3‐8 掃討戦①-2(パラレル:視点変更(ディートリヒ))
「はぁ…はぁ…。」
ディートリヒは攻めあぐねていた。
そこには6匹いた。
ゴブリンが3体、ゴブリン・アーチャーが2体、そしてゴブリン・メイジが1体だった。
近接を得意とする彼女はすぐさまゴブリン3体を一刀のもと殺すも、遠距離から放たれる矢と魔法には防戦一方で、自分の間合いに入ることができないでいる。
残り3匹がどうしても倒せない…。
「くっ。」
歯ぎしりしながら、飛んで来る矢を避けつつ、その隙間を見つけ間合いに入ろうとするも、ゴブリン・メイジからの炎が飛んで来るため、次なる一手が打てない。
「ジリ貧…。」
思えば、自分が騎士として練兵していた内容は、すべて近接での闘いだけ…。
騎士は剣と剣で戦うものだ、そう教えられてきた。
そして、それが当然だと思ってた。
アーチャーが遠くから矢を射られる、砲台役の魔術師が遠方から魔法を放たれるといった経験は初めてで成す術がない。
だから、先の戦争で負けて捕虜になった。
単純な経験不足。
そんな経験をし、屈辱を受け、死ぬ間際となって、もう一度神様が手を差し伸べてくださった。
私はご主人様を守りたい、否、守ると決めたんだ。
しかし、何も変わっていない自分にハタと気づいてしまった…。
近接で無理なら逃げろ、ハイクラスなら逃げろとご主人様に言われてた事を忘れていた。自らゴブリン・メイジは無理と言ったにも関わらず、まだ戦っている自分がここに居る。
何故…? なんで同じ過ちを犯すの…。何も進歩できていない理由は何…。
騎士としてのプライド?
ご主人様を守りたい? 守りたいのに守れないのは何故?
何故、自分はこんなにも弱い?
様々な思いがよぎった。
防戦一方には変わりはない。どうしたらこの場を脱却できるのか…。
「ディートリヒ!」
我に返った。
ご主人様の声がする。すがりたい、私をこの場から出してほしい。
一寸だけ気がご主人様に向いてしまった。
「ご主人様! 痛っ!」
不覚にも声がした方を振り返ってしまい、右腕に矢を受けた。
あぁ、痛過ぎて、ご主人様に買っていただいたフランベルグを落としてしまった…。
おそらく、次の矢か魔法が来れば私は死ぬだろう…。
ご主人様に何も恩返しができなかった。
せめて、私の本心だけでも聞いてほしかった。多分違うって言われると思うけど…。
そして私を抱きしめて欲しかった…。
走馬灯のように思いを巡らせる。
が、ご主人様の声で現実の世界に戻された。
「伏せろ! エアカッター!」
とにかく直ぐに伏せた。
その後どうなったか…、顔を上げるのが怖かった…。
どれくらい時間が過ぎたのだろうか…。
短かったかもしれないし、長かったかもしれない…。
そんな感覚の中、優しく頭を撫ででくれる感覚があった。
「よく、頑張ったな。」
その声を聞いた瞬間、私はご主人様に抱きついた。
「怖かったですーーー。死ぬかと思いましたーーー。」
それが、私の本心。
自分の思いに正直になりたい…。
例えご主人様には勘違いだと言われても、何とか理論って言われても私の心に正直に生きたい。
「ご主人様…。」
「ん?どうした。」
「私、やはりご主人様が好きです。愛してます。」
「おぅふ! 何言ってるんだ?」
「自分の心に正直になろうって思ったんです。
私は、どこかで騎士というプライドが捨てきれずにいました。
だから、ご主人様が守るのと助けるのは違うと言われても、守ることができれば正義だって思ってました。
でも、今なら分かるんです。
ご主人様は、無理なら逃げろと仰ってくれたことを…。
自分さえ守りきれない者、自分の力を過信している者は命を落とすって分かりました。
でも、でも、ご主人様の足手まといになりたくなかったんです。
私のことを不要と思われ、捨てられることが怖かったんです。」
「あ、あのディートリヒさん…。」
「ひゃい…。」
「今の君は完全に“吊り橋効果”だよ…。」
「いえ、“ツリバシ・キョーカ”って、そんな名前のヒト好きではありません。本当の気持ちなんです。私の本心なんです。愛してます。」
私はずっと、ご主人様を抱きしめている。
いっそ、このまま時が止まれば良い…なんて考える。
この二人きりの時を、ご主人様の呼吸を感じるこの距離がずっと感じていたい…。
「うーん。どうしたらいいかなぁ…。んじゃ、先ずは右腕の傷を治そうか。」
あ、そう言えば右腕がズキズキする。思い出した。矢が刺さったんだ。
「毒でも塗られていたら大変だからね。『スーパーヒール!』」
暖かい光が私を包み込み、次第に痛みが無くなっていく。
とんでもない魔法をいとも簡単に発せられるご主人様は、単なる“渡り人”さんではない気がする。
ふと、ご主人様を見ると、ご主人様は泥だらけだった。
「ありがとうございます…。ご、ご主人様、何故泥だらけなんですか?」
「あぁ、これね。さっきゴブリン・キングと闘ったとき、そいつが投げたモノが当たって吹っ飛んだんだ。“布団が吹っ飛んだ”って感じだったね。ははは。」
“ふとん”って何?と思いながら、ご主人様を見つめる。
「それで、お怪我は?」
「あぁ、右肩とかが痛いかな?」
「いけません!何故ご自身に治癒魔法をかけないのですか?」
「え、だってディートリヒの傷の方が深いからね。傷が深い人から治療するのは当たり前の事だよ。」
「ご主人様、そんなんじゃダメなんです。私にとってご主人様以外には誰もいないのです。今すぐ治療してください。」
「ははは。残念ながらもうマナが無いよ。治療したらぶっ倒れちゃうよ。」
「それでも構いません。私が背負って街まで戻ります!さぁ早く!」
「おっさん重いからねぇ…。んじゃ、自分の意識が無くなったら、少しここで休むけど周囲の見張りをお願いしてもいいかな? そうだな…2時間くらい経ったら起こしてもらって良い?」
「はぁ…。分かりました。
では、こちらの日陰に移動しましょう。
ここなら少し快適だと思います。」
「ありがとね。んじゃ、後はお願い。スーパーヒール……。」
ご主人様は意識を失われた。
はぁ…。
本心をお伝えしたのに“ツリバシ・キョーカ”とか、他のヒトの名前を言われた。
私には、それが誰かは知りません。
ですが、私にとっては、二度も私の命を救ってくださった方、これまでの私の考えを考え直させてくださった方、絶対奴隷としてみていただけない残念な方、そしてヒトとしての生き方、考え方を教えてくださる導者のようなお方…。
このような素晴らしい方にお仕えすることができ幸せです。
神様、ご主人様に遇わせていただいた事に感謝いたします。
それと、神様、どうか二つのお願いを聴いてください。
一つ目は、この方と一生添い遂げることができますように。
そして二つ目は、神様、今は私たちを見ないでください。
そう神様にお願いし、ご主人様の唇に口づけし耳元で「愛しています、カズ様」と囁いた。
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