4-3 考え事はお風呂が一番です

え、善処しますって…、あ、こちらでは善処します=イエスって事なのか?

俺はトーレスさんとディートリヒに両脇を抱えられ引きずられていった。


「ここです。」


 そこは、広場から2つ通りを越えた3階建ての建物だった。


「ここは、以前老夫婦が衣類を扱った店を営んでおりました。スタンピード後に身内の者が老夫婦と一緒に住むという理由で、西の都市に引っ越され現在は売却店舗となっています。」


 あ、事故物件じゃなかった…。良かった…。

おっさん、霊感強い方だから…。


「この店舗は通りに面した部分が店舗、裏が住宅となっており、裏には馬車倉庫もございます。

 ここであれば、ニノマエ様が店を構えても何ら問題の無い場所であると思いますが。」

 

 トーレスさん、完全に不動産業者になっている…。

そのうち、駅まで徒歩3分、日当たり良好とか言い始める勢いだ。

下水は一応通っている。上水道が無いのは魔石か魔法で対応って事か…。

ん?そうすると今ディートリヒに渡してある風呂桶を設置することも可能か?


「トーレスさん、中を見せて貰えますか?」

「是非!」


ふんすか言ってるトーレスさんと、お花畑から戻ってこないディートリヒを横目に、トーレスさんの案内で店舗の中に入っていった。


店舗内は比較的綺麗だった。

魔物の襲撃は受けていないのだろう…。

店舗は広くモノを売るのには十分な大きさがある。


 さらに1階の住宅部分との繋ぎもドア一枚で区分けされており、住宅部分も1階に生活拠点があったようだ。2,3階は倉庫になっていたのか、だだっ広いスペースだけがあるが、非常に広い。

これなら2階、3階をリノベーションすれば完全に店舗兼住宅として機能する。

それに広い!屋上部分は上がれないが、それも工夫次第でペントハウスにできる。


 これまでの世界でも家にはこだわりを持っていた。

ヒトの動線を考え、効率的に部屋を配置してはいたのだが、時代が古すぎたせいか、全館冷暖房までは至らなかった。もし、これが実現していたら快適な生活が送れたのに…と後悔している。


 しかし、これを店舗兼住宅という体にすると、リノベーションがどれくらいになるのか、という事になるな…。家の購入よりもリノベーションの方が高くつくこともあるから。


「トーレスさん、もしこの店舗を購入するとなると、改装が必要となりますね。

 それに何を売るのかも考えないといけなくなります。」

「左様です。

しかし商業ギルドはお抱えの大工が居ますので、比較的安価で改装をしてもらえるんですよ。

改装の度合いにも依りますが、これくらいの店舗に居住空間などを改装するとなれば、金貨20枚程度は必要となりますね。」


金貨20枚!2,000万円ですよ!

田舎なら土地と家一軒買える値段です!


 そうは言っても、ここは商業地…。

この地で商売をするなら、この辺りが一番人通りも多く、集客ができるか…。

ま、オークション次第という事でいいか。と半ば金銭感覚が無くなってきている。


 家とかを購入、建てる時、最後の方は金銭感覚が鈍くなって来る…。

家に数千万かける場合、内装の数十万はもはやどうでも良い金額のような錯覚に陥ってしまうのだ。


「ではトーレスさん。とりあえずオークションが終了するまで、この物件を押さえておいてもらってもよいですか。」

「是非、よろしくお願いします。」


あ、トーレスさん…、まだ買うって言ってはいないんだけど、こちらは予約=購入という流れになるんだろうか…。


まぁ、持ってきたモノを小出しに売っていけば何とかなるか…みたいな事を考えながら、トーレスさんにお礼を言い、オークションの日時を確認した。


オークションは3日後、その前日には伯爵家でスタンピード終結報告会が開催されるとの事。

伯爵家が主催という事は、いろいろなところから貴族がやって来るという事らしい。

さらに今回は俺がキングのキャンタマを出すため、より多くの貴族がやって来るのではないかとの事。

まぁ、貴族のお戯れは俺は感知しない事だから、オークションだけ参加すればいいな、何て思っていると、トーレスさんが耳元で、俺も招待されるって話になっているような事を呟いた。


