。」
「メリアドール様ですか…。」
「そうだ。それとザックさんだ。確かザックさんの街はアドフォード領だよな。」
「その通りです。」
「んじゃ、そこで下着の工場を作る。販売店は俺とザックさんの店で。
次に馬車の工房もザックさんの街か…あ、ドワさんいっぱい住んでいるのはどの辺だ。」
「どこにでも住んでいますが、ここから北東にある火山帯の付近でしょうか。」
「そこには町があるのか?」
「いいえ、街はありませんが小さな村があります。しかし鉱山はありますね。」
「そこは伯爵領か。」
「そうです。」
「分かった。んじゃ、試作機ができたら、試運転も兼ねてその土地を一度見に行こう。
それと早めにザックさんのところに手を回した方がいいな。
さて、これから忙しくなるぞ。
ディートリヒ、すまないがザックさんに…、そうだな…、今日から数えて5日後にザックさんの街に行くのでお土産を持っていくことを書いて、明日にでも送ってほしい。早ければ明後日くらいに着くようにしてほしい。
それとメリアドール様にも手紙を送り、折り入って話がある事を伝えてほしい。できれば、ザックさんの街に行くついで行けるといいな。
それと、明日、アイナさんと契約する紙を2枚署名なしで書いてほしいんだけど、今晩中にできるかい?
次にナズナはベリルと一緒に明日の朝、伯爵邸に行きバスチャンさんに石鹸を5個渡してほしい。
泡立て方は理解できたな?それをバスチャンさんの目の前で実演し、使い方を教えてやってくれ。
その使い方と感想を…そうだな、3日後に聞きに行くので、それまでに使ってほしい、と伝えてくれ。
スピネルは、伯爵邸に行く3日の間に重曹を、そうだな…5㎏と、スピネルの感覚で良いので、今日作ったハーブ以外の薬草のエキスや油の種類と変えながら石鹸を3箱ほど作ってくれると嬉しい。
みんなできるか?」
「ふふふ。カズ様らしくなってきましたね。
ナズナ、ベリル、スピネル、これが本来のカズ様です。
真に強い方は、先を見通すもののです。
ダンジョンよりも更なる強い敵と戦っていく事になりますので、皆さん心して準備してくださいね。」
「はい((はい))。」
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