3-6 上に立つ者の資質
会議室を出た。
あ、追い出されたってのが正解だな。
まぁ、権力を持った人物がどう動くかによって方針がブレることは多々ある。
中才は肩書によって現はれ
大才は肩書を邪魔にし
小才は肩書を汚す。
かの軍略家の言葉だ。
権力を何かとはき違えている…、そんな奴らを多く見てきた。
上席になった途端、威張り散らす…、ヒトの意見を聞かない…、そんな奴らが組織をダメにしていく。
この世界でも同じだった。
ヒトの資質は変わらないな…。
そう思いつつ、ギルドを後にした。
こんな時は風呂に限る。
これまでの事を忘れ、身も心もリフレッシュして次に備える。これが一番だ。
「ディートリヒ、これから小川に行って風呂に入ろう!」
「え、ご主人様、よろしいのですか?」
「ん、何が?」
「今、皆さんが今後の対策について議論されていると思います。その結果を聞いてからでも遅くはないでしょうか。」
「確かにそうかもしれないが、結論は見えているよ。」
「そうなんですか?」
「うん。おそらくあのギルド長が押し切って、これまでの情報や報告を無かったものにするんだと思う。それに関係者への情報提供もしないね。」
「それじゃ、もしスタンピードが発生した時には耐えられないですよ。」
「そうだね。でも、上がそう判断したら、皆従うんじゃないかな。」
「そうすると、どうなるんですか?」
「最悪、スタンピードが発生し街が魔物に襲われる。
大勢のヒトが死んだり怪我したりする。
そんなところかな。あ、もし魔物の数が尋常でないくらい多ければ、街が全滅って事もあるんじゃない?」
「ご主人様はそれで良いのですか?」
「良い訳はないよ。でも、上が決めた事に逆らうヒトは、今日の俺みたいに爪弾きされるんだよ。
“出る杭は打たれる”もんだよ。」
「何か納得はできませんね。」
「うん。でも、ディートリヒが騎士であった時の事を思い出して。
これまで君が経験してきた事の中に上司の命令が絶対であり、その命令によって多くの犠牲が生まれた経験はあるよね。」
俺は、ディートリヒが奴隷に落ちたことを遠回しに言う。傷口に塩を塗るようで申し訳ないのだが…。
「ディートリヒ、自分は将たるもの、権力者といった上に立つ者がすべて悪いとは思っていないよ。良い将や権力者もいると思う。
でも、ヒトって権力を持ってしまうと、それを誇示したくなる生き物なんだ。
それはヒトとしての性だと思う。でも、上に立つ者はそうじゃダメなんだよ。
周りに気を配り、他の意見を聞き、最善の策、安全な着地点を見つけることができるヒトこそ上に立つべき者であると思っている。」
ディートリヒは思いつめる。
そりゃそうだよな…。上に立った時、どんな立ち振る舞いをするのかは上に立たない限り分からない。
ディートリヒくらい若ければ、まだ上に立つという経験もないだろう。
でも、これまでの経験の中で上席に対し思っていたことを忘れてはいけないんだ。
「ご主人様のおっしゃる意味が分かるような気がします。」
「ありがとう。それと嫌な過去を思い出させてしまってごめんな。」
「いえ、そんな事は…。」
おそらくディートリヒは、これまで上の命令のみに従って来たのだろう。おそらく騎士とはそういったもんだと思う。上の命令に忠実に従い、それを全うすることで自分という存在や騎士としての行動を肯定してきた、それがディートリヒの“騎士道”だったのかもしれない。
しかし、その結果が敗戦で、その後どうなったのかは、ディートリヒしか分からないのだ。
「自分はディートリヒの中に流れている“騎士道”という考えを否定している訳ではないんだよ。
でもね、ただ闇雲に上の命令だけに従っていても、その場に自分という存在価値を見出すことができないんじゃないかって思うんだ。
上の命令であっても、それを忠実に守る必要はない。少し視点を変えて依り良い方策を見つけ、修正加工しても結果が伴えば誰も文句は言えないんじゃないかな。」
ディートリヒは、ハッとして顔を上げる。
