2-10 奴隷は買いません!④

「・・・様、・・・エ様、ニノマエ様、大丈夫ですか?」


遠い場所から声が聞こえてくる。

そして、眼を開けると、そこはカルムさんと最初に話した部屋であった。


「ニノマエ様、大丈夫ですか?」


心配そうにカルムさんは覗き込む。


「あ…あぁ。ありがとう。自分は気絶していたんですか?」

「そうでございます。あのような最上級魔法を何度も使われた後、倒れられました。」

「そうですか…。ご迷惑をおかけしました。」

「いえいえ、滅相もございません。それにお礼申したいのは私の方でございます。」


カルムさんは首を垂れる。


「この度は、私共が扱う奴隷を最大クラスの魔法で治療していただき感謝申し上げます。ニノマエ様の有能ぶりには感服いたしました。」

「ん?有能?最大クラス?」


何を言っているのか分からない。


「ええ、ニノマエ様が使われた魔法は部位欠損をも復活させる“ヒーレス”という治癒魔法でございます。この魔法を使えるのは、この国においても片手ほどしかおりません。それほど素晴らしい魔法を、いとも簡単に、かつ複数人にかけることは、この国では大僧正様しかおりません。」


と、興奮しながらまくしたてたが、ハッとし青ざめ始めた。


「ただ…。治癒をしていただきながら、こう言うのも何ですが、ヒーレスをかけていただいた代価をお支払いすることができません…。お支払いすれば、当店が潰れてしまいます…。」


聞けば、大僧正などが最上級の治癒魔法(ヒーレスと呼ばれている)をかける際は、対価として白金貨数枚を支払うのが相場だそうだ。聞けば、俺は5人にヒーレスをかけていたようなので白金貨5枚以上となるらしい。

そんな請求を俺からされても、カルムさんはすぐに支払うことができない…。


「あぁ、その話ですか。別に代金がどうのとか思ってませんよ。それに、今回は自分から“試してみたい”とお願いしてかけたものですから。」

「しかし、そうは言ってもお支払いしなければ当店の信用にも傷がつきます。」

「いや…。誰も見てませんし、口外しなければ良いんじゃないですか?」

「奴隷が覚えております。」

「あ、そうか…。でも、それを口外しないように契約すれば良いのでは?」

「ニノマエ様…、奴隷の契約は所有者と契約するものです。すなわち、今口外しないよう当店が所有者となって契約したとしても、新しい所有者との契約では破棄されてしまいます。それに、契約の中に、『奴隷商で起きた事は口外しない事』という契約事項が記載されていれば、所有者は不振に思います。これこそ当店の信用に関る問題なのです。」


カルムさんは興奮しながら、フンスフンスと鼻息荒く話す。


「そう考えれば、その通りですね。」


納得。ちょっと考えて提案してみる。


「では、治癒した者のうち、いずれかを融通していただくことでいかがでしょうか?」


あ…、自分で墓穴掘ったわ…。お金無いから買わないって言ってたのに…。


カルムさん、なんか素晴らしい笑顔を振りまいて考え事しているよ…。


「承知いたしました。しかし、これまでニノマエ様に治療していただいた者の中にはおりません。なので、今店内に居る戦闘奴隷から見繕う形で融通させていただく、という事で如何でしょうか?」


困った…。。。俺は、奴隷を購入するだけのお金なんか持ち合わせていないぞ。

ヤバい、もう奴隷を売った気の顔になってるよ。


この場を逃げる方法がないか考えてみるが、なかなか良い代替案なんか浮かんでこない。困った顔でカルムさんに打ち明ける。


「カルムさん、実は自分は奴隷を購入できるだけのお金を持っていないんです。それなのに、いろいろと奴隷のことを聞いてしまい、カルムさんの時間を潰させてしまいました。大変申し訳ございません。」

「いえいえ、そんな事は百も承知です。それに私共といたしましては、購入した奴隷が死んで、売れなくなった時の方が大赤字です。それを救っていただいたことだけ取ってみても、当店にとってはメリットがございます。」


と、カルムさんは少し考えて、一つの提案をする。


「ニノマエ様、では、こんな提案は如何でしょうか。治療していただいた奴隷の中には戦闘ができる奴隷は居ませんでした。しかし、ニノマエ様が最後に見た塊…失礼、奴隷ですが、元騎士です。彼女であれば戦闘が可能です。その彼女をニノマエ様の魔法で治療していただければ、格安で融通させていただく、と。」


つまり、貴族の奴隷であった、あの塊…失礼、女性を治療すれば手に入るという事か。


「さっきも言ったけど、自分はお金を持っていないんです。」

「それは承知しております。では、ニノマエ様がご提示できる金額で手を打つという事でどうでしょうか。」


うひゃぁ・・・。完全に購入モードだわ…。しかも俺の所持金で手を打つと言ってる。


「金貨さ、3枚くらいしか払えません…。」


申し訳なさそうに俺は答える。


「よござんす。その金額で手を打ちましょう。」


ん?何か変な回答だったような…?


「金貨3枚しか持っていないんですよ?」

「十分でございます。当店はニノマエ様にそれ以上の治療費を請求されても支払うことができませんし、大赤字となるのを防いでくださいました。その御恩に報います。」


フンスフンス言ってるよ…。とほほ…。

もう、腹くくるしかないな。


「分かりました。では、早速と言いたいところですが、持ち合わせもありませんし、もう自分には治療するだけのマナも残っていません。明日もう一度ここにお邪魔させていただき、そこで治療後に購入するということでどうでしょう?」


この場から、少しでも逃げたかったから、そんな詭弁を使ってしまった。


「確かにマナは重要ですね。承知いたしました。明日お待ち申し上げます。」


あぁ、やっちゃった…。

精神的なダメージを追いながら、トボトボとカルムさんの店を出た。

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