1-14 捨てる神あれば拾う神あり…

 声がした方を見ると、中肉中背で40歳くらいだろうか、一人の男性が立っていた。


「自分ですか?」

「はい。あなたです。」


 これはある種のキャッチセールスか?でも金の無い俺には無関係だな。それともテンプレごとく、俺を騙してドナドナさせる魂胆か?


「なんでしょうか。」

「すみません。先ほど若い冒険者とお話しされていた内容についてお聞きしたくて。」

「ん?なんの話ですか?」

「お金が無いけど、くえせ・らっせーらだと。」


“くえせ・らっせーら”ではなく、“Que Sera, Sera(ケ・セラ・セラ)”ですが…。


「はい。これから市に行って、何か売ろうかなと思っていたところです。」

「おぉ、そうですか。もしよろしければ当方に売ってもらいたいものがあるんですが。あ、申し遅れました、私、この街でトーレス商会を営んでおりますトーレスと申します。」

「そうですか。私はニノマエと申します。」


 営業スマイルが怪しい…。

俺はヒトをすぐ信用してしまう。これまでヒトや社会について、散々悪態をついてきたが、基本ヒトは善人だと思っている。悪いのは社会であって、荒んだ社会が人を悪くしているんだと。

そんなヒトを信用し騙され、社会のせいにするといった無限ループを繰り返してきた…。結局、ヒトと関わることが好きなんだろうな…なんて、自己暗示をかけている。

まぁ、騙されても今の俺から何も取るものは無いんだから、話しだけは聞いてあげよう。


「それで、私に何か用でしょうか。ご覧のとおり、私は何も持っていませんよ。」

「ははは。そう怪しまなくても大丈夫ですよ。こんな場所でも何ですから、当館でお話しをさせてもらいたいのですが、お時間の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫も何も、市に行こうと思っていただけですから問題ありませんよ。」


 まぁ、どこかビルの一室に連れ込まれて、怖いお兄さん達が近寄ってこようとも、俺には魔法があるから多分大丈夫だろう…。と安直に考えた。


「では、まいりましょう。」


 彼を先導にお店のある方に歩く。

 市が立っている広場を横目に、何やら綺麗な通りに入っていく。

通りにある店も上品で、如何にも上流階級向けの商品ばかり扱っているような通りだ。

どことなく、ロンドンのキングスロードに似ている。もしかするとP〇ADAやL〇なんかもあるんじゃないか?と思ってしまう。


「さぁ、着きましたよ。どうぞ中にお入りください。」


トーレスさんの店は、セレブが愛用するようなバッグのお店だった。


「旦那様お帰りなさい。」


 おぉ…、店員さんが一斉にお辞儀しているよ…。

お店の中にいたお客さんもトーレスさんを知っているようで、みな会釈している。

トーレスさんも堂に入ってるようで、軽く会釈をしながら奥に進む。


「さぁさ、どうぞニノマエさん。」


 トーレスさんの後ろを歩く俺の姿を全員が見てる…。 あ、これ、ドナドナだ…。なんて思っていると、応接室らしい部屋に案内された。


「どうぞ、お座りください。」


 席を勧められ、取りあえず座る。なかなか良いクッションだ。こりゃ、お金かかってるね。なんて思いながら部屋を見渡す。

調度品と言い、デスクと言い、落ち着いたものではあるが高級なんだろう…。


「さて、早速、ニノマエさんのお話しを聞かせていただきたいのですが…。見たところ、貴方はこの地方の方ではありませんね。」


そりゃ、そうでしょうね。服装はこの街に人とは少し違うトレーナー、チノパンにジャンパーだもの。


「はい。自分はここからずっと遠くにある閉鎖的な村の出身で、昨日この界隈にやってきました。」

「そうでしょう、そうでしょう。ニノマエさんから何か気品あふれるパワーが感じられるんです。」

「はぁ、そんなもんですか?」

「はい。特に左側から。 時に左手に付けられているモノは何でしょうか?」


 トーレスさんは俺の左腕を見ている。ケガでもしたか?と思い左腕を見る…代り映えのしない左腕だ。


「おぉ、それです!手首に嵌めておられる腕輪です。」


 左腕を見ると、これまでの世界でもつけていた腕時計とパワーストーンの念珠がある。


「これですか?」

 俺は左腕を見せる。


「そうです。この黒い大きな腕輪とこの禍々しくも美しい宝石です。」

「これは、自分が住んでいた所で買った時計というものです。あ、時計というのは時を刻むものです。それと、この石はパワーストーンと言い、石の種類にもよりますが、着けていると心を静めたり、パワーを引き出したりしてくれるものです。まぁ、“鰯の頭も信心から”ですがね。」