「これまで、私は命令を忠実にこなすことが自分の職務であると思っていました。
その職務を全うすれば賞賛される、しかし全うできなければ…。
ご主人様の奴隷となってからも、私はご主人様を守ることだけを思っていましたが、これも間違っているのでしょうか。」
「そうだね。ディートリヒが考えている“主を守る”という事と自分が思っている事とは少し違うかな。
確かに自分は君に“助けてほしい”とは言ったけど、“守ってほしい”とは言ってないよね。
自分は、ディートリヒと一緒に助け合いながら生きていきたいんだよ。
それは、お互いの意見や考えを言い合いながら、補完すべきところを補いながら、良い方向に進めていきたいって思ってるんだ。」
単なる言葉遊びかもしれないし詭弁だと言われるかもしれないが、これまでの世界でも俺はいろんな意見を聞きながら仕事を進めてきた。
時には罵声を浴びせられ、時には泣き言を言われ、時には事務所に拉致され数時間滾々と説教を受けたこともあった。
しかし、そういった生の意見を聞かなければ、依り良い結果には到達しないと思っている。
事実、そういった生の声を反映し、修正加工した仕事に関しては誰も文句は言って来ない。むしろ拉致して文句を言ったヒト、説教してきたヒト、泣き言を言ってきたヒトから感謝を述べられたくらいだ。
「少し、難しい話になったね。でもディートリヒはディートリヒだよ。先はまだまだあるから、君が思う“助ける”という方法をこれから探していこう。」
「はい。ご主人様。これからもずっと一緒です。」
あれ、ディートリヒさん赤面してモジモジしている…。
なんか、また地雷踏んだか?
二人で森を散歩しながら、適当に周辺の魔物を狩り取っていく。
やはり、素材をドロップする魔物が多い。
俺的にはスプラッタを見なくて良いので、非常に助かるのだが…。
これはゴブリンやオークの巣を一度調査した方が良いかもしれない…なんて思う。
まぁ、ギルドが決めたことに俺が従うとは限らないし、まだ何も決められていないからな…。
「ディートリヒ、ちょっと考えが変わった。お風呂は次回でいいか?」
「はい?え、えぇーーー。」
YESなのかNOなのか良く分からない返事をもらうが、顔を見るとがっかりしている。
余程お風呂が楽しみだったんだな。ごめんよ。
「すまん。これから奴らの巣を見つけて調査したい。」
あ、ディートリヒさん、落胆から期待の表情に変わる。
ほんと、ディートリヒさんって表情がコロコロ変わるね。とても可愛いよ…。ゲフンゲフン。
「分かりました。では、巣に向かいましょう。」
って、巣の位置分かっているのかな?と思いながらも、直感に頼りいつも麓に行く道とは逆の小道に入る。
広範囲にわたるよう索敵を広げ15分ほど歩いた先、北西の方向にモヤモヤを強く感じる。
「巣が近くにあるぞ。」
「分かりました。」
ディートリヒが抜刀し、準備に入る。
「ディートリヒ、今回は試してみたいことがあるけど良いか?」
「はい。何なりと。」
「一度、魔銃の出力を上げてぶっ放してみる。どこまで倒せるかは分からんが、もし、10匹以上残ったら、トンズラこくぞ。」
「トンズラ?あ、逃げるって事ですね。でもゴブリンであれば10匹くらいなら問題ありませんよ。」
「はい…。そうですね…。まぁ、相手によりけりだな。」
「はい。」
ディートリヒさん…、無双する気満々だ…。
広範囲に打てる魔法なんて、俺は作っていないから持っていない…。なら、最初に撃ったあれ以上で撃ったらどうなるか…。一度試しておかないと…。
「魔銃を撃った反動で後ろにぶっ飛ぶと思うから、それと撃った後、衝撃波も来るから。」
「分かりました。では先にご主人様を抱きしめておきます。」
いや、抱きしめて、って、最初から抱きしめられていること前提か?
おっさん、鼻血出るよ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます