5-17 湖底に棲まう魔獣

 俺たちは湖岸で構える。

湖面がにわかに波打ち始め、ざわざわとし始めた。


「会敵するぞ!」


 湖面にはウネウネと蛇のようなウナギのようなものは多数おり、こちらに向かってくる。

射程範囲までもう少し…。

その生き物は陽がさしているにも関わらず真っ黒でヘドロのように見える。


 よし、射程範囲。

俺は前方に2発魔銃を連続して撃つ。

バシュッ、バシュッ・・・


同時に前方で黒い物体が四散する。

撃ち漏らしたのは左に、ひー、ふぅ、みぃ…6体と、右に…4体か。


「ディートリヒは左の6体、俺が右の4体。ナズナはディートリヒをフォローしてくれ。」

「はい(はい)。」


光輪を8個出し、右の4体に向け投げつける。

「行け!八つ〇き光輪!」


 クルクル回って黒い奴に向かった光輪は、首だか胴体だか分からない箇所を切り裂き、4体をズタズタにした。

 ディートリヒも剣撃で6体倒し、残り2体のうち1体に剣を当てている。

ナズナはこの場から見えないとなると背後から狙っているんだろう。

向こうも片付くな。

あとは、もうそこまで来ているデカい奴だ。


 俺はフリーズをイメージする。

射程距離50m先、範囲はその魔物周辺半径20m。これくらいであれば行けそうか。

もう少し、あともうちょっと。よし、射程範囲に入った。

後は顔を出せ!そこにフリーズを打ち込んでやる!


 そう思った瞬間、黒くてデカい奴が顔を出した。


「な。なんだ。こいつは?」


 黒くてデカい奴は蛇のような生き物だった。

でも蛇ではなく口には牙があり、目の後ろにはエラなのか耳なのか分からないような羽みたいなものまである。

 デカい、とにかくデカい。バジリスクなぞ比べ物にならないくらいデカい。こいつは一体どれだけあるんだと。一瞬躊躇してしまった。

 しまった。と思った刹那、奴が咆哮を上げた。


「ヤバい。」


後ろを向くと、ディートリヒもナズナも立ちすくんでいる。

その後ろにいるヤハネも同じ状態だ。


 恐怖を受けたモノは立ち尽くす事はバジリスク戦で経験済みだ。

なら、先にこいつを倒さないとみんなが危ない状況となる。


「ディートリヒ、ナズナ、気をしっかり持て!」


 一瞬立ち尽くしていたディートリヒが正気に戻る。


「ディートリヒ、ナズナを頼む。」


 俺は、振り向きざまにフリーズを当てる。


「フリーズ!」


 黒い奴の周囲が次第に凍っていく。

しかし、そいつが動くことで氷となったものがバラバラに砕け散り、完全に固まらない。

仕方がない。最後の一手だ。

俺は黒い奴だけに当たるよう、奴の頭の上に黒い雲を発生させる。

奴は動き回り周囲が凍らないようにしている。

その黒い雲が出来上がるまでフリーズがもってくれることを祈る。


 よし、できた。

黒い奴がもう一度鎌首を後ろに反らし咆哮の姿勢を取る。

どちらが早いか…、負ければ死ぬ…。


「インドラ!」


 黒い奴の首が前に来た瞬間、轟音とともに奴の頭にデカい光が当たったと同時にビリビリと衝撃波が伝わった。


 ギャオー――ス!!


黒い奴は口を上空に向け咆哮した。

だめだ、もう一発だ。

俺は即座にまだ霧散していない雲からインドラを放つ。


「インドラ!」


 黒い奴に当たった瞬間奴は口を空に向けたまま固まり、そのまま大きな水しぶき共に倒れていった…。


(残りのマナが10%を切りました、回復が必要です。)

