4-28 確信犯
ナズナにとって、今日は捕縛された時と同じくらいプライドがズタズタに切り裂かれた日ではないだろうか。
しかし、そのプライドのせいで死に至ることもあるのがこの世界。
そんな安っぽいプライドに命を預けるなんてできない。
それを覚えて欲しいんだ。
あとは、これからの事だが、彼女が『ごめんなさい』を連発するようになると厄介だ。
謝れば許してもらえるという心や、ごめんなさいと言葉の中に自己否定が生まれ、結局はプライドをもう一度考える事になってしまい、自己嫌悪に陥るといった悪循環が生まれる。
下手に付いてしまったプライドは捨てればいいんだが、特にヒトと呼ばれる者は、自分より弱者を見つけその弱者より上に立ちたいと思う生き物だ。
上位者や経験の差といった人物に憧れてはみるが、自分がその境地に達しないと感じるや否や自身を卑下して逃げる厄介な生き物だ。
そのスパイラルに陥ったものを救う手立てはない事は無いが、その者が受け入れる気持ちが無ければ何も始まらないし何も変わらない…。
そんな人間を何人も見てきた…。
プライドを捨てることなんてなかなかできない…。
でも、捨てなきゃいけないプライドもあるし、捨ててはいけないプライドもある。
その線引きが難しいんだ。
俺は、ようやくしゃべってくれた事を良しとし、みんなで寝る事にする。
ディートリヒの時のように、肌と肌を合わせて落ち着くのが一番ではあるが、彼女自身がどうしたいのかに委ねてみることとした。
しきりにディートリヒが俺の方を見るが、俺は頷くだけにする。
寝る前にトイレ…と言ってもここはダンジョン。排せつ物はダンジョン内に吸収されるといった親切設定だから、壁で衝立を立てテントと反対側で用を足すということで済ませたものの、女性の場合は音も気にするんだろうな…、そう思い壁に付加魔法で音吸収として防音機能をつけようとトライして成功。
こちら側に音が漏れないようになった。
家にもこれを付ければ問題ないな…と思うが、ウォシュレットに慣れてしまった俺はどうしようかと悩んでいる。まぁ欧州式の便器なので洗う事はできるが、水が冷たいんだよ…。
まぁ、水道の元に温水がでる仕組みさえできれば問題はないから、レルネさんあたりに聞いてみようかと思う。
そんな事をあれやこれや考えており、就寝タイムとなる。
俺を真ん中に川の字で寝る。
いつものようにディートリヒが俺の左胸に顔を埋めて寝る。
ナズナは背なかを向けて寝ている。
しばらくして、ナズナが小さな声で俺に話しかける。
「ご主人様、まだ起きていらっしゃいますか?」
「あぁ、起きている。」
「その、私もご主人様の傍にいってもよいでしょうか。」
「構わんよ。」
ナズナは寝返りをうち、俺の方に寄る。
まだ躊躇しているのだろう…。俺の腕をそろそろと触っている。
俺、おっさんだからそんな事されても大丈夫!