 冗談じゃない!そんなガチガチに凝り固まった見栄と欲望の世界には入りたくないので、丁重にお断りをしたい旨を伯爵に伝えておいて欲しいと言うも、これは伯爵ではなく、ユーリ様とティエラ様が相談されてお決めになられたという事らしいと裏事情まで教えてくれたよ。


 何とかならないものかとディートリヒの方を向くが、お花畑から生還したディートリヒすら、首を横に振るだけだった…。


 服なんか持っていないぞ、と言うが『では、これから買いに行きましょう。』と、また二人に両腕を抱えられ服屋に引きずられていった。

 その後、おっさん体系に見合う“余所行きのべべ(服)”をディートリヒ分と合わせて2着分購入させられ、そこで解放された…。


 昼食が食えなかったので、広場に戻りお好み焼きを食べる。

うん。やはりいろんな店がいろんなソースを作り始めているな。

今日食べたソースは非常にあっさりしていた。これなら2枚は食えるな。


 なんて思いながら風呂に入りたくなったので、ディートリヒと一緒に森の小川まで行くこととした。

俺としては、これまでの世界で毎日お風呂に入っていた訳だからどうでも良いんだが、毎日入っていた習慣が無くなることは非常に違和感を覚えるので、何とか入りたかったんだよ。

決して混浴を望んでいた、という訳ではない。

 

 2時間歩き、小川に到着し風呂桶を出す。

壁を三方向に作りお湯を張る。何度目かのお風呂だから、こなれたもんだ。

索敵をかけるも魔物の気配もないことから、二人で入ることにした。


 お湯に浸かりながら、ディートリヒと今後の事について相談した。


「なぁ、ディートリヒ、このシェルフールで売り出すモノって何かあるのか?」

「私には良く分かりません。すべてカズ様がお決めになると良いと思います。」


 これこれディーさんや、他人任せはいけないよ。


「欲しいものが無ければ商品も扱えないよな…。」


 おれはそう言いながら、ふとこれまでの世界で買ってきたものを試しに使おうと思った。


「ディートリヒ、髪の毛を洗わせてくれないか。」

「え、カズ様。何を仰るんですか? 髪の毛は濡らして乾かすだけのもので、洗うものではありません。」


 そうか…。やはりな。

 石鹸が王室の専売特許であると聞いた記憶があるが、やっぱりシャンプーやリンスは無いんだ。

モノは試しだ、生け贄としてディートリヒを捧げる事にしよう。


「俺が住んでいた世界では、毎日髪を洗うんだぞ。

 それをすると、髪が綺麗になって、キラキラ輝くんだ。」


 すみません…、天使の輪とか、キューティクルって言葉を忘れてました。


「え、そんなキラキラになるんですか?」

「一度、試させてくれないか。」

「分かりました。ではカズ様、よろしくお願いいたします。」


ふふふ、ちょろいもんです。

どの世界も女性は綺麗とかキラキラという言葉に弱いんですな。

俺はディートリヒの髪の毛を洗う。


思った通りだった。

最初のシャンプーでは泡が立たない。それだけ頭皮や髪に汚れが付いているって事だ。

今回は2回シャンプーをした。

まだ泡立ちが悪いように思えたのだが、もしかすると肌に合わないかもしれないので2回でやめておいた。もし肌が荒れたらスーパーヒールをかけてやろう…。


 ディートリヒは風呂桶の端に頭を乗っけている。

つまり、美容室のように顔を上向きにして洗う。俺が風呂から出て洗うって姿なんだが、時折、頭皮のマッサージを入れながら髪を洗うと、艶やかな声を発する。

それに上向きでいるから双丘が見えるんです。うん!綺麗です。形もとっても良い!


 おっさん、スキンヘッド状態なので髪の毛を洗ってもらってもあまり感じないけど、やはり気持ちが良いのだろう。

 そして、取って置きのリンス投入!

 洗い終わったら、タオルで髪をまとめ、今度はボディソープで身体を洗う。

ディートリヒを湯船から出し、持ってきたボディソープを泡状にして全身に泡を付け指を滑らかに動かしゆっくりと洗う。


 ディートリヒさん、腰が抜けました。

もう立てない状況になっています。


 そんな姿を堪能しながら、お風呂を満喫し宿屋に戻った。

一か月分の宿泊費を前払いすると、マリベルさんは凄く喜んでいた。


 ディートリヒはと言うと、上気がかった艶やかな顔で終始俺の左腕を掴んでいたよ。

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