そんなアナウンスが頭に響く中、マナポーションを一本飲み黒い奴が動かないことを確認し、後ろを振り返った。


「終わったと思う。」


 誰もが呆けていた。

ディートリヒもナズナも、ヤハネも…、もちろん馬車の中に居るレルネさんたちも、何が起きたのか分からないくらい呆けていた。


 最初に気づいたのはディートリヒであった。


「え…、あ、カズ様、お怪我はありませんでしたか。」

「ディートリヒ、先ずはクリーンを皆にかけてやってくれ。」


 恐怖を受けると失禁しちゃうこともあるから…。そういうディートリヒも下が濡れてる…。

まぁ、ここに居るすべてのヒトが咆哮を受けているんだから仕方がない。

次にナズナが正気に戻り、レルネさん、ルカさん、雇った冒険者、ヤハネと続いて正気に戻る。


 念のため、俺とナズナで索敵をかける。

うん。もう嫌な感覚は無くなっている。

一応、臨時で雇った3人を元の場所に戻り報告をしてもらうよう依頼する。

彼らが立ち去った後、この魔物たちをどうするのか決める。


「さて、イチよ。これをそのまま持って行くことはできんの。」

「そうですね。自分のアイテムボックスでも無理です。

 そうすると、解体する必要がありますね。」


 俺は解体できないから、ヤハネのメンバーとディートリヒ、ナズナ、ルカさんの7名でやってもらう事になるんだが…。さて、どれくらいかかるんだろう。


「先ずはあのデカい奴じゃの。」

「そうですね。皆あれを見たら驚きますからね。」

「そうではないぞ。イチはあれが何か分からんのか?」

「デカい蛇もどきですが…、」

「たわけ!あれは“エンペラー・サーペント”と呼ばれるこの湖の主じゃぞ。

今回の件は、そやつが数百年の眠りから覚め、腹が減ったから魔獣を食っていた。その横にヒトが居たから食ったというのが筋じゃろうの。」

「では、こいつ倒しちゃったらマズかったって事ですか?」

「いや、マズくはないが、少し問題にはなるじゃろうの。」

「問題とは?」

「まぁ、あやつは湖畔に住んでいる種族の一部では信仰されておるからの。

 そやつを倒したという事は崇めるものを奪う事になるからの…。」

「では、無かったことに。」

「あほ、みんな見とるじゃないか。」

「でも、名前知っているのレルネ様くらいですよ。あとのヒトはデカい蛇しか思っていません。」

「まぁ、そこら中に散乱しているサーペントの大型とでも言って逃げるか…。」

「そうそう。それでいきましょう。それとここで見たことは内緒にしましょう。

 あ、斥候の3人、どうしましょうか?」

「あ、あ奴らなら大丈夫じゃ。最初の咆哮で気を失っておったからの。」


 デカいサーペントを討伐したという事にして、先ずは湖の中でとぐろを巻いているエンペラー・サーペントの解体をする事としたが、何せデカいので、魔石を採取後、ぶつ切り状態にして、俺が持っていたカバンに次々と入れていった。

その後、その辺に散らばっているサーペントを解体していく。

その作業が終了する頃には既に陽も落ちかける時刻となる…。


「んじゃ、ここで野営しますか?

「まぁ、念のために結界を張ればよいからの。」

 

 ヤハネのメンバーとディートリヒ、ナズナ、ルカさんがまだ解体している中、俺とレルネさんとシーラさんで夕食の準備を始めた。

 

「で、イチよ。何を作ろうとしておるんじゃ?」

「あ、今回は鍋で“しゃぶしゃぶ”をしようと思ってます。」


 しゃぶしゃぶ鍋があればいいんだが、普通の鍋でも食える。

出汁を少し改良して作れば何倍も美味しい。


 俺は、マーハさんからもらった包丁で、ブルとオークの肉を薄切りにする。

10人前だけど、皆大食漢だと思うから、えい!とブルの霜降り2㎏とオーク2㎏を出し、透けるくらいの薄さでスライスし、皿に盛り付けていく。

 魔導簡易コンロもディートリヒには内緒でもう1つ買っておいたのを出し、2つの鍋を作る。

 そして、つけ汁の最終兵器として取り出したのは“出汁醤油”だ!

出汁醤油であれば、あっさりと食えるんじゃないかと思って…。

ポン酢とゴマダレを持ってくるべきだったと後悔した。


 その後、湖畔に壁を3方向に作り防音を付与する。

そこに風呂桶を置き、お湯を張る。


 野菜切りをお願いしていたレルネさんとシーラさんは、俺の壁作業を見て再び呆けている。

あと少しで解体が終わるという連絡があったので、ルカさんを呼びレルネさんとお風呂に入ってもらう事にした。

 うん。大丈夫。声は漏れていないね。

一応、その横に穴掘りトイレも土魔法で作っておいた。ユニットバスのデカいヴァージョンで半露天風呂だ。


「カズ様、終わりました。」

「ディートリヒ、ナズナ、ありがとう。こっちも夕食の準備はできたから、レルネさんとルカさんがお風呂から出たら夕ご飯にしよう。」

「お館様に夕ご飯を作らせてしまい、申し訳ありません…。」

「いや、そんなことないよ。俺解体できないから、その分違う事しないといけないからね。」

「お館様(カズ様)…。」


 そんな甘い会話を聞きながら、ヤハネのメンバーも帰ってくる。

後は穴を掘って焼いて埋めるだけだねと確認したら、それもすべて終了したとナズナから報告があった。

流石優秀なナズナさん。


 レルネさんとルカさんも風呂から上がり、みんなが勢ぞろいしたので乾杯といきましょうか。

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