「その“いわし”が何たるものかは存じませんが、そのような素晴らしいものを所有しておられるとなれば、さぞや高貴なお方なんでしょう。」

「いえ、シガナイ中流階級者ですよ。」

「いえいえ、ニノマエさんがお住まいになられていた所ではそうだったかもしれませんが、この街では上流に値します。」

「そんなもんなのでしょうか。」

「そんなもんです。はい。」


 なんかヨイショされているわ。


「それでお願いがあるのですが、ニノマエさんは現金の持ち合わせが無いという事のようですので、大変失礼なこととは存じますが、当店でその時計と呼ばれる腕輪と宝石を買い取らせていただきたいのですが…。」

「へ?この腕時計と念珠ですか?」

「はい。」

「別にいいですけど。」

「そうですよね…。やはり、このような高価なものはお譲りさせていただくことは…って、え?!購入させていただいても良いんですか?」

「別に構いませんよ。安物ですから。」

「いえいえ、これらは国宝にも劣らないような逸品ですよ。」


 トーレスさん、興奮し始める。

 事情を聞くと、トーレスさんは上流階級をお客に持つバッグを扱っているお店を経営している。

上流階級が相手となるため身なりには気を付けてはいるが、上流階級を相手にするには、話題を作り出す武器が必要。話題作りのきっかけは身に着けているものだろう。そうすると人が持っていないものであれば話題作りも可能。そう考えた際、俺が身に着けているものにロックオン!となったらしい。

 確かに腕時計はS〇IKOのソーラー・電波時計だ。電波が来ていないので正確な時は刻めないが、太陽の光さえあれば、半永久的に動く。念珠は俺が作ったものだから、実質材料費だけで済んでいるが、俺の思いと石の効き目を学び、良い石を選んで作ったものだ。


「すみません。国宝というものがどんなものなのかは知りませんので、何とも言えません。」


「そうですよね。私も国宝なんて見たことがございません。ですが、ニノマエさんがお持ちの品は、それくらい価値があるものです。私の眼に狂いはございません。」


うーん…。トーレスさん、鼻息荒くフンスカしている。

俺も実際どんな価値があるのかも分からないので、一度鑑定してみることにする。


 腕時計 高級 年±0.5秒、50m防水、防塵、半永久的に稼働

 パワーストーン 良品 健康増進(弱)、精神安定(弱)、自己防衛機能強化(弱)


 うん…、何が分かったかと言われれば、何も分かりません。これまでの世界と何ら変わりはありませんので…。

高級とか良品とか言われても分からんし、時計の機能は取説に書いてあったまんまだし、念珠に至っては、俺が石を作る際に念じたものと一緒じゃん…。


「時計は、『高級で年±0.5秒、50m防水、防塵、半永久的に稼働』とありますね。」

「おぉ、ニノマエ様は鑑定スキルをお持ちなんですね。それでは、四つの付与が付いているという事になりますね。」

「ん?4つの付与というのは?」

「先ず、年±0.5秒です。秒というものは分かりませんが…。次に50m防水、水の中でも大丈夫という事でしょう。3つ目が防塵、砂嵐の中でも大丈夫という事でしょう。そして最後が半永久的。こんなすごい付与が4つもついているのであれば完全に国宝ですよ。」

「ですから、国宝は見たこともありませんので…。」

「私もです!」

 ありゃ、トーレスさん開き直ってるわ…。まぁいいや。次に念珠の説明をする。


「次にパワーストーンですが、良品で健康増進、精神安定、自己防衛機能強化とも弱とあります。でも効果があるかどうかは分かりませんよ。」

「いえ、鑑定で3つもの付与があるということは、それだけ素晴らしいモノなんです。」


 あかん、トーレスさん…。完全に夢の世界に逝っちゃってる…。

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