2-11 奴隷は買いませ…ん?⑤

 翌日、ベッドから起き下に行くと、受付には黒いオーラをまとった黒服の男が立ち、俺を見つけるや否やこちらに歩いてくる。


俺、何かしたか? ヤバい…殺される…。

そんな思いと今までの記憶が走馬灯のように流れた。


「お館様がお待ちだ。すぐ行くぞ。」


声を聞いた瞬間、思い出した。

昨日のカルムさんの店の前で立ってたボディーガードさんだ。


「分かった。」


そう言い、宿屋の女将にも出かけることを伝えて店を出た。


「ようこそ、おいでくださいました。」


カルムさんは明るい声で答える。


「あ、あぁ。引き続きよろしくお願いします。」


と歯切れの悪い応答をする。


 早速、昨日の一番奥の建物に入る。昨日治療された奴隷は既に別棟に入ったとの事。匂いに慣れたのか、それとも奴隷が少なくなったせいなのか、建物も閑散として、匂いもそんなにしないような気がする。

「この2名でございます。」と案内された先には、昨日見た2名が居た。


 一名は右の手足が無い。けがをしたせいで税が払えなくなった借金奴隷だ。確か猟師で罠にかかった魔獣の処理をしようとした際、魔獣の反撃に遭い右の手足を食いちぎられたって話だったよな。それと昨日の女性騎士。


「カルムさん、もう一度確認したいんですが、この二名を治癒し、一番奥の女性を奴隷にするという方向で良いんですか?」

「その通りです。」

「それともう一つだけ約束してほしいのですが、先ず女性と話をさせていただき、彼女が了解したら自分の奴隷にするということでお願いします。」

「承知しました。では、こちらにどうぞ。」


一番奥のエリアに移動する。


昨日よりも床は綺麗にしており、汚物が散乱しているようなことはないようだ。

俺はうずくまっている女性に声をかける。


「初めて話をさせてもらうよ。自分はニノマエ ハジメと言う。もし、俺の声が聞こえていれば頷いてほしい。」


彼女は死んだような目をして何も動かない。


「分かった。じゃ、次の話をするよ。昨日、自分はここに来て、大勢の奴隷を治療させてもらった。

今日、君と隣にいる人を治療すれば、自分は君を買う手筈となっている。が、男性である俺に買われるのはイヤか?」


ド直球に聞いてみる。


あんな経験をしているんだ。PTSDになっているかもしれない。それに、俺という人物を知らない彼女が、また騙されて俺から屈辱を受けるかもしれない。今このままにして命が消えるまで待った方が、彼女にとって幸せなのかもしれない。


「君がこれまでどんな生き方をしてきたのか、奴隷となった後どんなことをされ、どんな気持ちでいたのかも知らない。それに万が一、自分の奴隷になったとしても、君が受けた経験はそのまま君に残っている。それを消し去ることはできない。」


 誰もが聖人君主ではない。俺にだって欠点はある。いつ猟奇的な貴族と同じようなことをするのかも分からない。


「自分はこんなおっさんで、一人では何もできない弱い存在だ。でも、君がそれでも良いと思うなら…、もう一度お日様の下を歩きたいと思うのなら、自分を助けてほしい。君が助けてくれるって言うのなら、首を縦に振ってほしい。イヤだったら、そのまま動かなくて良いよ。」。


彼女は、これまで死んだ目をしていたが、しばらくして、彼女は首を2回ゆっくりと上下に動かした。


「ありがとう。では、君を治療した後に、自分の奴隷になってもらうね。」


コク、コクと再び頷く。


「カルムさん、ありがとう。この治療が終わったら彼女を購入するよ。」

「ははは、承知いたしました。ニノマエ様はホントお優しい。」


俺は、最初に元木こりであった男に「スーパーヒール」をかける。

うお!なんかマナがごっそり抜けた感覚がする。

昨日のように倒れるかもしれないので、カルムさんに、もし俺が治療中に倒れたらもう一度彼女に治療を施したいと告げた。


彼女の前で座り、これまで彼女が受けてきたであろう屈辱に涙し、何もできない自分への戒め、彼女をお日様の下で歩かせたいことを強く願う。

別に彼女が悪いわけじゃない。戦争が彼女を不幸にさせ、そして心に大きな傷を負わせた。でも、ヒトはやり直すことができる。流石に記憶は消せないが、これから、お日様の下で歩き、店で買い物し、おいしいモノを食べ寝る。そんな当たり前の生活を送ってほしい!彼女を助け、お互いを守りあうパートナーになりたい!


「な・お・れ・ぇ・」


俺の身体が熱くなり、いつの間にか鼻血を流している。

彼女にかざした手には、たくさんの光が集まり、集まった光は彼女の中に取り込まれていく。俺は、最後の一粒の光が彼女の中に入っていくのを確認し、そのまま意識を失った。



俺は白い世界に居た。


「はぁ…、ニノマエさん、あなた少し働きすぎですよ。」


ん?この声は、確か神様か?


「そうかもしれませんね。でもこれが性分なんでしょうね。

あ、そうそう、ラウェン様、この度はいろいろな便利なモノをいただきありがとうございました。」


と頬をポリポリとかく。


「いえいえ、どういたしまして。

さて…、ニノマエさんにとって、笑顔にすることがこの世界を変えるということなんですね。」

「先ずはそうですね。何も変わらなければそこに笑顔は生まれません。笑顔ってのは、誰もが持っているけれど、誰もが使えないくらい難しい魔法なのかもしれません。だから、自分はこの世界に住む人、先ずは自分が知り合った小さな輪から笑顔を作っていきます。」

「ふふふ。『笑顔になることが魔法』ですか…。」

「まぁ、ぼちぼちとやっていきますよ。」


俺はどこに神様が居るか分からないけど、笑顔で答える。


「良い魔法ですね。分かりました。ニノマエさん、あなたの言う『笑顔』という魔法がもっと使えるようにしてあげます。…そろそろ時間のようですね。では、再び会えることを期待していますね。」


そう聞こえると、白い空間のどこかで“パリン”と音が聞こえた後、再び意識が遠くなっていった。

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