「ご主人様、今日はごめんなさい。」
「うん。自分も言い過ぎた。ごめんな。」
「いえ、ご主人様は私がいつも気にしていることを指摘されました。
お会いしてまだ数日しか経っていないのに、何故私が悩んでいたことを見抜けるのでしょうか。」
「多分、ナズナよりも修羅場を越えた回数か、接してきたヒトの数が多いんだろうね。」
「修羅場とは、戦闘の事でしょうか。」
「いや違う。自分が居た世界は殺し合うという事は無い平和なところだった。でも、平和は表面だけのもので、実際はヒトを誹謗中傷したり、裏でこそこそとしたり、精神的に辛いところだった。」
「戦闘経験がないご主人様は、何故この世界でお強いんでしょうか。」
「それはこれまでの経験と実績だ。自分はこの世界に来てすぐに生と死を味わった。どれだけ痛いのかも分かったからかな。」
「しかし、あの判断力と決断力は並大抵の者では出きません。」
「それが経験と実績なんだ。自分がどう動くのか、ディートリヒがどう動くのか、ナズナがどう動くのかを予め想定しながら動く。勿論想定通りにはいかないことは多々あるが、その時は“現場合わせ”と言って、臨機応変に対応してくって事だ。」
「今回もそのように動かれていたのでしょうか。」
「あぁ。ディートリヒの強さと動きはもう分かっているから安心して見ていられるが、今回はナズナがどう動くのかを見ていなくちゃいけなかった。」
「私が失敗すると思っていらっしゃったのですか?」
「出来るだろうとは思ってはいたが、常に最悪の想定を準備しておく必要があるんだ。
その理由はブルを倒した時の表情だ。
一頭目を倒したとき青ざめ、突っ込んで来た二頭目を倒した時はもう白くなってたからな。多分“殺生”はこれまでしたことがないんだろうなって思ったよ。」
「そこまで見ておられたんですね。」
「まぁ、斥候という職業を詳しくは知らないけど、一撃一殺なんだろ?二頭目が一撃で仕留められなかったところを見ればおおよその見当はつくよ。」
「さすがご主人様ですね。」
「そうでもないよ。俺も弱いからな。」
「いえ、ご主人様は強いです。」
「そうとも言えないんだ。俺は俺で弱い部分を知っている。だからディートリヒやナズナに助けてもらいたいんだよ。」
「具体的には?」
「それはディートリヒに聞いてくれ。な、ディートリヒ起きてるんだろ。」
「ばれていますね。」
「そりゃ分かるよ。」
「カズ様は弱いところは一杯あります。まず近接戦闘は皆無です。紙です。なので、カズ様を近接に持ち込ませないための作戦が必要です。
さらに、相手が女性となると、これも紙です。完全に攻撃できません。なので、女性からの攻撃には私たちが相手をするしかありません。あのアラクネでさえ無理なのですからサキュバスに会敵したらと思うとゾッとします。
さらに、精神面が綿です。
強がってはいますが、いつも後でくよくよされます。よく反省会をします。それに…、」
「ごめん、ディートリヒ。もういいや…。なんか落ち込んできたわ。」
「ま、そんなこんなでみんな弱いところがあるんだよ。
だから、それを補って生きていくんだって事。
俺たちの間にプライドという言葉は不要なんだ。
何でも腹を割って話すことができる、そんな関係が必要なんだよ。」
「そうですよ。ナズナさん。
あなたは気づいていないかもしれませんが、カズ様は信頼していないヒトにはご自身の事を“自分”と仰います。でも、ナズナさんと話している途中からご自身のことを“俺”と呼んでいらっしゃいました。これは信頼に一歩近づいたって事なんです。」
「ディートリヒ様、そうなんですか。」
「そうですよ、ね、カズ様。」
俺は愛想笑いをした。
本当かどうかは分からないが、ナズナの事を信頼してみようと思ったからかもしれない。
「明日はナズナさんに踏ん張ってもらう必要がありますからね。」
「え、それは何故ですか?」
「第13階層は山岳地帯です。魔物の中にはゴーレムもいます。
ゴーレムは魔法や剣撃が通りにくいですから、コアの部分に一撃必殺をしなければいけませんので…。
本来であれば、その練習を今日のうちにしなくてはいけなかったのですが…。」
ん?なんの練習なんだ?
魔法を的に当てるような練習か?
「なぁ、ディートリヒ、因みにどんな練習なんだ?」
「それは、今回のモンスターハウスでべとべとになった身体をお風呂に入って流す。ぬるぬるになったお湯の中でいかにカズ様のものをすぐに入れることができるかといった…ゴニョゴニョ…。」
「おい!お前そんな事を前提に今回の作戦を立てていた訳じゃないよな。」
「いえ、そんな事はありません。願わくば、と思った次第で…。」
「ナズナ、こっちに来い、二人で寝るぞ。」
「えーーーカズ様、それだけは許してください~。」
その後、ディートリヒの反省会が行われた。
こいつが今回の確信犯だった。
まぁ、ディートリヒのおかげで、ナズナとの関係が一歩近づけたと思い、結果オーライとしようか。
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