6-6 運命

 俺はメリアドール様の書簡の封を解き、ディートリヒに読ませる。


『カズよ

この書簡をユーリからもらったという事はすべて見抜いたという事であるな。

 さすが、妾が見込んだ男である。

先ずは、このような画策をした無礼を許してもらいたい。そして、その責任をユーリに仕立てた事、ユーリにも詫びを入れる。

 さて、サボーについて生産する際には、妾にも提供願いたい。

 その使い心地を以て、サボーとは違うという事で王には伝える。

もし、その製法を国内に普及したいという考えを持つのであれば、そこに居るユーリを頼れ。そうすればソースやマヨネーゼのようにしてくれる。

 さらに、何か必要であれば、直接妾を頼ってまいれ。

 近いうちに会える日を楽しみにしておる。    メリアドール・アドフォード』


 はぁ、上には上が居る者だね…。

流石のユーリ様も舌を巻くくらいの方だよ…。


「メリアドール様には、かないませんね…。」

「そのようですね…。」


 俺は石鹸の話をユーリ様にお願いし、出来上がったら先ずは伯爵家で使っていただき、その感想を教えてもらうようお願いする。

 それと、奥方ズには、それ以外に売るモノを伝える。

やはり、現物を見たいという事であったので、ディートリヒと奥方ズが別室に行く。


「のう、ニノマエ氏よ。」

「はい。」

「女性と言うものは、強いのう。」

「はい。世界で一番強いと思います。

 それでも良いのではないですか?」

「なぜじゃ。」

「男が上位に居るという社会には限界があります。」

「と言うと?」

「経済を回すのは女性です。男は経済を回す手伝いは出来ますが、実際に金を持って売買しているのは女性ですからね。」

「そうだな…、でも夜もそれで良いのか?」

「えぇ。自分の聞いた話だと、女性の悦びは男性の悦びよりも何百倍もするようです。」

「なんと。それほどまでに甘美なものなのか?」

「いえ、女性でないので分かりません。

しかし、その悦びを与えることができるのは男性であると思います。であれば、その悦ぶ姿を見たいというのも男のサガだと思います。」

「そうじゃの。ふふふ、そうか。その姿を見るのも一興か…。

 ニノマエ氏よ、感謝する。儂にも光明が見えてきたぞ。」

「あ、そういう風に自分が上位にと思わない方が良いですよ。お互いに気持ち良くなればそれで良いと思います。」

「そうか。そうじゃの。では、今宵より励むとするか。」

「ええ。そういった意味で本日はサーペントのかば焼きを用意いたしましたので。」

「それはどういう事だ?」

「あの料理は、滋養強壮だけでなく、精力増強もあるんですよ。」

「な!なんと!それを見越しての事か?」

「いえ、結果論ですよ。」


 お互い笑い合った。

その時、奥方ズがディートリヒが付けていたであろう“ブラジャー”を振りながら部屋に入って来た。


「ニノマエ様!これを是非、私どもにも!」


 残念。もう、ありませんよ…。全部ナズナに渡しました…。

それに誰がサイズを測るんだ?


 今回は丁重にお断りし、その代わり製作も進めていくので、サイズを教えて欲しいとメジャーを渡しておいた。勿論、伯爵さんに測ってもらうように頼むと、伯爵さんもニヤニヤしながら快く承諾してくれたよ。伯爵さんも変わってくれるといいね。


 伯爵邸を出たのは午後9時頃か…、少し夜風に吹かれたい…。

実は衣類に染み込んだかば焼きの匂いというリーサルウェポンを無くしたい…。


「ディートリヒ、少し散歩して帰ろうか。」

「はい。カズ様。」


俺たちは琥珀亭とは反対の方向に歩き始める。

食事処ももうすぐ閉店くらいか、歩く人もまばらである。

夜風が心地よい。


「ここにナズナも居ると最高だな。」

「そうですね。気持ちの良い天候ですね。」


 俺たちは他愛のない会話をしながら通りを歩く。

凄く幸せだ。いろいろな事にチャレンジできるし、何よりも笑顔が良い。


 通りを曲がると、少し喧噪な場所に来た。


「あ、闘技場か…。そう言えば一回も見に来ていないな…。

 ディートリヒ、少し見ていくかい。」

「いえ、私はこのままカズ様とこうして歩いていたいです。」


ん~可愛い奴め。後で幸せにしてくれようぞ。


「んじゃ、このまま宿に戻ろうか?」

「はい。」


 そのまま裏小路を通り宿屋に戻る。

あ、この道ってごろつきが居たところだよな…、と思いながらも、ごろつきも居ないので、そのまま闘技場を通り過ぎようとするが…。


「ん?ディートリヒ、何か聞こえないか?」

「え?」

「何か、うめき声のような…。」


 周囲の音でかき消されてはいるが、わずかに聞こえる。

ディートリヒが呻いていたような音だ。


「すまん。やっぱり聞こえる。音の出所はどこだ?」


 辺りをキョロキョロと見渡すと、闘技場から一人、ネコで何かを運んでいる男を発見した。

夜道で街頭もないため、ナイトスコープを使う。


 ネコで運ばれているモノだと思っていたが、それはヒトであった。

それも塊のようになっているということは折りたたまれた状態なのだろう…。

俺はいつの間にかダッシュし、その男の後を追った。


 男は鼻歌を歌いながら、空き地に行き、そこに置いてある箱を開け、塊を入れ戻ろうとする。


「おい!ちょっと待ってくれ。」

「あ、なんだ、あんた。」

「あの箱に入れたものは何だ?」

「あぁ、あれか?あれは今晩の闘技で負けた者だ。」

「確か闘技場での戦闘は刃が付いていないもので命は取らないって聞いていたが…。」

「あぁ、それでも不幸にもケガをする奴はいるんだよ。

まぁ、普通のケガであれば治療すればいいんだが、運悪く死ぬほどのケガを負う奴もいる。

 そういった奴はもう使えないので、この箱に入れて夜中に森に捨てに行くって寸法だ。」


 俺は、呆気にとられた。

闘技場ってパフォーマンスだと思っていた。でも、プロレスでもボクシングでも当たり所が悪かったりすれば死にいたることを思い出した。


 助けたい…。


何故か心から思った。

衝動的にその男に話始める。


「なぁ、闘技場ってのは面が割れているのか?」

「いや、そんな事はないな。仮面を付けて戦うから面は割れない。」

「じゃ、闘技場の仲間同士はどうか?」

「まぁ、仲の良いやつらも居るが、ほとんど顔を合わせないな。」

「では、あのヒトたちは何だ?」

「言ってる意味が分からんが、剣闘士という扱いだ。」

「では、奴隷ではないんだな。」

「あぁ、自ら剣闘士となった奴らだから。」

「では、あの死にそうな奴らを治療しても問題は無いのだな。」

「そりゃ困る。俺が今日の当番であいつらを森に捨てる係だから。」

「分かった。じゃぁ、その役を俺が変わって森まで行ってくるって事じゃだめか?」

「そりゃ良いけど、夜の森は怖いぜ。」

「あぁ、問題ない。実はちょっと人体を見てみたくてな。」

「あ、なんだ、そっち系のヒトか。んじゃ、良いぜ。でもちゃんと処理してくれよ。」

「あぁ、大丈夫だ。それに俺にはこれがあるからな。『ターボ〇ェット』。」


 俺は、指先から青白い炎を出す。


「何だ、魔法使いの実験か。

 んじゃ、良いぜ。いつものように金貨1枚で売ったるわ。」

「悪いな。今何体いて、あと何体来る予定だ?」

「あぁ、今日はあそこに2体入っているな。

今晩の闘技はあとメインイベントだけだから、もうあそこに入れる奴はいねえな。」

「分かった。じゃ2人分という事で金貨2枚だ。これで良いか。」

「おい、おっさん。あの塊ひとつで金貨1枚だ。これじゃ多いぞ。」

「良いんだよ。それに今日会った事はいつものように内緒にしておいてくれよ。」

「へへへ。おっさん。分かってるじゃねぇか。それじゃ、もらっとくな。」


 その男は闘技場に小走りに戻っていった。


「ディートリヒ、すまんが…、」

「分かっております。至急運びますが、宿にしますか?それとも店にしますか?」

「ここから近いのは店か…。3階はほとんど工事は完了しているな…。では店に運ぼう。

 あと、あいつの顔は見えていたか?」

「いえ、先ほどの男は盲目ですよ。声のみで動いておりました。」

「この街で会う確率は?」

「身なりからして、おそらく皆無。闘技場内で暮らしているようですね。」

「ありがとう。では行こうか!」


 俺たちはバフをかけ、ネコに塊を乗せて人が通る場所を避けて店に到着する。

2つの塊を3階に上げ、部屋の中に入れた。


「ディートリヒ、済まないがこのネコを返しに行くついでに周辺にヒトが来ないようにして欲しい。」

「分かりました。ヒーレスをかけるのであれば、これをお使いください。ただし2本までですよ。」

「すまない。」


 ディートリヒが店から出る。


 一人でも救いたい!そう願った。

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